要旨

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(画像=PIXTA)

2020年1-3月期のヘッジファンドのパフォーマンスは、新型コロナウイルスによる世界的な株価急落の影響を受けて幅広い類型で軒並みマイナスとなった。こうした中でも、ボラティリティトレーディング戦略など、一部の戦略は収益を獲得した。

こうした戦略は、幅広い資産が下落する局面でのリスクヘッジ効果が期待される。

金融市場が比較的安定している期間では、リスクヘッジの必要性を意識することは少ないかもしれない。しかし、経済・金融危機時には、リスクヘッジの有無によりパフォーマンスに大きな差が生じる可能性がある。こうした戦略を有効活用し、今回のような経済・金融危機によるパフォーマンスの悪化に備えることも将来に向けて重要ではないだろうか。

2020年1-3月期は幅広いヘッジファンド戦略のパフォーマンスがマイナスに

2020年1-3月期のヘッジファンドのパフォーマンスは、新型コロナウイルスによる世界的な株価急落の影響を受けて幅広い類型で軒並みマイナスとなった。しかしながら、一部の戦略は、高い収益を獲得した。本稿では株式市場が急落する中での各種投資戦略のパフォーマンスについて見ていきたい。ヘッジファンドの調査を行っているBarclayHedgeによれば、2020年1-3月期のヘッジファンドの戦略類型毎のパフォーマンスは図表1のようになっている。

各戦略のリターンは、悪い順から、イベントドリブン戦略 ▲14.7%、ディストレスト戦略 ▲9.7%、株式ロングショート戦略 ▲8.8%、M&Aアービトラージ戦略 ▲6.8%、転換社債アービトラージ戦略 ▲5.3%、グローバルマクロ戦略 ▲4.2%、株式マーケットニュートラル戦略 ▲2.3%と幅広い戦略類型でマイナスとなった。一方で、ボラティリティトレーディング戦略 +10.2%、オプショントレーディング戦略 +2.8%、CTA戦略 +1.8%と一部の戦略はプラスの収益を獲得した。各戦略のパフォーマンスの背景についてみていきたい。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

まず最初にM&Aアービトラージ戦略のリターンが▲6.8%と悪かった背景について見ていきたい。M&Aアービトラージ戦略は、多くの場合、買収企業が被買収企業の株式の購入を提示し、株価が一般的に高目の買収価格に収斂する過程で収益を獲得する。このため、こうした買収が撤回された場合、被買収企業の株式は買収価格から乖離・下落し、M&Aアービトラージ戦略ファンドは損失を受けることとなる。

足元では、新型コロナウイルスの流行によりM&Aの延期・撤回が相次いでいる。図表2は世界のM&Aの件数・金額の推移を示している。これを見ると、世界のM&Aの件数は月2500件程度で推移していたが、2020年4月は1,499件に減少していることが分かる。また、取引金額は1,078億米ドルと大幅に落ち込んでいる。米事務機器大手ゼロックスによる米パソコン・プリンター大手HPの買収、米インターコンチネンタル取引所(ICE)による電子商取引(EC)大手イーベイ買収など、大型の企業買収案件が相次いで延期・撤回されている。

2020年1-3月の間に、こうした企業買収の延期・撤退が織り込まれるにつれて、被買収企業の株価は買収提示価格から乖離し下落した。こうした背景が、M&Aアービトラージ戦略やイベントドリブン戦略のパフォーマンス悪化につながった。

株式ロングショート戦略のリターンも ▲8.8%とマイナスであった。株式ロングショート戦略は、ロングポジションがショートポジションよりも多いロングバイアスの場合が多い。このため、株式が下落する局面では、株式よりは下落幅は小さいもののパフォーマンスが低下しやすい。2019年、株式上昇局面では株式ロングショート戦略は好調なパフォーマンスだった。しかし、2020年1-3月期、株式市場が大幅に下落する中ではパフォーマンスはマイナスとなった。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

ディストレスト戦略のリターンは ▲9.7%であった。新型コロナウイルスの流行により、企業の資金繰りが悪化、信用リスクの高い債券の価格が下落したことがパフォーマンス悪化につながった。図表3はディストレスト債と高格付社債指数の推移を示している。これを見ると、高格付社債は、比較的小幅な下落に留まり、その後FRBによる適格社債の買い入れなどから回復に向かった。これに対して、信用力の低いディストレスト債は大幅に下落し、その後も低い水準での推移が続いている。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

ボラティリティトレーディング戦略などが収益を獲得

こうした中で、ボラティリティトレーディング戦略は+10.2%、オプショントレーディング戦略は+2.8%とプラスの収益を獲得した。これらの戦略は株式指数の先物やオプションなどの売買による収益の獲得を目指す。株式市場の急落による、ボラティリティ指数先物やプットオプション価格の上昇がこれらの戦略にプラスに寄与した。

図表4は、日経平均のプットオプション(2020年6月満期)の価格の推移を示している。これを見ると、株式市場の下落やボラティリティの上昇によって、特に行使価格の低いオプションの価格が大きく上昇していることが分かる。2020年1-3月期、日経平均のプットオプションのリターンは行使価格2万3000円で+458%、行使価格2万円で+982%、行使価格1万7000円で+1,506%となっている。

通常、対象とする指数の値よりも行使価格が大幅に低いプットオプションは、収益を獲得できる可能性が小さいため、非常に低い価格で取引される。しかし、対象指数が大幅に下落した場合、収益を獲得できる可能性が急速に高まり、オプションの価格は大幅に上昇する。

こうした戦略のヘッジファンドの中には、極めて大きな収益を獲得したファンドもある。Bloombergによれば、「ブラック・スワン」(1) の著者であるNassim Nicholas Taleb氏が助言するUniversa Tail Fundは2020年3月に+3,612%という非常に高い収益を獲得した。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1) 「ブラックスワン」は、人間の思考とリスク・不確実性の関係などについて論じている。2007年に原著刊行、150万部以上を売り上げ、経済・金融関係者などの話題となった。
ナシーム・ニコラス・タレブ(著)、望月衛(翻訳)(2009)、「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」、ダイヤモンド社

まとめ

2020年1-3月期のヘッジファンドのパフォーマンスは幅広い戦略類型でマイナスとなった。特に好況期に強いイベントドリブン戦略やディストレスト戦略、M&Aアービトラージ戦略が大きなマイナスとなった。これは、低格付社債の下落や、企業買収の延期・撤回といった金融市場の混乱が背景となっている。その中で、ボラティリティトレーディング戦略やオプショントレーディング戦略はボラティリティやオプション価格の上昇によって収益を獲得した。

こうした戦略は、リスクオフ局面での収益獲得が期待される。このため、あまり多くない適正なウエイトでポートフォリオに組み入れることで、幅広い資産が下落する局面でのリスクヘッジ効果が得られ、短期的なパフォーマンスの安定化が期待できる。

金融市場が比較的安定している期間では、リスクヘッジの必要性を意識することは少ないかもしれない。しかし、経済・金融危機時には、リスクヘッジの有無によりパフォーマンスに大きな差が生じる可能性がある。こうした戦略を有効活用し、今回のような経済・金融危機によるパフォーマンスの悪化に備えることも将来に向けて重要ではないだろうか。


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原田哲志(はらだ さとし)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

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