日本人の心の弱さの原因は教育にあった

なぜ日本人は、これほど恐怖に支配されやすいのか。その一因は教育にもあるのではないかと名越氏は問題提起する。

「古典や文学の中には、恐怖に支配されない強い人物が数多く登場します。『論語』や『老子』、『史記』にしろ、シェイクスピアやゲーテの作品にしろ、物事を大局で捉え、ピンチになっても平常心を失わない人物を描いている。

本来なら国の教育として、あるいは地域や家庭の教育の中で、こういう人物を養成しなければいけないでしょう。でも残念ながら、日本の教育はその役割をほとんど果たしていません。

心の専門家の立場から見て、これは大きな欠陥だと感じています。恐怖に支配され、危機に直面して動揺する人は、他人を助けることができないし、間違った方向に導いてしまうかもしれない。そんな人ばかりになるのは、この国にとって非常にまずい」

そんな日本人の心の弱さは、今回のコロナ危機でも様々な場面で露呈している。

「米国で新型コロナウイルスの感染拡大が始まった3月末の時点で、トランプ大統領は『我々は20万人の死者を出すかもしれない』と国民にはっきりと伝えました。この数字はのちに修正されましたが、少なくとも会見の時点では、これが科学的な根拠に基づくファクトだったわけです。

ところが日本の政治家は、明確な推定死亡者数を示さなかった。たとえファクトであっても、『数字を出せば国民が動揺する』と判断したからでしょう。

僕らはこれを屈辱だと思わなければいけない。事実(そのとき最も妥当な見解)を教えられないほど、精神年齢が低くて恐がりだと思われているのですから。

武田信玄や織田信長のように恐怖に支配されないリーダーが大好きな日本人が、今ではこの程度の恐怖に耐えられないほど、心が脆弱になってしまった。自分たちは本当にそれでいいのか。それを今ここで問うべきではないでしょうか」

自分が恐怖に依存していることに気づかなければ、そこから抜け出すこともできない。まずは自分の今の心の状態に気づくことが、変わるための第一歩となる。

「僕が皆さんにうかがってみたいのは、『恐怖に支配されたままの人生でいいんですか?』ということ。恐怖という主人に仕えるのではなく、あなた自身が自分の心の主人になって、自分らしい人生を送りたいとは思いませんか。そう問いかけてみたいんです。

そして仮に、今の自分の心の状態に気づき、『こんなふうに怯えて毎日を過ごすのはもうイヤだ』という気持ちを自身で見つけさえすれば、動き出さないでは済みません。どうにかしたいと思って、なんらかの行動に出るはずです。

新型コロナウイルスの感染状況は、いったん収束に向かっています。しかし第2波、第3波がやってくる可能性もある。だからそれまでに、ぜひ皆さんに心を整えておいてほしい。そして自分の人生をどう生きたいのか、この社会に何をもたらしたいのか、周囲の人たちとどんな信頼関係を作っていきたいのかを、見つめ直してもらえればと思います」

朝晩5回の呼吸法で心が晴れやかになる

心を整えるための具体的な方法として、名越氏が勧めるのが深呼吸だ。ハーバード大学医学部の根来秀行客員教授が提唱する呼吸法を教えてくれた。

「4秒かけて鼻から息を吸い、4秒息を止めてから、8秒かけて鼻からゆっくりと息を吐く。これを行なうことで、横隔膜が緊張と弛緩を繰り返し、自律神経が力を回復して副交感神経が優位になります。

するとリラックスできて、不安から解放され、どっしりと安定した精神状態を取り戻せます。さらには、免疫力が高まる、眠りが深くなる、疲れが取れるといった効果もあることが、研究結果で明らかになっています。

この呼吸法を寝る前に5回、朝起きて5回やってみてください。きっと心が晴れやかになります。仕事の合間にやるのもいいですね。疲れた頭がスッキリして、集中力を取り戻せます」

新型コロナウイルスの影響により、事業縮小や人員削減などシビアな対応を取らざるを得ない企業も出てきている。ビジネスパーソンの中には、自分の力ではどうすることもできないという諦めや無力感にさいなまれている人がいるかもしれない。だが、名越氏はこう諭す。

「人間なんてもともと無力ですよ。人間は歳を取り、老化して衰え、やがて死ぬ。その運命には誰も逆らえない。今回のような危機のときだけ無力なのではなく、我々はずっと諸行無常の世界で生きているのです。

これからも僕たちの人生には、難局が次々と訪れるでしょう。だからこそ皆さんには『自分の人生の主人になる』という意識を持ち、毎日を大切にして、力強く豊かに過ごしていただきたい。心からそう願っています」

名越康文(精神科医)
(『THE21オンライン』2020年06月09日 公開)

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