(本記事は、尾原和啓氏、山口周氏の著書『仮想空間シフト』エムディエヌコーポレーションの中から一部を抜粋・編集しています)

もう空気は読まなくていい

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(画像=Panchenko Vladimir/Shutterstock.com)

尾原:「普遍的な問題提起をしてアイデアをください」と世界に訴えることで、とてつもなく大きな力を得ることができる可能性があるというのはその通りですが、それもやはり自分が持つ問題に真剣に向き合っているからこそですね。企業活動だとさまざまな制約があって、そこから目を背けてしまう例も多い。

山口:その通りですね。日本の例ですが、「私たちの存在意義は安全でクリーンな暮らしを実現することです」とホームページに掲げる企業があるんです。

普通に考えると、じゃあ安全でクリーンな社会を脅かしているもの、というのがイシューになってそれを解決するための活動をすべきなんですよね。それが先ほどのIKEAの考え方です。

そこで戦後の日本人の20代と30代の死因を調べると、1位は自殺で2位は自動車事故なんですよね。もし本気で「安全でクリーンな暮らしの実現」にコミットするなら自動車事故に関して何かソリューションはないのか?ということになるんだけれど、「それはそれ」とか「これはそういう意味で書いてあるんじゃない」みたいなことを言われてしまうんですよね。

尾原:ははは。それはそうでしょうね。ちなみにそこは何をやっている会社なんですか。

山口:大手企業ですよ。でも原発の開発もしているんですよね。要は安全でクリーンっていうのが、問題提起ではなくて、お為ごかしのキャッチフレーズになっている。ホンネとタテマエで言うと「安全でクリーンな世界を作る」はタテマエであって、ホンネは「売上と利益を出せ」ということです。

尾原:それでは、そこに人はついてきませんね。

山口:欧米の企業っていうのは、もちろん全てが全てそうではないんですけど、基本的に企業理念みたいなものとしっかり向き合っていますよね。

私が聞いてびっくりしたのがGoogleがインターンを雇ったときの話で、インターンと守秘義務契約を結んだ上で、かなり重要なソースコードまで見せてしまうんですよね。

私としては「でも相手はインターンなんだから競合他社に就職する可能性だって全然ありますよね?大丈夫なんですか?」と思ってしまうんですけど、Googleは情報格差が無い世界にするという理念を掲げているから、正社員とインターンの間に格差を生んではいけないと。

尾原:社内の格差に目をつぶっていては、世界の格差をなくすことなんてできない、と。しっかり掲げた理念に沿って会社の仕組みを作っているわけですね。

山口:だから、契約を結んだ相手のことを信じて、全て公開してしまうそうです。

こういう理念を掲げます、とかこういう問題を解決します、と掲げた時に、日本だとどうしても「それはそれ」「これはこれ」というのが横行するんですよね。

でも、イシューを提示してアイデアを広く募るというのをやったときに「それはそれ」があると、みんな混乱するし、モチベーションに悪影響がでて生産性も下がるんですよ。

なぜかというと、掲げている問題に対して「本音はどこにあるんだろうか?」と探ってからじゃないとアクションを取れなくなりますから。これは単に、せっかく問題に共感して集まった人々のモチベーションを下げることにもなりますし、単純に仮想空間では本音を探るのが難しいという話もありますよね。

これが物理空間でのやりとりならば、いわゆる「空気を読む」という話になるんですよ。相手の真意はどこにあるんだろう、とかこの問題に対してどういう施策を進めたいと思っているんだろう、っていうのを読み取りながらやっていく。でも仮想空間だと、そういう微妙なニュアンスが伝わりづらいですよね。

尾原:日本人はお互いに空気を読むことで話を進めていきますからね。むしろそういうのを読みとれる人こそが優秀である、という価値観じゃないですか。

山口:そうなんですよ。日本のサラリーマン社会ってこの問題の解決策を考えようと言う会議において「この方法なら解決できます」と言っても「いや実はそういうやり方は常務がお好きじゃなくて……」とか言い出したりする。なんだそれは、っていう。

尾原:そこで「そんなのありですか、だってこのやり方の方がいいじゃないですか」って言う社員は認められなかったりしますからね。

山口:仕事をやる意味とかイシューを掲げるのが重要であることは間違いないんですけど、それと実際に行動の間に乖離があると、それはスタッフが混乱するし、そこを読み解ける人が優秀であるという価値観を仮想空間に持ち込んでしまうと生産性は間違いなく落ちますよね。

だからある種トップダウン型で、社長が掲げた問題に共感する人だけがそこに集まって、愚直にその問題に取り組むという組織じゃないと仮想空間での仕事の生産性を上げることはできないと思うんですよね。

尾原:組織内の全ての人がそのイシューに共感している必要があるし、そのためには「空気を読むみたいな能力が要求されるようじゃダメ」だということですね。

山口:そう思います。

尾原:個人的にはこの本と言うのは、アフターコロナの時代は怖いものではなくて、正しく対応すれば圧倒的に成長できるというポジティブなルートを伝えるものになって欲しいので、そういう意味では読者のみなさんがIKEAのプロジェクトのような美しい仕事を感じてヒントになれば嬉しいです。

生産性の上がる人・下がる人

尾原:すばらしいイシューを提示してそれを解決するのにコミットできる組織は、仮想化するアフターコロナのビジネスシーンで急成長できる一方で、それができない組織にとっては辛い環境になるだろうという話をしました。

とはいえ、このイシューを提示するというのはどちらかというとプロジェクトオーナー、経営者の視点ですよね。読者の多くはビジネスパーソンの方だと思うのですが、一会社員の視点から見て、このアフターコロナの環境で生産性が上がるのはどんな人なのか考えてみたいと思います。

山口:リモートワークをやってみて、落合陽一さんのように、すごくやりやすいとか生産性が上がるという人もいますが、その一方で仕事がやりづらくなったという人もいますよね。尾原さんはもうずっとリモートワークに近いような働き方をされていますが、そのあたりはどのように分析しますか?

尾原:自分は働き方というのを次の四象限で考えていて、これに当てはめてみると仮想空間への対応の仕方というのも見えてくるのではないかと思っています。

まず縦軸はみんなでやる仕事か一人でやる仕事か。一人でパワーポイントを使って資料を作ったりするのは下ですし、会議をしてアイデアを出したり、というのは上になります。

次に横軸は目的が決まっているかどうか。いつまでにこれだけのコードを書かなければならない、といった仕事は右側。一方で左側は、目的は決まっていないのだけども、実は重要なことを指します。

例えば、私が以前勤めていたGoogleでは「カジュアルコリジョン」(Casual collision)と言って、いかに社内のいろいろな人と交流を持って意見交換をするか、という文化が重要視されていました。社員が自分とは他の部署の人と多く交流するための場を作るために社内カフェを無料で開放しているくらいです。

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(画像=『仮想空間シフト』より)

山口:そこから何か新しいアイデアが生まれたりするのを期待しているわけですね。

尾原:そうです。社内カフェにさまざまな部署の社員が集まることで「ちょっとこれがわからないんだよね」「それなら多分あいつが詳しいぞ、ちょうどあそこにいるから繋いであげるよ」といったシナジーが生まれる。

IKEAの例でいえば「誰もが快適に使えるユニバーサルデザインの家具を安価で提供するにはどうすればよいだろうか」というアイデアを出すのが右上で、一人一人のクリエイターが実際に3Dプリンター用の設計図を作るのが右下。

そしてそもそも「うちの会社って家具のデモクラタイズとか言っているけど、家具を快適に使えない方々の日常生活の困難を解消できないのは問題だよね、どうにかできないのかな」というイシューが生まれるのが左上ということになります。

左下は一言で言うなら自分らしくいられる場所、ですね。生産性を追い求めたりすると当然疲れるわけで、自分自身のベースグラウンドとして自分らしくいられる場所であったり活動というのが必要になります。

山口:なるほど。カジュアルコリジョンから生まれるようなシナジーは、仮想空間ではなかなか期待できませんね。つまり、この四象限の中には、仮想空間に向いている範囲と、そうでない範囲があると。

尾原:そうです。もう一つ重要なのは、右上の象限を快適に行うためには、左上の象限が必要であるということです。

例えば山口さんは、一見するとすごく寡黙でクールな「孤高の人」みたいな印象があるので、会社員として隣の部署にいてもなかなか話しかけづらいと思います。

でも、一緒にランチをする、一緒にコーヒーを飲むといったところで安心感が生まれれば気軽に話しかけられるようになるし、そうするとめちゃくちゃ気さくにいろんな話をしてくれる人だというのがわかるようになるわけです。

山口:仮想空間でのコミュニケーションとなると、画面越しになることでどうしても雰囲気や細かなニュアンスなど、伝わりきらない部分もでてきますからね。

そういう状況で重要な意思決定を行うためには、普段から一緒に仕事をしていて、相手の考え方を理解していたり、お互いの信頼関係がないと成立しないというのはわかりやすいと思います。

尾原:はい。そうすると、今までオフィスという空間で左上の部分も含めて一緒に仕事をしていた人々は、仮想空間で仕事をするようになったことで物理的な制限がなくなり効率的になっているかもしれませんが、今後もそれが続くとは言えないことがわかります。

新入社員の方はその人間関係がまだできていないので「なんかちょっと発言しづらいな」とか「相手の真意をくみ取りづらい」といった状況になる恐れがあるでしょう。前回もでてきた仮想空間では空気が読みづらい、という問題がより顕在化してくるのは来年度以降ではないかと思います。

山口:だとすると、今現在は仮想空間でうまくいっている、快適だ、と感じている人や会社であっても、今後リモートを継続的に続けて行くとなると必ずどこかでその問題に直面することになりますよね。新卒で入ってきた社員を仮想空間で働かせる、となった場合のノウハウなどはまだほとんどの会社が持っていないでしょうし。

尾原:そういうことですね。実際に私の周りで「仮想空間が快適だ」と言っている人たちは、右上の仕事をしている人たちが多いように思います。

会議をするときに通勤時間が節約できるし、有益な意見を出さない「ただ参加しているだけ」みたいな人を省いてジャズのセッション的にどんどん話し合って物事を決めていくことができるわけですから。

それは確かに生産性は上がったのでしょうけど、あくまでそれは今までの働き方で築き上げてきた貯金を食いつぶしている状態であるというのは、気を付けなければいけません。

山口:それで言うと、下の軸というのは監視が必要になりやすい領域ですよね。

尾原:そうですね。もちろん会議などの生産性にも関わる話ではありますが、やはり自分一人で目的をもって仕事をやりきるというのは結構大変なことです。

経験の浅い若い方の中には、これができない人がたくさんいます。

自己監視が理想とは言いつつ、すべての会社と社員がすぐにそうなれるわけではありませんから、うまく監視するシステムはどうしても必要になってくるでしょう。

山口:どうしても、上司が近くにいるからちゃんと仕事ができている、という状態の社員はいますよね。もし今後もリモートワークを継続するのであれば、そういう社員を、ちゃんと一人で仕事をやりきれるように教育する必要はありますよね。

仮想空間シフト
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など。
山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動を行う。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師、世界経済フォーラムGlobalFutureCouncilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

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