1980年代に始まったSPACですが、当時は調達資金を私的に流用するといった不正が行われ、投資家から資金調達を募るのと同時に運営陣が自ら出資し、株価を吊り上げた後に売り抜きを図るといった事例もありました。

1992年に米国SEC(証券取引委員会)は、SPACに詳細な情報開示を求めるなど規制を強化し、投資家保護への取り組みを推進。

STOnlineより
(画像=STOnlineより)

その後は、ITバブルとともに上場企業数が増加したことを背景にSPACスキームを用いることは少なくなっていましたが、サーベンス・オークリー法(企業会計改革法)の施行により、IPOプロセスにコストや時間がかかるようになったことを背景に2004年頃から再度、SPACの件数が増加しはじめ、2007年にはIPOの4分の1(66件)がSPACを活用したスキームで行われました。

日本でも2008年にSPACの上場を東京証券取引所が検討した歴史がありますが、従来のIPOプロセスを強化し、健全な株式市場の運営を志向していることからそのスキームは一般的ではありません。

米国では、SPACによる調達で40億ドル(約4,200億円)もの資金を集めた事例もあり、短期利益の追求によって不確実性の高まった市場の新たな歪みを狙って多くの資金が投じられています。

ソフトバンク・ビジョン・ファンドが今年中にもSPACの立ち上げを予定しているとの報道もなされていますが、Weworkなど出資先をSPACで合併して上場させることはなく、あくまでプライベートエクイティの有望企業の合併に向けて資金を調達するとされています。

これまで多くの産業分野の構造の変革を巨額の出資によって促してきたソフトバンク・ビジョン・ファンドですが、SPACを活用した上場の成功は事前のデューデリジェンスや市場環境の変化への対応が重要であり、これまでの経験や知見、組織力を生かせるといった点において大きな強みを発揮するとも考えられます。

目次

  1. SPACのメリット・デメリット
  2. 規制当局による早期の投資家保護対策

SPACのメリット・デメリット

白紙小切手会社(ブランク・チェック・カンパニー)、空箱会社とも呼ばれるSPAC(特別買収目的会社)は、これまで一部の投資家が莫大な利益を得るだけだったプライベートエクイティ投資を一般投資家に開放するといった点において高い評価を得ている反面、上場後に問題が発生し、すぐに株価が急落してしまうといった事例もあることからハイリスクな投資手法であると考えられます。

近年ではロビンフッドといった小口投資が米国ではブームとなっていますが、一般投資家が、将来有望なスタートアップに投資する機会は少ないためSPACを通じて間接的に合併した企業に投資を行うことで、一般投資家はより多くの投資機会を有することができます。

しかし、SPACへの投資は、運営陣の目利きに依存した投資手法であることが1番の課題とされています。

米国では、今年の夏頃から多くの有名経営者や投資家がSPACを立ち上げ、そのエコシステムは10年前とは異なり、多くの専門家が参画していることで、成熟化が進んでいるとする見方もありました。

しかし、SPAC「ベクトIQ」を介して上場した電気自動車(EV)メーカー・ニコラモーターが技術力を有しておらず、詐欺案件だった可能性があるとしてトレバー・ミルトン会長が9月に辞任。

ニコラモーターが提携を発表していたゼネラル・モーターズ(GM)への悪影響など電気自動車(EV)市場に与える影響も大きく、ニコラモーターの技術力を信用して投資した投資家をも欺いた場合には、SPACブームに大きな影を落とすことになることでしょう。

そして何よりSPAC「ベクトIQ」とニコラモーターの合併は失敗であったとも考えられ、ニコラモーターの技術力を見抜けなかった当時のベクトIQの運営陣の責任問題など、SPACエコシステムの脆弱さがすでに露呈しているとも言えます。

「従来のIPOプロセスがなぜ多くの費用を必要とし、企業は各ラウンドにてなぜ投資家への説明を行うのか?」といった投資家保護の遵守や倫理観よりも「最短ルート」で企業が上場を果たすことが重要であるとされる風潮が高まりを見せる中、「雰囲気」で一般投資家が安易な投資を行うことを許すのは米国資本市場の汚点となることも考えられます。

すでに2020年Q3においては47%のIPOがSPACを介して行われていたことも明らかになっており、従来の方法ではIPOを実施することのできない企業も株式上場市場に参加することで、中長期的には大きなリスクを秘めている危険性も早期に検証する必要があります。

規制当局による早期の投資家保護対策

不動産投資の場合には個別の不動産物件のリスク分析などが難しいために不動産ファンドを通じて、経験豊かなファンドマネージャーの物件選定のもと安定した資産運用を実現することができますが、プライベートエクイティ市場における企業選定は不確実性が多く存在し、急な市況の変化によって業績が大きく傾く場合も少なくありません。

スタートアップ企業にとっては裏口上場とも言えども潤沢な資金を手にすることができ、上場企業として株主への責任を果たしながら研究/事業開発に取り組めることは大きなメリットであると言えるでしょう。

近年ではIPOまでの期間が長期化し、SPACを活用しなければならないほどに米国資本市場はリスクマネーの供給を促進する必要に迫られているとも考えられますが、IPO市場全体では大型の資金調達が相次いでおり、韓国では防弾少年団(BTS)が所属するビックヒットエンターテインメントが8億2,000万ドル(約863億円)に及ぶIPOを実施。

※ 取引2日目は前日比22.29%安も公募価格を48.5%上回る

音楽業界全体が活動の自粛を余儀なくされている中でも、時価総額は約80億ドル(約8420億円)とされ、ワーナーミュージックやライブ・ネーションといった世界的なエンタメ企業に匹敵する規模に成長を遂げています。

一方、中国企業のIPOに関しては、米国・国務省がアント・グループを「trade blacklist(貿易ブラックリスト)」に追加する提案を行ったことで、350億ドルにも及ぶ史上最大のIPOの実施が危ぶまれています。

2019年11月AI企業であるMegviiTechnologyは、米国の「エンティティー・リスト(EL)」に追加されたことで、香港証券取引所でのIPOが実現できませんでした。

その一方、生活雑貨事業を手がける名創優品はニューヨーク証券取引所への上場を果たし、その時価総額は60億ドル(約6300億円)に及ぶといった事例もあり、世界経済における中国企業の存在感は高まっています。

IPOを断念する企業も2020年は多く確認されており、不確実性の高い市況環境の中で、大型の資金調達によって継続的な企業運営を目指すスタートアップ企業の受け皿としてSPACを活用した上場は人気を集めています。

その分リスクも大きく、2019年度にも問題となったIPOゴール・オーバーバリュエーションと同様に投資家保護の観点から規制当局がブームの過熱を抑制することも今後は重要となるでしょう。

従来プロセスを経ず、SPACを介して上場を果たす企業のビジネスモデルを分析することは経験豊富な投資家にとっても非常に困難であり、投機性の高い銘柄への投資を是正する自浄作用が今の米国資本市場には求められているのかもしれません。

1980年代から始まったSPACは40年の時を経て、米国資本市場に厚みをもたらしている一方、将来的な上場市場の信用力低下を招く危険性も考慮するべきであると言えます。

米国資本市場の機能不全を克服するべく始められた短期的な利益の追求はどのような影響を投資家にもたらすのか、今後もリスクマネーの供給は増え続けることを想定した対応が規制当局には求められています。(提供:STOnline