はじめに

3月以降、米国内の新型コロナ感染者数、死亡者数の急激な増加や、外出制限などの強力な感染対策に伴い、米国内の経済活動は急減速している。これまで発表された多くの経済指標は、3月から経済状況が大幅な悪化に転じ、4月はさらに悪化が加速したことを示している。

本稿では、新型コロナの感染者数が急増した3月以降の主要な経済指標について振り返るとともに、足元の米経済状況について確認したい。

米政府は、前月の当稿(1)でみたように金融・財政両面から史上空前の経済対策を実施しているものの、経済指標は、米国経済が08年の金融危機時を上回り、戦後最悪の落ち込みとなった可能性を示唆している。

5月に入り、外出制限の緩和など全米47州で部分的に経済活動が再開されており、5月の経済指標は悪化ペースに歯止めがかかる可能性がある。もっとも、新型コロナの感染動向次第では、再び感染対策が強化される可能性も残っており、米経済は新型コロナ動向に左右される状況が続こう。

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(1)詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年4月20日)「新型コロナウイルス感染・経済対策-経済対策に金融・財政政策をフル稼働も追加対策は必至」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64267?site=nliを参照下さい。

主な経済指標等の動向

●(GDP):20年1-3月期は、08年10-12月期以来のマイナス幅

20年1-3月期の実質GDP成長率は前期比年率▲4.8%と、14年1-3月期(同▲1.1%)以来のマイナス成長となったほか、08年10-12月期(同▲8.4%)以来のマイナス幅となった(前掲図表1)。連邦政府による新型コロナの感染対策ガイドラインが発出されたのは3月中旬であり、1-2月期までは堅調な経済状況が持続していたとみられることから、3月中旬以降の景気悪化スピードが如何に早かったか分かる。

需要項目別では、住宅投資が+21.0%と大幅なプラス成長となった一方、個人消費が▲7.6%、民間設備投資が▲8.6%と大幅なマイナスとなった。とくに、個人消費は80年4-6月期(同▲8.7%)以来のマイナス幅と外出制限などの影響で落ち込みが顕著となった。

●(株式・債券市場):株価は16年以来、米国債金利は史上最低を更新

株式市場ではS&P500株価指数が2月19日に史上最高値となった3386.15から、3月23日には16年12月6日(2,212.23)以来となる2,237.40を付け最高値から▲34%下落した(図表2)。もっとも、足元(5月15日時点)では2,863.70と3月の安値からは+28%反発している。

投資家の不安心理を示すVIX指数は、3月16日に90年の指数開始以来最高値となる82.69となった後、水準としては依然高いものの、足元では31.89まで低下がみられる。一頃より投資家心理が好転した要因としては、時価総額が大きいアマゾンやマイクロソフト株などのハイテク株が好調なことに加え、3月以降のFRBによる矢継早の金融政策対応が大きいとみられる。

一方、長期金利(10年国債金利)は3月9日に一時0.5%を割り込み、終値でも0.54%と史上最低水準に低下した。その後は小幅に反発、直近は0.64%と0.6%台前半で小康状態となっている(図表3)。

信用格付けの低い高金利社債と米国債のスプレッドは、3月23日に10.9%ポイントと金融危機時の08年5月20日(11.0%ポイント)以来の水準に上昇した後、足元は7.5%ポイントの高水準を維持している。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(企業・消費者センチメント):企業景況感は不況入り、消費者信頼感は70年代以来の低下幅

企業の景況感を示すISM景況感指数は、製造業指数が4月に41.5と、好不況の境となる50を下回った前月の49.1から▲7.1ポイント低下し、09年4月(39.9)以来の水準となった(図表4)。1ヵ月の低下幅としては08年10月(▲9.0ポイント)以来の落ち込みとなった。

また、製造業に比べて、新型コロナ感染拡大前には堅調な水準を維持していた非製造業についても、4月は41.8と前月(52.5)から▲10.7ポイント下落した。水準は09年3月(40.1)以来、1ヵ月の低下幅は97年の統計開始以来最大となった。

一方、消費者センチメントは、4月のコンファレンスボード消費者信頼感指数が86.9と前月の118.8から急落し、14年6月(86.4)以来の水準となった(図表5)。1ヵ月の低下幅は前月の▲13.8ポイントから▲31.9ポイントに拡大し、第一次オイルショックがあった73年12月(▲36.9ポイント)以来の落ち込みとなった。

ミシガン大学消費者信頼感指数は4月が71.8と、前月の89.1から急落し11年12月(69.9)以来の水準となった。1ヵ月の低下幅は▲17.3ポイントと前月の同▲11.9ポイントから拡大し、こちらは78年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。

もっとも、5月の速報値は73.7と前月から+1.9ポイントとなり、小幅ながら3ヵ月ぶりに改善した。後述するように雇用悪化が続いているものの、株価が安定したことや先月から実施されている現金給付が消費者心理の底入れに貢献したとみられる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(労働市場):雇用者数の減少幅、失業保険申請件数は統計開始以来の水準

非農業部門雇用者数(前月比)は3月に▲87万人減と、10年9月以来の減少に転じた後、4月は▲2,050万人と1939年の統計開始以来最大の減少となった(図表6)。これは金融危機時に最も雇用者数の減少幅が大きかった09年3月の▲80万人減とは桁が2つ違っている。雇用減少は広範な分野に及んでいるが、とくに、飲食サービスなども含めた娯楽・宿泊業が▲765万人と前月比▲47%下落しており、外出制限などの感染対策強化に伴い顕著な減少になっている。

失業率は4月が14.7%となり、1ヵ月で+10.3%ポイント上昇した。これは失業率の水準、1ヵ月の上昇幅ともに48年の統計開始以来最大である。また、4月の統計では回答の不備から、本来失業者として認識されるべき750万人が統計から漏れているとみられており、これらを加味した失業率は19.5%程度となる見込みだ。

一方、失業保険新規申請者数(季節調整済み)は5月9日の週で前週から+298万人増加した(図表7)。これは、統計開始以来最大の増加となった3月28日の週(+687万人増)は下回っているものの、依然高い水準である。これで、新型コロナの感染対策が強化された3月中旬以降8週間の合計は3,650万人に上った。これは4月の労働力人口(1億5,650万人)の23.3%の水準である。

また、失業保険の継続受給者数は5月2日の週で2,283万人とこちらも統計開始以来最大となった。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(個人消費):金融危機時を上回る落ち込み

GDPの実質個人消費支出は20年1-3月期が前期比年率▲7.6%と前述のように80年4-6月期以来の落ち込みとなった(図表8)。また、金融危機時で最も落ち込んだ08年10-12月期の▲3.7%に比べても倍以上の落ち込みである。なお、個人消費は、1-3月期の実質可処分所得の伸び(+0.5)を大幅に下回っており、所得対比でも消費の落ち込みが顕著となった。 1-3月期個人消費の中身をみると、財消費では自動車・自動車部品が前期比年率▲33.2%となったほか、家具・家電が▲6.4%となり、耐久財全体でも▲16.1%となった。非耐久財は、衣料・靴が▲36.0%と落ち込んだものの、外出自粛に備えた買い溜め需要から食料・飲料が+25.1%となった結果、+6.9%のプラスとなった。

サービス消費では、娯楽サービスが▲31.9%、飲食・宿泊サービスが▲29.7%、輸送サービスが▲29.2%、医療サービスが▲18.0と軒並み2桁の減少となったことから、全体でも▲10.2%と現在の発表方法となった02年から最大の落ち込みとなった。

一方、小売売上高は3月が前月比▲8.3%と92年の統計開始以来最大の落ち込みとなったが、4月は▲16.4%とさらにマイナス幅を拡大させた。また、季節調整済みの3ヵ月移動平均、3ヵ月前比でも4月が年率▲35.7%と金融危機時の最低水準となった08年12月の▲28.5%を下回った(図表9)。

小売売上高(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比、年率)の中身は、自動車販売が▲61.8%、食品サービスが▲70.4%、ガソリンスタンドが▲61.8%と大幅な下落となった一方、個人消費と同様に食品・飲料は+58.8%の大幅な増加となった。

5月に入り、外出制限の緩和など経済活動再開の動きが広まっていることから、外出自粛に伴う消費の落ち込みは5月には一旦緩和されるとみられる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(生産・耐久財受注):4月の鉱工業生産は1919年の統計開始以来の落ち込み

鉱工業生産指数(季節調整済)は、4月が92.6と前月の104.3から大幅に低下し、10年3月(92.6)以来の水準となった(図表10)。また、前月からの下落率は4月が▲11.2%と3月の▲4.5%から2ヵ月連続の下落となったほか、1919年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。製造業の生産指数は4月が86.4と前月の100.2から▲13.8%の下落となり、こちらも1919年以来の落ち込みとなった。

4月の設備稼働率は、鉱工業が64.9%と1967年の統計開始以来、製造業も61.1%とこちらは1948年の統計開始以来の最低水準となった。

一方、3月の製造業受注は前月比▲10.3%と前月の▲0.1%から大幅にマイナス幅が拡大し、92年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。とりわけ、民間航空機が▲296.2%となったことが全体を押し下げた。この結果、民間設備投資の先行指標となる国防と大幅に下落した民間航空機を除くコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)では3月が年率+0.9%の伸びを維持しており、同▲50%程度減少した金融危機時の落ち込みに比べて、現状では限定的に留まっている(図表11)。もっとも、経済活動に急減速が掛かっている4月は大幅なマイナスに転じよう。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(住宅市場):4月の住宅市場指数は85年の統計開始以来最大の落ち込み

GDPにおける住宅投資は20年1-3月期には前期比年率で20%を超える大幅な伸びとなっていたが、3月の住宅着工件数は前月比で▲22.3%と84年3月(▲26.4%)以来の落ち込みとなっており、住宅投資は3月以降急激に悪化していることが見込まれる。

実際に、住宅着工件数の3ヵ月移動平均、3ヵ月前比は年率で2月の+107.3%から3月は+7.3%まで急落した(図表12)。さらに、住宅着工件数の先行指標である住宅着工許可件数は▲0.3%とマイナスに転じた。住宅バブルが崩壊した金融危機時に比べると、3月までの減少幅は限定的に留まっている。

もっとも、全米建設業協会(NAHB)による戸建て新築住宅販売のセンチメントを示す住宅市場指数は、4月が30と前月から▲42ポイントと85年の統計開始以来最大の落ち込みとなっており、4月に住宅市場が大幅に悪化したことが考えられる(図表13)。指数の中身も販売現況が36(前月:79)、販売見込みが36(前月:75)、客足が13(前月:56)といずれも凄まじい落ち込みとなっている。同協会は、会員の96%が感染対策により客足を損ねていると回答しており、4月の住宅着工件数は、3月からさらに大幅な悪化が見込まれる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●(消費者物価):4月のコア消費者物価(前月比)は1957年の統計開始以来最大の落ち込み

4月の消費者物価指数は、総合指数が前月比▲0.8%と前月の▲0.4%から2ヵ月連続のマイナスとなり、08年12月(▲0.8%)以来の低下となった。家庭で食べる食品価格の上昇(+2.6%)により、食品が+1.5%上昇した一方、ガソリン価格の下落(▲20.6%)に伴い、エネルギー価格が▲10.1%下落して全体を押し下げた。

また、価格変動の大きい食品とエネルギーを除いたコア指数も前月比▲0.4%とこちらも前月の▲0.1%から2ヵ月連続のマイナスとなったほか、下落率は1957年の統計開始以来最大となった。コア指数では衣料(▲4.7%)、運輸サービス(▲4.7%)などの価格下落が響いた。

一方、前年同月比では総合指数が+0.3%と15年10月(+0.2%)以来となったほか、コア指数も+1.4%と11年4月(+1.3%)以来の水準に低下した(図表14)。前年同月比でも食品価格が+3.5%と12年2月(+3.9%)以来の水準に上昇した一方、原油価格等の下落に伴いエネルギー価格が▲17.7%と15年9月(▲18.4%)以来の下落となった。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

まとめ

これまでみたように、米国内での新型コロナの感染者数、死亡者数の急増と感染対策に伴う経済活動の急減速によって、3月からほとんどの経済指標は悪化を示し、4月にはさらに悪化が加速した。

また、4月は雇用統計などが戦後最悪となった一方、企業や消費者のセンチメント、鉱工業生産などは、依然金融危機の水準を上回っている。もっとも、これらの経済指標でも1ヵ月の悪化幅としては統計開始以来最大の落ち込みを示しており、4月の景気悪化スピードは金融危機を超えて戦後最悪となった可能性が高いことを示している。

もっとも、5月以降は米国内の新型コロナの新規感染者数の増加ペースに鈍化がみられるほか、全米9割以上に当たる47州で外出制限の緩和など経済活動再開の動きが広がっており、5月の経済指標には、悪化スピードの鈍化が見込まれる。実際に5月のミシガン大学の消費者信頼感指数は4月から小幅に改善がみられたほか、株式市場の反発もそのような底入れ期待があるとみられる。

一方、経済活動の再開に伴い新型コロナ感染者数の増加に再び拍車が掛かり、外出制限が厳格化される可能性も残っている。このため、米経済は引き続き新型コロナ動向に左右される状況が続こう。


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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

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