少しの油断が致命傷となり、事業承継に失敗するケースがある。今回は、親族・従業員・第三者に事業承継するパターンについて、リアルな失敗事例を紹介する。失敗事例から導かれる対策も解説するので、事業承継を成功させたい経営者はぜひ参考にしてほしい。

事業承継に関する失敗事例【親族】

事業承継
(画像=Satoshi/adobe.stock.com)

Aさんは一代で事業を興して成功を収めたが、65歳を過ぎた頃から体力の限界を感じ始めた。Aさんには、35歳の長女、32歳の長男、28歳の次男がいる。Aさんは後継者を長男に定め、長男も了承済みだった。

長男は、大学卒業後に同業種の大手企業に勤めて経験を積んでいる最中だったが、Aさんは会社を辞めて事業を引き継ぐよう打診。結果、長男はAさんの会社で役員に就任し、事業承継が順調に進んでいった。

経営者の体調が急変

しかし、長男が役員に就任して半年も経たないうちに事態は急変する。Aさんに深刻な病が見つかったのだ。Aさんは入院することになり、長男はそのまま社長に就任した。

Aさんは入院中に、事業承継や相続税について情報収集を開始。Aさんの妻は専門家に相談することをすすめたが、Aさんは聞き入れなかった。

顧問税理士はいたが、相続など個人的な話をできるほどの関係ではなかった。加えて、Aさんは開業当初に確定申告を経験しており、税金に関する最低限の知識もあったのだろう。

Aさんは、事業用の土地建物に関する評価額を自社株の評価方法をもとに計算。そこまで高いわけではないと知り、小規模宅地等の特例という優遇税制を活用すれば、問題なく長男に引き継げると考えた。

Aさんは体調が悪かったので、妻に遺言書の代筆を頼んで自ら押印した。その後、寝たきりとなったAさんは1年半後に亡くなり、問題はこの後に起こる。

多額の相続税が発生

Aさんが亡くなる前、すべての意思決定はAさんに委ねられていた。長男が社長に就任したからといって、その体制が変わるわけではない。長男は社長就任後、社員のフォローに追われる日々を過ごす。

1年以上かけて少しずつ組織体制を見直し、社内を改革していった。努力の甲斐あって、突然の社長交代にともなう混乱は次第におさまり、社内に活気が戻ってくる。たまたま大口の契約が決まり、資金が潤沢だったことも幸いした。

Aさんが亡くなったあと、遺言書を見た長男は長女と次男を呼び寄せる。Aさんの遺言書には、以下の内容が記されていた。

・事業用の土地建物と自社株をAさんに相続する
・現預金の半分を配偶者に、残りを3人の子どもで分ける

しかし、長女と次男は遺言書の内容に納得しなかった。事業用の土地建物と自社株だけで1億円を超えることが不公平だと主張。Aさんの存命中、長女と次男は一度もAさんに口答えしなかったので、長男は驚いた。

本来、遺言書は自筆でなければ認められない。長女と次男は、配偶者が代筆したことを理由に遺言書は無効だと主張。結局、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらず、そのために小規模宅地等の特例も適用できず、多額の相続税を納めることになった。

親族トラブルの渦中に、Aさんの不在による問題も社内で生じ始めた。長男は公私ともに対応に追われ、疲労の蓄積からうつ病を発症。Aさんは事業をたたむことになり、母親に支えられながら療養生活を送っている。

後継者育成と親族に配慮する

後継者を同業他社に就職させ、修行を積ませるケースは多いだろう。その場合も、後継者育成には早めに取り組むようにしたい。経営者としてのマインドを伝えたり、社内の組織体制や風土について話したりしておくだけで、後継者は心の準備ができる。

そうすれば、この事例のように突然社長が交代しても、比較的スムーズに事業を引き継げるだろう。また、後継者が采配を振るいやすいよう、社員を自立させておくことも大切だ。

親族内承継の場合、相続対策を怠ると大きなトラブルが発生しやすい。「うちの子どもたちは仲がいいから」「後継者以外も納得しているから」と思っていても、ふたを開けてみなければ本音はわからない。

遺産分割協議書に記された遺産の金額が大きく異なると、当事者の胸中はざわついてしまう。自社株や事業用不動産といえど、財産評価されて金額に換算されると、「損をしているのでは?」という心理も働く。

親族内承継をするなら、相続税対策について専門家に相談しつつ、家族間でコミュニケーションをとっておきたい。「遺言を遺せば大丈夫だろう」と考えるのではなく、自分の口で自分の想いを伝えることで、相続後に家族のあり方は大きく変わる。

事業承継に関する失敗事例【従業員】

Bさんは6人の従業員を雇い、店舗を経営している。60歳になってから家族との時間を大切にしたいと思うようになり、事業承継を考え始めた。

Bさんの営む店舗は、特殊な技術で商品を生産・販売しており、小さな店舗ながら根強いファンがたくさんいる。商品を今後も世に残し続けたいという思いがあった。

Bさんは後継者候補の従業員も抱えていた。勤務歴は10年とまだ浅いが、信頼に足る人柄である。Bさんは後継者候補の従業員に軽い気持ちで事業承継について相談した。

しかし、その話を店舗でしたのが失敗だった。他の従業員に話を聞かれていたようだ。話を聞いていたのは、Bさんが開業してから最初に雇った従業員だった。

その従業員は、勤務歴の長さなどから自分が店舗を引き継ぐと思っていたようだ。その日から、後継者候補の従業員に対して、Bさんの見えないところで嫌がらせが始まった。

数ヵ月後、後継者候補の従業員は退職届を出し、行方をくらませてしまう。住所や電話番号も代わり、完全に連絡がつかなくなった。そして、退職届と一緒に置かれていた手紙で、Bさんは何が起きていたかを知る。

店舗の雰囲気が悪くなったことで他の従業員も辞め、意気消沈したBさんは廃業することを考えている。

後継者以外の本心を見極める

従業員への承継では、従業員の意思や従業員同士の関係性に十分配慮しなければならない。

「自分は経営者には向かない」と口にしている従業員でも、いざ他の従業員に承継の話をもちかけると、ショックを受けることがある。逆に「あなたにこそ任せたい」と言えば、一念発起して後継者として努力してくれることもありうる。

従業員の本心をよく見極め、慎重にコミュニケーションを重ねることが重要だ。

長年勤めている従業員や事業運営に欠かせない従業員には、一段と配慮したい。個別面談で日頃の働きぶりに感謝していることを伝えたり、継続して働く意思を確認したりする時間を設けるといいだろう。

情報漏洩に注意しつつ、キーマンに早めの相談をしていくことが、事業承継を成功させるポイントだ。

事業承継に関する失敗事例【第三者】

Cさんは、親族や従業員の中に後継者候補がいなかったことから、M&Aを考え始める。M&A仲介会社を利用しようと思ったが、手数料の高さから自分で売却先を探すことにした。

幸い、知り合いの経営者が紹介してくれた友人と意気投合し、CさんはM&Aを実行することを決める。お互いに手数料を節約できるよう、各自でM&Aの方法を調べてテンプレートをもとに書類を作成した。

その後、Cさんは自社株の売却益で、悠々自適の勇退生活に入った。

しかし1年後、税務署から問い合わせがくる。その結果、自社株の評価額に誤りがあり、Cさんは多額の追徴課税を求められた。

Cさんの話を聞いて不安になった後継者は過去の財務内容や契約書などを調べた。問題が見つかり、Cさんのもとに連絡が入るようになった。後継者との関係性も悪くなり、気の休まらない日々が続く。Cさんは専門家に相談せずにM&Aを行ったことを後悔した。

専門家の活用が成功の秘けつ

最近では、M&Aの情報もインターネットを通じて入手できる。だからといって、自力でM&Aを進めてしまうのは非常に危険だ。M&Aには税務リスク・法務リスクがあるため、専門家に相談する必要がある。

M&A仲介会社の仲介手数料は、会社の評価額によって高くなるかもしれない。しかし、仲介手数料を支払ってM&Aを進めることで、心置きなく勇退生活を満喫できる。「事業承継後の安心を買う」と考えれば、心理的な費用負担も減る。

事業承継を成功に導くのも経営者の手腕

事業承継は、経営における最終ステージだ。事業承継を成功させれば、事業は存続していくし、事業承継に失敗すれば、築き上げてきたものはそこで途絶えてしまう。

事業承継の成否は経営者の腕にかかっている。ただし、事業承継に正解はなく、会社ごとに進め方が異なる。経営者として最適な戦略を持ったうえで、専門家を上手に活用して事業承継を進めたい。(提供:THE OWNER

文・木崎涼(フィナンシャルプランナー・M&Aシニアエキスパート)