古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

事業承継において株式を承継する方法は、相続以外に株式の有償譲渡や無償譲渡(贈与)がある。株式譲渡と使い分けるべき承継スキームとして事業譲渡も知っておきたい。今回は、事業承継に関する株式譲渡の方法について、メリット・デメリット、税務などを整理していく。

事業承継における株式譲渡のメリット・デメリット【親族内承継】

事業承継型M&A
(画像=takasu/stock.adobe.com)

親族内承継は親から子供への事業承継であり、株式承継の方法は有償譲渡ではなく無償譲渡(贈与)が基本となる。メリットやデメリットを説明していく。

メリット

生前に自社株式を無償譲渡(贈与)すると、将来の相続時に遺留分の制約という問題がともなう。

贈与された自社株式が相続時に「特別受益」として相続財産に足し戻され、遺産分割を巡る争いを引き起こす。

有償譲渡であれば、後継者ではない相続人から遺留分を減殺請求されるおそれがない。遺産分割の問題において後継者の地位が安定する。

また、企業オーナーの個人財産が非上場株式から現金に転化し、相続発生時の遺産分割が容易になる。

企業オーナーの個人財産がそれほど大きくない場合、自社株式を贈与すれば老後の生活資金がなくなってしまう。後継者への株式譲渡で現金を獲得できれば、引退後の生活資金を賄えるだろう。

デメリット

後継者に対する株式の有償譲渡によって、多額の現金が企業オーナーの手元に売却対価として入ってくる。

それゆえ、個人財産の評価額が高まってしまい、相続税の負担がオーナーにのしかかる。株式を有償譲渡した後、受け取った現金に関して相続税の対策を検討すべきだろう。

事業承継における株式譲渡のメリット・デメリット【従業員承継】

従業員承継における株式譲渡は、後継者となった役員や従業員が、企業オーナーから株式を買取る方法である。経営に関心を持つ子供が減りつつある現代において、融資の機会を獲得したい金融機関が力を入れて提案している。

メリット

社会的な観点では、経営者としての意欲や能力の乏しい親族が承継する場合よりも、広い範囲から適切な経営者を選ぶほうが好ましい。

その点、自社で働いた経験が乏しい子供よりも、長年勤務してきた役員や従業員のほうが、事業内容を深く理解している。後継者を育てる負担が少ないのはメリットといえよう。

デメリット

銀行からの融資によって買取り資金を調達すると、無償譲渡を中心とする親族内承継と比べて、借入金の元利返済の負担が重くなる。

会社の業績が悪化すれば、銀行借入金の返済が困難となり、承継した事業の資金繰りに苦しむだろう。

事業承継における株式譲渡のメリット・デメリット【第三者承継】

第三者承継による株式譲渡は、一般的にM&Aと称される。メリットとデメリットは以下のとおりだ。

メリット

親族内と従業員に後継者候補がいない場合でも、外部の第三者に事業承継できる。

企業オーナーは経営権を移すだけでなく、個人財産としての株式も親族外の第三者に譲渡して現金化する。

デメリット

全ての事業が価値を有しているわけではないため、事業承継を希望する第三者が必ず見つかるわけではない。つまり、株式譲渡を行うためのマッチングが容易ではないということだ。

親族や従業員以外に事業承継する場合、第三者による企業買収(M&A)が行われる。株式を買取るための資金調達や、オーナーが負担する個人保証・担保の引継ぎについて考慮しなければならない。

仮に買い手が見つかっても、第三者が事業を引継ぐため、今まで通りには経営できない。

そこで、合併や買収後の統合プロセスであるPMI(Post Merger Integration)が肝要となる。

一定期間、従前の経営者を経営に関与させるなど、事業価値を壊さずに移転させるよう工夫しなければならない。

株式譲渡と事業譲渡に関する税務上の取扱い

株式譲渡と事業譲渡では、税務上の取扱いが異なる。各方法について最低限知っておきたい税務知識を解説していく。

株式譲渡に関する税務上の取扱い

株式譲渡とは、対象会社の株式を売買することをさす。事業承継における株式譲渡で多いのは、企業オーナー個人が自ら所有する株式を譲渡するパターンだ。

事業承継では、個人株主の株式譲渡によって利益が発生すると、譲渡所得として所得税などが課される。申告分離課税であり、譲渡所得の金額は以下のように計算される。

総収入金額(取引価額)-必要経費(取得費+委託手数料等) = 株式等に係る譲渡所得等の金額

税率は、20.315%(所得税および復興特別所得税15.315%、住民税5%)である。

他の株式譲渡の取引で譲渡損を出している場合、株式の譲渡益と譲渡損を相殺(損益通算)できる。ただし、上場株式などの譲渡損は給与所得や年金の雑所得などと相殺できない。

事業譲渡に関する税務上の取扱い

事業譲渡とは、営業目的のために機能する財産を譲渡し、営業活動の全部または一部を引継ぐことをさす。

事業承継における事業譲渡は、会社を所有する企業オーナーによって行われるケースが多い。その際、個人ではなく会社が事業譲渡を実行するため、会社に対して法人税などが課される。

法人税法には株式譲渡損益に関する特別の規定はなく、通常の益金や損金と同様の取扱いを行う。

売り手の会社が所有する非上場株式を譲渡したときに譲渡益が発生すると、法人税の課税所得の計算で譲渡益に相当する金額が益金に算入される。

譲渡損が発生したときは、譲渡損に相当する金額が損金に算入される。いずれも、法人の課税所得を増減させる。

事業承継の株式譲渡における譲渡価額

事業承継を目的とする株式の譲渡価額は、第三者承継の場合、交渉で合意した譲渡価額が時価として税務上認められる。

状況により価額が変化する

親族内および従業員承継であれば、時価は法人税または所得税法上の評価額にもとづき、相続税法上の評価額よりも若干高くなる。

すなわち、純資産価額と類似業種比準価額の折衷方式(50%ずつ)となる。加えて、純資産価額の計算における土地と上場株式は、相続税評価ではなく時価となる。

業績が好調で利益が大きく、純資産が厚い事業を営んでいるのであれば、株式譲渡の譲渡価額は高くなる。

親族内承継において株式譲渡スキームを使うのであれば、早めに後継者へ譲渡したほうがよい。先延ばしにするほど譲渡価額が大きくなり、税負担が重くなりやすいからだ。

株式譲渡による事業承継スキーム

事業承継の具体的な譲渡スキームとして、後継者が設立した持株会社に対して銀行が株式買取り資金を融資する方法がある。後継者は持株会社を通じて対象事業を支配できる。

株式承継の後は、会社が獲得した利益を持株会社に配当し、持株会社はこの配当金を借入金返済に充てる。

この譲渡スキームは、会社が後継者に代わって借入金を返済する仕組みだ。借入金の返済は税引き後利益によることから、会社は完済するために借入金額の2倍弱の利益を獲得しなければならない。

事業の一部だけを譲渡するスキーム

事業承継は必ずしも株式譲渡によって実施されるわけではなく、事業譲渡によるケースも多い。

また、事業譲渡スキームを採用しても、事業の全部を譲渡する必要はなく、一部だけを譲渡することも可能だ。

例えば、高収益部門を分社化して子会社を設立し、その株式を後継者に譲渡する方法がある。

同様に、後継者が設立する新会社に収益の高い事業を譲渡するのもよいだろう。

事業譲渡の代わりに現金交付型会社分割(非適格再編)によって事業を移転しても、税務上の取扱いは同じである。

いずれにせよ、高収益部門を切り離した会社の株式は評価額が著しく低くなり、企業オーナーは相続税を減らせるだろう。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)