(本記事は、尾原和啓氏、山口周氏の著書『仮想空間シフト』エムディエヌコーポレーションの中から一部を抜粋・編集しています)

境界性領域を作る

コーヒーの飲み方
(画像=pathitta1986/Shutterstock.com)

ここでは、具体的なノウハウやどう行動すれば良いかを知りたいというビジネスパーソンの方向けに、尾原がアフターコロナの環境を利用して成長するために必要なアクションプランについて解説いたします。

対談の中で軽く触れたものもあれば、山口さんのお話を踏まえて新たに提案するものもあります、本書のまとめという意味合いも含めて楽しんでいただければと思います。また各アクションを実践する際の教科書となる書籍名を記載いたしますので参考にしていただけると幸いです。

一つ目のアクションプランは境界性領域を作る、ということです。これは簡単に言ってしまえば、仮想空間で仕事を快適に行うために自分のアイデンティティの切り替えができるアイテムを持ちましょう、ということです。

本書の中では落合陽一さんの例など、仮想空間によって生産性が上がった人の解説をしましたが、当然ながらリモートワークなど仮想空間での仕事はなんかうまくいかないな、という人もいるはずです。

よくあるパターンがアイデンティティの切り替えがうまくいかないというものです。多くのビジネスパーソンは、会社にいたら課長など役職、組織人のアイデンティティ、家にいたら夫や妻というアイデンティティ、というようにいくつかのアイデンティティを使い分けています。家の中で家事や子育てや介護をしながら仕事をしている人は、さらに複数のアイデンティティを使い分けなければなりません。

多くの場合それらのアイデンティティは物理的なものと紐づいていて、朝起きた瞬間は夫や妻、親のアイデンティティが表に出ているけれど、オフィスにいくと組織人のアイデンティティに切り替わる、という風にしてオンとオフを使い分けていたわけです。

しかしこれが仮想空間になると、家の中でうまく切り替えていかないといけない。これに慣れていないと精神が疲弊していきます。

可能であれば自分の書斎を持つなどして、家の中でも物理空間とアイデンティティを紐づけるのが理想です。書斎に入ったら仕事モードに切り替わる、というのはわかりやすいですよね。しかし大都市圏に住んでいると、居住コストが高いのでなかなかそれができません。

本書に書いたような社会変化が起きたあとであれば、地方の居住コストが低いところに引っ越して書斎を持つという手段もあると思いますが、まずは何か身近なアイテムを使うという手もあります。

私の場合は仕事用のマグカップとプライベートのマグカップを使い分けていて、仕事用のカップにコーヒーを入れて飲むと、ビジネスパーソンとしての自分のアイデンティティが表にでてきて仕事モードに切り替わるように習慣化されています。アイテム以外には仕事に集中できる空間を家の中につくる、「この時間帯は仕事を最優先する」時間を設けるという方法もあります。

境界性領域に関して、山口さんは次のように述べています。

《シチュエーションやコンテキストに応じてアイデンティティを切り替えるということを考えてみたときに、「アイデンティティデザイン」という考え方がこれからは必要になってくるかも知れません。人のアイデンティティは人間関係の中の位置づけで、成り行きで決まってしまうようなところがありますが、仮想空間シフトが起きると、必ずしも顔の見える関係性の中だけで物事が進むわけではないので、自分の「ブレないアイデンティティ」をキャラクターとしてしっかりと持つということが必要になると思います。

わかりやすい話でいうと、尾原さんは真夏でも真っ赤なストールを常に首に巻いていて、常に「少しブッ飛び目」の最先端の潮流を、あの甲高い声で早口に喋りまくるというキャラとして一貫しています。

ハイデガーは世界劇場という概念で社会を捉えてみようということを言っていますけど、仮想空間という大きな舞台の上で、自分にどんな役柄を演じさせるか、その役柄はどのようなキャラクターとして設定されるのか、それを自分自身が演出家として決めるということをやってみると良いと思います。最初はなかなか難しいと思うので、まずは憧れている誰かを少し真似してみる、その人の一部を取り入れてみるというのもありだと思います。

ちなみに私自身は都心から葉山に引っ越すときに、明確に「ど真ん中から少しずれたところにいる人」ということを自分で意識しました。学校のクラスで、いつも一番後ろの窓際の席に座っていて普段は静かなんだけど、たまに決定的なことをボソッと言って議論を収束させるみたいな、そういうキャラはかっこいいなという気持ちがありました》

【尾原おすすめの本】
平野啓一郎『私とは何か─「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)

ナメすぎず、ビビりすぎない

仮想空間シフトにはポジティブな面が多いですが、ネガティブな面ももちろんあります。それは「偶然に友達になる」ということを意識的にやっていかないと友人・知人関係が広がっていかないということです。

次の図の左上の領域で、まずはカジュアルな接点によって関係性を作ることが、仕事をうまく進める上では必要になります。

3-1
(画像=『仮想空間シフト』より)

まずはカジュアルな接点によって関係性を作ることが、仕事をうまく進める上では必要になります。

物理空間、例えばオフィスに通勤していればランチの時間にコミュニケーションがあったり、打ち合わせに少し早く集まったメンバー同士で雑談が生まれたり、といったようによくも悪くも接点が勝手に生まれるのに対して、仮想空間では意図的に起こさない限りなかなかその機会は生まれません。

社会的ネットワークにおける人間関係、すなわち社会資本を積み上げるという意味では現実空間の方が優れている部分があるわけです。

社会資本について考える上で重要なポイントとして「ペイファースト=先に払う」ということがあります。人脈の少ない人の特徴として、最初から相手にペイさせる、すなわち相手から何かを貰うことばかり考えて、自分から相手に与えることを考えていないというのがあります。

私のもとにもたまに「尾原さんの考えに感動しました、是非会ってください」といったメッセージがSNSを通じて届くことがありますが、正直それだけのためだけに時間を作るのは難しい。受け手の状況をまったく考えず、あまりにも図々しいと「ナメられているのかな?」と思ってしまいますよね。まずは自分から誰かに与えることで社会資本を積み上げていくというのが正しい考え方でしょう。とはいえ「自分なんかがあの人に時間を貰うのは絶対に無理だ……」とビビりすぎていても当然関係性は構築できません。

例えば、スタンフォード大学やハーバード大学で教授や講師を勤めているジェフリー・フェファーは出世する人の特徴として、「質問する」ということを言っています。質問すると何が起きるかというと、質問された人から好かれるのです。なぜかというと、質問という行為自体が「あなたを尊敬しています」というメッセージの代替になるから。普通に「尊敬しています」とか「好きです」とか言われるとちょっと気恥ずかしいし、場合によっては引いてしまいますが、「いつも鋭い指摘に、勉強させてもらってます。一つ教えて欲しいのですが……」とくると、よほど多忙じゃなければきちんと答えてくれます。だから優秀な人たちはどんどん質問をする。

ただ相手の時間を奪うのは問題ですが、ビビりすぎてもよくない。このバランスを考えるというのが、社会資本を積み上げるためのポイントとなります。

もしくは、あなたが会社の上職者である場合は、部下に「ビビらせすぎない」というのもチームをうまく動かすためのポイントとなるでしょう。

例えば普段から笑顔でいるだけでその効果はあると思います。常に早口の人や、話の中に専門用語や横文字が多い人というのは相手をビビらせがちです。部内やプロジェクトメンバーの新人と話すときだけでもこれを意識したりすることで、チーム内のカジュアルコリジョンを促進できるでしょう。

【尾原おすすめの本】
谷本有香『アクティブリスニング─なぜかうまくいく人の「聞く」技術』(ダイヤモンド社)

仮想空間シフト
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など。
山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動を行う。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師、世界経済フォーラムGlobalFutureCouncilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

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