(本記事は、尾原和啓氏、山口周氏の著書『仮想空間シフト』エムディエヌコーポレーションの中から一部を抜粋・編集しています)

強制進化で起こった変化

仮想空間シフト
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尾原:本書では、今回の新型コロナウイルス感染拡大によって生じたさまざまな影響が、我々の社会や働き方にどういった影響を与えるか、というテーマで山口周さんと議論を深めていきたいと思います。山口さんとはあちらこちらで対談していますが、対談が本になるのは初めてですね。まず山口さんは、ここまでの新型コロナウイルスの影響、アフターコロナの世界をどのように分析されていますか?

山口:私が今回の対談をするにあたって、まず思ったのが尾原さんと藤井保文さんの著書『アフターデジタル─オフラインのない時代に生き残る』に書いてあったことが急速に現実になったな、ということでした。

尾原:あの本は2019年3月の出版なので、当然コロナのことなど全く考えていなかったわけですが、「もはやオフラインは存在しない」を前提とし、全てのオフライン/リアルをオンラインが包んでいってオンラインファーストに体験設計が全て再構築しないと時代に取り残されてしまう、という内容は今まさにリモートワークやオンライン会議といった形で現実になりつつあります。

山口:そこでも書かれていましたが、ビフォアコロナの日本というのはあくまでオフラインつまり物理空間が「主」で仮想空間が「従」だったわけですよね。仕事は通勤してオフィスでやるし、会議は会議室を予約してやる。Slackみたいなビジネスチャットやオンライン会議をやるサービスはその頃からあったけど、あくまでそれは物理空間に集まれないときの補助的なものでしかなかった。

尾原:日本は特にその傾向が強かったですね。例えば電子決済サービスを一つとっても、非常に普及が遅いじゃないですか。

そういう意味では、コロナ禍で仮想空間でのやり取りや仕事が強制的に増えたことが特に大きく影響する国と言えるかもしれません。

山口:そう、どんどん「強制的」にオンライン、仮想空間に進出させられているんですよね。この対談だってオンラインでやっているわけですし。

ただ、尾原さんもおっしゃった通り、もともと欧米諸国ではオンラインとオフラインの主従関係は逆転しかけていたわけで、時代の流れを考えればコロナがなくても徐々にそうなっていったはずと言えると思います。

尾原:つまり新型コロナウイルスという未知の脅威によって全く新しい社会に変化した、というわけではなく、もともといずれはそうなるはずだった未来の姿に、少し早く強制的に進化させられた、という方が適切な理解ということですね。

山口:そう思います。例えば、東京で在宅ワークを導入している会社は2019年の段階では2割に満たなかったのが、コロナの影響で現在は6割ほどとなっています。

キャズム理論で言えば、新しい社会習慣やテクノロジーの普及は、普及率17%くらいを超えたところから急速に進むと言われていますよね。

まずは先進的な考えをもつ人が新たな取り組みをするけれど、その割合というのはだいたい17%未満で、そこで本当にこれは良いものだと評価されるとそのあと30%くらいの実利主義者たちが後を追って取り入れだす。

在宅ワークに関していえば、17%の境界線を越えられるかどうか?というレベルの文化だったものが、一気に実利主義者をとびこえて、保守派の人たちすら採用しなければならないほど浸透しているわけです。

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(画像=『仮想空間シフト』より)

尾原:確かに「営業は相手と対面してやらなければ!」なんていう保守派の考えが通用しない時代が一気に到来しましたね。

まさに強制進化によってオンラインとオフラインの主従関係が逆転していると感じます。

我々が仕事をしたり生活したりする空間が、物理空間から仮想空間へとシフトしています。

山口:その結果どうなったかというと、みんな「案外仮想空間(在宅やリモート)でも仕事できちゃうよね」って気づいたわけですよね。日本生産性本部が20歳以上の雇用者約1100人を対象にインターネットで調査したところ、全体の6割程度の人が「新型コロナ収束後も、このまま在宅ワークを続けたい」と答えたそうです。

これがとても不便なものだったら、コロナの収束とともに元の生活に戻るわけですが、そうじゃない。これはもうポイントオブノーリターンを超えてしまったと思います。このまま一気に仮想空間へのシフトが進んでいくはずです。

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(画像=『仮想空間シフト』より)

尾原:そもそもの進化の速度が速まったというだけですから、当然そうなりますよね。

山口:例えばメディアアーティストの落合陽一さんは、ステイホームがはじまって逆にすごく生産性が上がったと言っていましたね。これまではひとつ打ち合わせをするにも移動が必要であったり、1日当たり最大7件くらいしか予定を入れられなかったのが、今は家にいながら次々にこなせるから毎日20件くらい打ち合わせをしていると。

尾原:それはすごいですね。単純に比較すれば生産性が3倍になっている。

山口:ホワイトカラーの仕事というのは情報の製造業ですよね。脳みそという工場から、さまざまなアイデアであったり理論であったりというのを製造することで価値を生み出しているわけです。

そう考えるとこれまでの、他の会社の人と打ち合わせをするために品川から新宿に移動する、という働き方というのは「資材がある場所までわざわざ工場を移転させて生産活動をする」ということになるんですよ。

実際の工場で言えば、こんなに効率の悪いことはないですよね。当然本来ならば、工場の場所を固定して、さまざまな資材をそこに運び入れて生産するべきです。

尾原:脳みそという工場は自分の家のデスクに固定されていて、そこにインターネットという仮想空間を通してさまざまな情報と言う資材が運び込まれる。

その資材を使って脳みそを働かせて新しいアウトプットをし、それがまたインターネットという流通網で世界に発信されるということですね。

山口:逆に言えば、脳みその場所を動かすときというのはそれ相応の理由が必要になります。インターネットという仮想空間では、素材の手触りやその場所の匂い、食べ物の味覚といった身体感覚を伴う情報はやりとりできませんから、それが必要なときだけ物理的に動く。そうでないときは仮想空間で十分だ、となっていくはずです。

でもこれって、尾原さんはもうずっと前からされていますよね。

尾原:そうですね。もうここ5年くらいは、バリ島やシンガポールなどさまざまな場所から、仮想空間上で日本の方々ともやりとりしながら仕事をしています。このライフスタイルに変えた当時、Facebookの利用者数が15億人を超えたんです。現在の中国の人口が約14億人(2020年5月時点)ですから、数年前の段階で「世界最大の国」は実はFacebookになったんです。Facebookという国に住めば、どこの国に住むかは関係ない、「仮想空間がリアルより強いんだ」と思ったのが海外を拠点にし始めたきっかけですね。

山口:それが当然の世界になると、仕事の内容や給与だけでなく「週に何回出社しなければいけないか」というのが仕事探しの重要な要素になっていくはずです。

同じ仕事で同じような給与でも、毎日出社することを求める会社と月に2回出社すればいいよという会社では後者がいい、と考える人がほとんどでしょう。月に2回の出社でいいなら、どこに住んでもいいわけですよね。オフィスが都心にあるからって、わざわざ家賃の高い都内で部屋を借りる必要はない。

極論を言えば海外に住んだっていいわけです。会社側としても、月にたった2回だったらハワイからの交通費出してあげるよ、というところが出てきてもおかしくない。そういうのが会社の競争力にも影響してくると考えると、働き方、生活、社会の在り方、何もかもが変わっていくように思います。

尾原:少し乱暴ですが、今回のコロナの影響がどのように影響するかと考えると、まずはやはり仕事が変わりましたよね。これはもうすでに目に見える変化が起きている。

仕事が変われば当然働いている人たちの暮らしが変わりますよね。何故ならこれまでは働く場所というのが生活する場所を決めていたし、働く時間が趣味の時間やその人が自分自身になれる時間を縛っていたわけですから。

仕事と暮らしが変わると今度は人間と社会が変わるということです。これまで品川や丸の内で働いていた人たちが、仕事はそのままシンガポールに住みだしたりするわけですから、例えば不動産の考え方は変わるでしょう。不動産が変われば投資家の考え方も変わり、金融の在り方なんかにも影響するのは間違いありません。

もっと重要なのは、人間と社会が変わることで、一人一人の人生設計が変わり、それはすなわち国家とか行政といったものまで変わらざるを得ないという点です。

・仕事→暮らし→社会→人生→国家(行政)

という段階変化が考えられるうちの、今はまだ仕事の変化が顕在化したという段階ですから、今後のより大きな変化に対して理解して準備している人とそうでない人では対応に大きな差が生まれるでしょう。

仮想空間シフト
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など。
山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動を行う。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師、世界経済フォーラムGlobalFutureCouncilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

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