(本記事は、尾原和啓氏、山口周氏の著書『仮想空間シフト』エムディエヌコーポレーションの中から一部を抜粋・編集しています)

円は必要なくなる

円預金,リスク,リターン
(画像=Chayantorn Tongmorn/Shutterstock.com)

山口:地産地消という意味では思い出深い話があります。私の妻はイタリア住まいが長かったのですが、そのとき近所にもの凄く料理好きなおばあちゃんが住んでいたんだそうです。そのおばあちゃん、驚くべきことに「スーパーマーケットで食材を買ったことがない」んですって。

尾原:へぇ!

山口:オリーブオイルならばオリーブオイルを作っている農家の人から直接買うし、豚肉なら豚を育てている人から買ってくる。スーパーというものを通さず生産者から直接買っているんですね。

尾原:まさに地産地消ですね。職業の仮想空間シフトによって、そういう人が増えていけば無駄な運送コストはどんどん削減できる。

山口:ここら辺の感覚って我々はたぶんおかしくなっていて、都市というフィクションに染められているようなところがあると思うんです。

もうひとつ象徴的な話があります。

何年か前に息子が海で遊んでいるときにサヨリみたいな魚を獲ってきて「これを食べたい」って言いだしたんですよ。そのとき私はまず「そんなの食べて大丈夫かな」と思ったんですね。これって考えてみると異常なことだな、とあとで気づいたんです。

スーパーにある魚というのはどこの誰が獲って、どういった道をたどってそこにあるのかまったくわからない。その一方でそのサヨリみたいな魚は自分の息子が今ここで獲ったというのが明確なんですよ。

そのときに、イタリアのおばあちゃんが「誰がどうやって育てたかわからないスーパーの食べ物を信用する根拠はどこにあるの」と妻に話していたことを思い出して、確かにその通りだなと感じたんです。

尾原:スーパーみたいなものもある種のフィクションだと。

山口:そういうことですね。そもそも都市化を前提とした仕組みなわけですから、都市というものがフィクションであるならそういうことになりますよね。

尾原:職と住が分離して人々が好きなところに住めるとなればその地域ごとのコミュニティや衣食住が人生の豊かさに大きく影響を与えるという話がありましたが、みんながそのイタリアのおばあちゃんのように、身の回りの目に見える範囲の経済圏で経済活動を行うようになるのかもしれませんね。自分の目で確認したものだけを信用して買ったり食べたりするというのは、確かにナチュラルです。

山口:なぜこんな話をしたかというと、全国チェーンのお店とかスーパーでお金を使うということは、自分のお金が東京など大都市にいくということですよね。ほとんどの大企業の本社は東京にあるわけですから。

でも、みんなが地方に住むようになると、その地方のお店がいかに快適か?というのが人生の豊かさに繋がるわけですから、地域に根差したお店でお金を使う。すなわち地域の中でお金がまわるようになります。

一方で仕事は仮想空間上でするので、自分の稼ぐお金というのは世界中から集めることになりますよね。日本で仕事をする以上、東京の会社からお金を貰うことは多くなると思いますが、それってすなわち東京のお金をもらってそれを地方にめぐらすことになりますよね。

尾原:ある種、外貨を稼ぐような感覚ですね。

山口:そうです。そうなると地域間の資金の格差みたいなものが、どんどん均一化されていくことになりますよね。

尾原:私は今まさにそういう生活ですね。仕事は仮想空間上で東京やシリコンバレー、中国なんかからお金を稼いで、それをバリの食堂やマッサージ屋さんで使っていくと。

山口:そうなると、極論「円」みたいな通貨は必要なくなる。その地域でだけ使えるものがあればいいわけだから。もっと言えば飲食にだけ使える通貨みたいなのを行政が発行してその業界を盛り上げる、みたいなことができれば面白いですよね。

尾原:さらに言うと、実は私はエストニアの電子市民権を持っているんですが、エストニアはすべてのレジの決済に、IDが付いている国なんです。そして全ての税務処理が自分の国民IDに紐づいているから、IDを入力するだけで確定申告がたった3クリックで終了します。大使館に行けば30分程度で会社設立も可能です。個人事業主にはありがたいですよね。ちなみに、このためにエストニアには会計士、税務処理官という職業がなくなったんですよ。

中国における仮想空間シフト

尾原:仮想空間シフトがすでにかなり進んでいる国の一つが中国です。中国ではインターネット人口が8億人を超え、その97%がスマートフォンを保有し世界の中でも「デジタル先進国」として扱われています。ちなみに日本のスマートフォン普及率は85%程度ですからはっきりと差があります。

中国ではすでにビジネスの場も、アイデンティティの在り方も仮想空間にシフトしてきており、人気のあるインフルエンサーは10分で1億円を売り上げることもあります。

こういうと「そうはいっても中国って詐欺も横行しているから大変じゃないですか」なんて声が出たりするのですがこれは大きな誤解です。

中国は確かに詐欺の多い国でしたが、それは単に詐欺をする方が儲け続けるのに合理的だっただけだと私は認識しています。

今まで自分の信用が可視化されていなかったから詐欺をしていたけれど、テクノロジーによって自分の信用スコアが可視化された結果、それを溜めれば簡単に1億円売り上げられるようになったわけです。

そうすると詐欺を働くより信用を溜める方が合理的な選択になるので、むしろ人を裏切らないような空間になっていきます。

山口:単なる合理性の問題ですね。人を裏切ることによって得られるネットプレゼントバリュー(正味現在価値)と、誠実に信用を溜めることのネットプレゼントバリューを比較した結果、裏切る方の価値が高いとなれば詐欺を働く。

一方で信用というのが可視化されて、その人のクレジットが蓄積されているのであれば、どこかでこの価値は逆転しますから、そうすると誠実にしていた方が良いよね、となる。

尾原:そうです。これは日本にいるとなかなか実感しづらいところではありますが、AirbnbやUberがすでに現実空間の上に仮想空間の情報を紐づけることで信用を可視化するということをやっているんですよね。

他人の車に乗るとか、他人の家に住むなんて、ひと昔前はとても考えられなかったことじゃないですか。けれど日本でも徐々にそれは浸透しつつある。たった6年くらいで、それくらい信用が可視化されるようになったわけです。

中国で時価総額7番目になった平安保険に「平安グッドドクター」というオンラインサービスがあります。「食べログ」とポイント機能を組み合わせたようなアプリですが、これって医師にとってもありがたいサービスなんです。

医師は自分が得意とする専門分野を登録する、するとその分野の健康に不安を抱えた患者が検索して仮想空間で相談できる。医師と患者のマッチングです。診察が終われば、デジタル処方箋も出してもらえるし、患者が病院の待合室で長時間待つこともない。

医師にとっては自分の専門性にあった患者が来てくれるおかげで、患者に貢献でき、自分の腕を磨くことができる。

今後はあらゆる産業において、信頼が可視化されることでより深く人を信用できる、信用されることに価値が生まれる社会になるのです。

アフターコロナに解決すべき社会問題

山口:海外の例からも、仮想空間シフトという既に起きていた変化がコロナによって加速する、という本書の前提となる考えは正しいように見えます。その変化が社会とか国家というものに与える影響というのを考えると、問題点というか我々が解決すべき課題のようなものもあると思いますが尾原さんはそのあたりどう考えていますか?

尾原:ひとつは、ここまでもお話ししていたように、コロナによって進化できる人とそれに取り残される人の二極化ですよね。ここまでは「ビジネスパーソンの中で、テクノロジーを使いこなせる人とそうでない人」といった範囲で語ってきましたが、社会全体で見るならばもっと根本的に、仮想空間シフトについていけない人というのも出てくるでしょう。

山口:確かに、ビフォアコロナの時代であっても、インターネットを使いこなす若者と高齢者の間での情報格差、デジタルディバイドみたいな問題はありましたからね。

尾原:そうなんです。例えば次の図をご覧ください。ここまでもミレニアル世代やZ世代について言及してきましたが、アメリカでよく使われる世代区分を地層図にしたものです。

5-1
(画像=『仮想空間シフト』より)

デジタルリテラシーが高いミレニアル世代というのは1981~1995年生まれですから、35歳までの層ですね。この世代は比較的若いうちにインターネットを経験している割合が高いので、仮想空間シフトへの対応に苦労しない人が比較的多いはずです。

その上、40代を中心としたX世代。この表では36~51歳が該当しますが、私の考えでは日本においては46歳がひとつのターニングポイントになると思っています。

46歳というのは、学生のうちにインターネットが仕事とか勉強の場で有用であるということを体験している年代です。

山口:もちろん、我々を含め46歳以上でITに慣れ親しんでいる人もいますが、そういった原体験があるかどうかというのは大きな差になりますよね。そしてそのような原体験が社会の仕組みとして得られるようになったのが46歳くらいだと。

尾原:そうです。30代後半から46歳くらいまでが、なんとか仮想空間シフトについていけるという人が多く、ミレニアル世代になるとすでに「仮想空間で過ごすのは当たり前でしょ」となっていて、Z世代までいくと「リアルより仮想空間でしょ」くらいになっていると思います。

山口:逆に46歳より上の世代というのは仮想空間を現状は使いこなせていない人が多いのに、アフターコロナの世界では仮想空間シフトが強制的に進むから取り残されてしまう危険性がある、ということですね。

尾原:そうですね。X世代の46歳以上の層、ベビーブーム世代、トラディショナル世代については、もちろんそうじゃない人もいるとはいえ、仮想空間に対する感覚を現時点では持っていない、リアルにしか生きていないという人が多いと思います。

山口さんは『ニュータイプの時代─新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)という本を書かれていますが、それでいうとオールドタイプですよね。

ただ、日本と言う国はこれまでオールドタイプの人たちが仕組みを作ってきたという歴史があります。

山口:だから仕組みそのものが変わっていく必要がある、と。

尾原:そうです。だからこれまで語ってきたような、さまざまなフィクションが存在していたわけですよね。それが強制的に変わるというのは、人々の進化であると同時に社会の仕組みの進化ですから、ポジティブなことである一方、その進化についていけない人々をどうするか、という課題が残ります。

山口:仮想空間シフトによって、デジタルディバイドが広がる可能性もあると。そこは我々がうまくアップデートしていかなければならない部分ですね。

仮想空間シフト
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など。
山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動を行う。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師、世界経済フォーラムGlobalFutureCouncilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

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