(本記事は、尾原和啓氏、山口周氏の著書『仮想空間シフト』エムディエヌコーポレーションの中から一部を抜粋・編集しています)

定例会議がなくなる

会議
(画像=Shutter.B/Shutterstock.com)

山口:尾原さんのおっしゃるように

(1)仕事が変わる
(2)暮らしが変わる
(3)社会が変わる
(4)人生が変わる
(5)国と行政が変わる

という順序で変化が起きるとすると、まず直近起きるのは仕事の変化ですよね。これはすでにあちこちで変化が起きていて、それを実感している人も多いと思いますが、尾原さん自身の働き方で変わったことはありますか?

尾原:私自身は以前からリモートワークに近い働き方をしていたのでそこまで大きな変化は無いのですが、変わったなと感じるのは日本にいる取引相手の方々が私と同じような働き方でもいいじゃないかと試してみて、気づいてくださる方々が増えてきたということでしょうか。

以前は、「尾原さんちょっと、これこれについて話を聞かせてください」と言われたときに「じゃあ今から30分時間あるのでZOOMでやりましょう」と言うと、企業側からは「30分しか用意してくれないの?」「対面で会ってはくれないの?」となりました。

山口:そうですね。よくわかります。コロナ禍でみんながZOOMなどのオンライン会議をするようになったことで、そういう働き方が受け入れられたと。

尾原:そうなんです。正直今までは、企業側の価値観に仕方なく合わせて働かないといけない部分があったのですが、みなさんの価値観がアップデートされたことでそこは解消されました。

山口:落合陽一さんの例と同じように、仮想空間が主となったことで生産性が上がったわけですね。自分だけが仮想空間にいても、まわりのみんなが物理空間にいてはなかなかそうもいきませんから。

尾原:これまでの打ち合わせとか会議って「せっかくやるんだから」という意識がありましたよね。「せっかくなんだから、しっかりやろう」と。その結果どうなっていたかというと、内容にかかわらず「打ち合わせは1時間で!」という謎の固定観念に縛られてしまっていた。

山口:それもまたフィクションですよね。

尾原:しかも会議の中には、その1時間のうちの8割くらいの時間をさして意味のない話に費やして、残りの2割の時間で物事を決めたりすることが多い。

それが今は、SlackやTeamsなどのチャット上で打ち合わせをしていて、ある程度煮詰まっていたら「じゃあ今10分話そうよ」となりますから、無駄な時間が極めて発生しづらくなっています。

山口:物理空間上で仕事をしようとすると、どうしても動きに制限が加わりますからね。参加者全員が同じ場所に集まって打ち合わせをしなければいけないと考えると、移動の時間というのが仕事の単位になっていく。都内の会社間の移動であったとしても、ドアトゥドアで30分だとちょっと足りないから、1時間は確保するでしょう。そういう形で1時間というのがひとつの単位というか、社会を同期させるためのリズムになっているんでしょうね。

でも物理空間から仮想空間にシフトすると、移動と言う概念はなくなって、いつでもその現場に瞬間移動できるわけですから、このリズムは消滅しますよね。

仕事はオーケストラからジャズになる

尾原:そういう意味では、仮想空間における仕事はオーケストラ型からジャズ型に変わる、と言えると思います。

例えば打ち合わせを必ず1時間確保しようとすると、忙しい人が多数集まる会議の場合はなかなかスケジュールが合いません。だから「2週間後に集まりましょう」というようなスケジュール感になっていました。

ひとつのことを決めるのに2週間もかかって、そこで出てきた新しい課題を考えるのはまた2週間後。1つのプロジェクトが2週間、2週間、2週間というようなリズムでしか進まなくなることも多くて、そうなると「いやいやその間にライバルは先に進んじゃうぞ」となっていました。

これは音楽に例えるとオーケストラ型なんですよね。目標とする日に向けて、しっかりパートを割り振って、個別で練習して、みんなで集まって練習して、いざ本番の日がきた、というところでそれを披露するという。

一方でジャズ型のセッションというのは、その場の雰囲気で「俺ドラム入るわ」「俺ギター入るわ」と言う風に参加者が集まってすぐに音楽を奏ではじめます。

仕事もそんな風に、2週間に1回のサイクルから、毎日人が増えて行って良いものが生まれる、という形になっていくはずです。

山口:私は音楽もやっているので、その例えは非常によくわかります。オーケストラの楽譜っていうのは、縦軸は音の高低、横軸はタイムフレームというマトリックスになっています。タイムフレームは例えば4分音符が1分間に120個、という風にきっかり決まっていて、必ずそのリズムで演奏は進むわけです。誰か一人がそのリズムから外れてしまうと、やはりおかしな演奏になってしまう。

一方でジャズというのはそのタイムフレームが伸び縮みするというのが特徴なんですよ。

周りが速くなっていけば自分も合わせて速くする。その場その場である種のフィーリングのようなものを働かせてリズムを作り上げていくのが魅力です。

今は古い価値観に縛られてZOOM会議を1時間の枠でやっている人もいると思いますが、徐々にそういった古いリズムから、新しいリズムへと変化していくのでしょう。

尾原:テクノロジーが進歩しても、古い価値観に縛られていては進めませんからね。

20世紀にメディア研究をしていたマクルーハンという学者が「私たちがメディアを発明し、メディアによって私たちが再発明される」という言葉を残しています。ZOOMのようなテクノロジーを開発したのは我々人間ですが、そのZOOMが浸透してより使い方がこなれていったとき、仕事のリズムをはじめ、私たちの生活というのが再発明されていくことになるのだと思います。

山口:それと似た話で、ラジオからテレビへの変化の話があります。

1950年代に民間テレビ放送が始まった当初、テレビというテクノロジーは生まれたけれどまだ番組制作をする人たちもみんなその有効な使い方がわからないわけです。

テレビが生まれる以前はそのポジションにラジオがあって、テレビというのは言ってしまえば絵が映せるラジオなのですが、みんなどんな絵を映せば良いかわからない。

ニュース番組というのはラジオの時代からありますが、そこにどんな絵をつければ価値を生み出せるかわからないので、結局どうしていたかというとラジオ番組のスタジオでニュース原稿を読み上げるアナウンサーの映像を撮影してそれをテレビでずっと流していたわけです。

尾原:テレビというテクノロジーのポテンシャルを活かせていなかったわけですね。

山口:それが徐々に研究された結果、今日では普通となった現場からのリポートがあったり、天気予報であれば日本地図でわかりやすく示したり、というフォーマットが生まれたわけですよね。

何が言いたいかと言うと、新しいテクノロジーとかプラットフォームが生まれた時、人はそれがまだよくわからないうちは、古い文化や風習をそのままかぶせて使ってしまうんです。

だからせっかくZOOMという仮想空間を手に入れても、物理空間で仕事をしていたときの風習で1時間と言う枠をとってしまう。在宅ワークを導入しました、と言ったところでそれではあまり生産性は上がりませんよね。

仮想空間シフト
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など。
山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動を行う。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師、世界経済フォーラムGlobalFutureCouncilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

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