シンカー:グローバルな経済の大きな潮流を読んでみたい。10年単位のシナリオライティングである。これまでのグローバルなデフレ懸念から新型コロナウィルス後のインフレトレンドへの転換を含め、グローバルなマクロシナリオと日本経済に対する考え方を11回にわたって解説する。①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム(8月18日)、②インフレ復活への序章(8月20日)、③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換(8月24日)、④コロナショック後の景気の形(8月26日)、⑤アベノミクス2.0、⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r、⑦米中の覇権争いがもたらすもの、⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化、⑨生産性がほぼすべて、⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ、⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ。
米中貿易紛争や消費税率引き上げ、頻発する自然災害、そして新型コロナウィルスによる経済活動の停止などの不確実性が大きくなってきたことが、企業活動を弱体化させ、投資意欲も削いできてしまっているようだ。企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の強弱が、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。新型コロナウィルスの問題などによる企業心理の悪化で、企業貯蓄率は上昇しているとみられ、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が景気後退とデフレ再燃につながるリスクになっている。
これまで、深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するため、新商品・サービスの提供でトップライン(売上高)を増加させる必要性があり、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動が刺激され始めてきていた。AI、IoT、AI、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などが活性化してきていた。実質設備投資の実質GDP比率(設備投資サイクル)は、バブル崩壊後になかなか打ち破れなかった16%の天井を上回ってきていた。設備投資サイクルが16%という低い天井の下に押し込められていたのは、企業の期待成長率と期待インフレ率が低いことを示し、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。先行する設備投資サイクルが天井を打ち破っていけば、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けて低下していくことができるようになる。企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。
米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまっているようだ。企業貯蓄率の上昇が継続すれば、総需要を破壊する力がまた大きくなり、日本経済は景気後退とデフレの闇に陥ることになる。政府・日銀の政策で信用サイクルの堅調さが維持できれば、企業のデレバレッジとリストラは再発せず、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気は底を這うL字型を回避して回復力が生まれる。
景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、設備投資サイクルの上昇が牽引役として必要になる。確かに設備投資は弱くなったように見える。しかしGDPも大きく下押されている。設備投資がGDPをアウトパフォームしていさえすれば、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることになる。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関からの資金調達に対する警戒感も大きくなく信用サイクルは堅調さを維持できるとみらる中、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かうなかで、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。
図)日本ネットの資金需要
図)設備投資サイクル
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司