古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

近年、不動産仲介業でM&Aが増加している。M&Aによって事業承継問題や人材不足を解決できることが主な理由だろう。今回は、不動産仲介業の概要をはじめ、業界におけるM&Aのメリットを売り手と買い手に分けて解説していく。M&Aを成功させるポイントもぜひ参考にしてほしい。

不動産仲介業とは?

不動産仲介業界
(画像=PIC SNIPE/Shutterstock.com)

不動産仲介業とは、宅地建物取引業(宅建業)を意味する。すなわち、宅地や建物の売買、交換、貸借の代理、仲介、斡旋などの事業である。

不動産仲介業の主たる業務は、不動産の売買や賃貸において、買主と売主あるいは貸主と借主を仲介し、売買契約や賃貸契約を結ぶことだ。これに付随して、不動産の管理や宅地の造成分譲まで行われることが多い。

不動産は土地に定着しているので、金融商品とは違う特殊な流通システムを持つ。公営住宅にみられる公募制の取引もあるが、民間住宅やアパート、マンションの売買・賃貸は、ほとんど不動産仲介業者によって仲介・斡旋されている。

不動産仲介業に必要な免許

不動産仲介業を営むには、宅地建物取引業者として宅地建物取引業法の適用を受ける。一つの都道府県内に事務所を置く場合は、都道府県知事の免許を受けなければならない。

また、複数の都道府県内に事務所を置く場合は、国土交通大臣の免許を受ける必要がある。

事務所には、都道府県知事が実施する宅地建物取引主任資格試験に合格した宅地建物取引主任者を置かなければならない。

宅地建物取引業者は、民法だけでなく宅地建物取引法に従う義務がある。誠実に業務を行うのはもちろん、誇大広告等の禁止や広告開始時期の制限が課されるほか、取引態様の明示や重要事項の説明などが求められる。

不動産仲介業のM&Aとは?

不動産仲介業のM&Aが増加傾向にある背景を知るために、まずは不動産仲介業の現状からお伝えしていこう。

不動産仲介業の現状

近年、大手の不動産仲介業者はブランド力を生かし、フランチャイズ(FC)の加盟店舗数を年々増やしている。その一方で、中小不動産仲介業者の経営環境が悪化している。

また、賃貸不動産の空室率は今後も上昇するとみられ、不動産管理業やサブリース業の収益性も低下している。

それゆえ、賃料の安さを前面に打ち出した展開や、付加価値増大による賃料維持が求められているが、いずれにせよ中小不動産仲介業者にとって収益性の低下は避けられない。

東京オリンピックを目前に不動産価格がピークに達した2020年、不動産仲介業界では、小規模事業者と大手企業の収益性に差が広がってきたようだ。小規模事業者は、もはや競争に勝つことが難しい状況にある。

不動産仲介業に迫られる選択

不動産仲介業界では、競争激化にともなう業界再編や小規模事業者の淘汰が始まっている。仲介手数料の値下げや不動産売買件数の伸び悩みなどによる収益性低下に加えて、宅地建物取引士の採用も困難な状況にある。

中でも、不動産売買を担う営業マンの採用難は極めて深刻だ。その点、大手チェーンは、処遇や教育制度で優位に立てるが、小規模な不動産仲介業者には難しい。

今後、小規模な不動産仲介業者は、大手企業にM&Aによって吸収される可能性が高いだろう。引退を控えた不動産仲介業者のオーナーは、親族内承継ではなくM&Aによる事業承継を検討することが多い。

不動産仲介業への参入

近年では、異業種から不動産仲介業者に参入する動きもみられる。相続税の申告を専門とする税理士による不動産仲介業への参入が代表例だ。

たとえば、年間の相続税申告数が1,000件を超えるベンチャーサポート相続税理士法人は、被相続人の実家などを含め相続に関する空き家の売却案件を数多く扱っている。

今後は、M&A仲介業者が不動産仲介業を併設するようになるかもしれない。

不動産仲介業の売主がM&Aを行うメリット

不動産仲介業のM&Aは事業承継の手段として有効である。その理由についてメリットを挙げながら説明していく。

M&Aによる事業承継問題の解決

不動産仲介業者のオーナーには、高齢を理由に早く引退したいと考えている方もいるにちがいない。M&Aによって事業承継すれば、早く仕事から解放される。

自ら賃貸不動産のオーナーとなり、引退後は不動産経営で生計を立てるケースも多くみられる。

M&Aによる創業者利潤の獲得と個人保証の解消

不動産仲介業者のオーナーは、M&Aで獲得する譲渡代金によって老後の生活資金を得られる。十分な事業価値があれば創業者利潤も獲得できる。

一方、立派な店舗を構える不動産仲介業者の場合、設備投資のために銀行から借入れしているケースが多い。その際、オーナーが個人で連帯保証人となっているはずだ。

万が一経営破たんした場合、個人財産で弁済しなければならない。その点、不動産仲介会社が株式譲渡によるM&Aを行えば、個人保証を解除できる。

事業譲渡によるM&Aでも、譲渡代金によって借入金をゼロにできる。銀行に対する保証債務が消えれば、すっきりした気持ちで老後生活を送れるだろう。

M&Aを通じた従業員の雇用維持

不動産仲介業者は、宅地建物取引士を含め多数の従業員を抱えている。オーナーは、引退を理由に従業員を解雇するわけにはいかない。

その点、大手の不動産仲介業者とM&Aを実行し、小規模な不動産仲介業を承継してもらえば、従業員の雇用を維持できる。

これまでにない大規模な営業活動や不動産仲介業の永続的な成長も実現できる。

また、賃貸管理などを提供する地域の顧客は、長年親しんだ店舗で管理業務の委託を継続できる。顧客にとっても不動産仲介業者の存続はメリットだろう。

M&Aによる事業成長の実現

不動産仲介業をM&Aによって事業承継すれば、小規模な不動産仲介業者でもIT投資を行い、経営を効率化できる。

たとえば、営業や採用のコストを引下げたり、情報システムを導入したりすれば、不動産仲介業の収益性を高められるだけでなく、行き詰まっていた事業を成長させることも可能だろう。

不動産仲介業の買主がM&Aを行うメリット

不動産仲介業のM&Aは、買主が新たに投資する際にも役立つ。その理由をメリットとともに説明していこう。

M&Aによる新規出店コストの節約

現在、不動産仲介業の市場は飽和状態にある。不動産流通推進センターの調査によれば、不動産業の法人数は年々増加し、2015年には約31万5千社となった。

コンビニエンスストアの店舗数が約13万社といわれているから、不動産仲介業者の店舗は、それよりも2倍も多いことになる。

したがって、首都圏での新規出店は難しい状況になりつつある。その点、既存の不動産仲介業者をM&Aで買収すれば、地主や賃貸不動産オーナーの賃貸管理契約などの取引関係を引き継ぎ、好立地の店舗を取得できる。

株式譲渡によるM&Aで法人を取得すれば、宅地建物取引法の免許取得手続きを軽減することも可能だ。

M&Aによる人材確保

不動産仲介業者の増加にともない、能力の高い不動産営業マンが不足してきている。優秀な不動産営業マンの採用は極めて難しい状況だ。

不動産仲介業を新規開設できたとしても、人材採用が極めて難しく、求人広告や営業基盤の構築に多額の投資が必要となる。

そこで、すでに運営されている不動産仲介業者を買収すれば、不動産営業マンなどの人材も獲得でき、人材採用コストを節約できる。

大手不動産仲介業者の事業拡大はスピードが求められる。M&Aで不動産仲介業に必要な人材を獲得できるのは大きなメリットといえる。

不動産仲介業界のM&Aを成功させるポイント

不動産仲介業界のM&Aにはメリットがあるとおわかりいただけただろう。しかし、M&Aが成功しなければ、そのメリットを享受できない。ここからは、不動産仲介業界でM&Aを成功させるポイントについて解説していく。

不動産仲介業における後継者の選出

大手チェーン店の事業承継であれば、引退する店長がいても別の社員を起用すれば済む。しかし、店長がオーナー社長である個人事業の不動産仲介業者では、事業承継を検討せざるを得ない。

一般的に、不動産仲介業者の事業承継で考えられる選択肢は下記の3つだ。

①親族内承継
②従業員承継
③第三者承継(M&A)

不動産仲介業者のオーナーは、まずは自分の子供や親族への事業承継を希望する。一般的な事業とは異なり、不動産仲介業者の経営者は、宅地建物取引士の資格を保有し、不動産営業の経験があることが望ましい。

不動産仲介業の事業承継は同業他社が望ましい

不動産仲介業を承継する意思が子供にない場合、従業員に承継するか、M&Aで第三者に売却することを検討しなければならない。

しかし、経営者に必要な能力や資質を持つ人材が従業員の中にいるとは限らない。不動産営業と企業経営の視点は大きく異なる。優秀な営業マンであっても、不動産仲介業の経営は難しいといえよう。

そのため、不動産仲介業者では、従業員への事業承継を断念し、M&Aによる第三者承継を検討するパターンが増えている。

同業他社であれば、すでに不動産仲介業に慣れている経営者が存在しているため、安心して経営を任せられる。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)