要旨

● デジタル化により、経済活動の根本となるコスト構造を変革させ、時間や場所の制約を超えた活動を可能とする市場の拡大や、規模の制約を超えてニッチ市場を成立させる市場の細分化が進むことが予想されている。産業の伝統的な分野は、デジタル化を事業の中心と位置付け、デジタル化と一体化することでビジネスモデル自体を変革することが必要とされる。

● しかし、デジタル化が進んだ先進国では、経済成長率がリーマンショック後に停滞している。デジタル化に伴い無料サービスやシェアリングエコノミー等が広まり、GDPそのものの有効性や技術的な捕捉の課題もある。デジタル化は特に先進国の中間層の雇用や所得分配に影響を及ぼし、国内での格差につながっているという見方もあり、定量的な効果を計測することは困難。

● デジタル化で取引先の多様化や商圏の拡大、遠隔地での仕事受注、機械による人手不足の補完等が可能となれば、暮らしや産業、医療、災害対応等のあらゆる分野でデジタル化を活用することで、地方の課題解決につながることが期待されている。

● デジタル化は人間の様々な能力を拡張することでできることを強化する一方、人間ができることを代替して雇用を奪う側面もある。ミクロ的な企業経営の視点では生産性向上につながっても、マクロ的にはただでさえコロナショックにより大幅に拡大しているデフレギャップのさらなる拡大要因となり、デフレ圧力を増幅しかねない。

● デジタル化を推進するにはデジタル化に取り残される人が大量に発生しないよう、コロナ終息後の拙速な金融・財政政策の出口は禁物であり、雇用規制の緩和とセットで生活保障付き職業訓練制度の拡充を進める必要がある。

(*)週刊エコノミスト(10月27日号)への寄稿を基に作成。

デフレ
(画像=PIXTA)

はじめに

菅新政権の発足を受けて、注目度が高まっているのが「デジタル化」である。政府は行政サービスでの押印の廃止やオンライン取引の容認、オンライン診療の恒久化、税金や社会保険料の電子決済サービスの導入などデジタル化に向けた検討を進めている。

総務省の情報通信白書によれば、デジタル化はデータが価値創造の源泉となり、経済活動の根本となるコスト構造を変革させ、時間や場所の制約を超えた活動を可能とする市場の拡大や、規模の制約を超えてニッチ市場を成立させる市場の細分化が進むことが予想されている。

そして、デジタル化のもたらす新たなコスト構造は、企業の形の変革も求めていくとされている。

このような中で、新たなコスト構造に適したビジネスモデルを構築したデジタル関連産業があらゆる分野に進出し、従来のビジネスモデルを成り立たなくさせる破壊も引き起こすとされ、あらゆる産業の伝統的な分野は、こうした変化に対応するためにデジタル化を事業の中心と位置付け、デジタル化と一体化することでビジネスモデル自体を変革することが必要とされている。

デジタル化の定量的試算は困難

このように経済成長のエンジンと期待されるデジタル化だが、懐疑的な見方もある。デジタル化が進んだ先進国で、経済成長率がリーマンショック後に停滞していることなどがその理由である。また、デジタル化に伴い無料サービスやシェアリングエコノミー等が広まり、 GDPそのものの有効性や技術的な捕捉の課題もある。

さらに、世界の労働分配率の変化に基づき、デジタル化は特に先進国の中間層の雇用や所得分配に影響を及ぼし、国内での格差につながっているという見方もある。

一方、電力など既存のインフラ技術でも、効果の出現には時間がかかったことなどか ら、デジタル化についても将来的には社会的解決の課題を実現することが可能とする見方もあり、デジタル化の定量的な効果を計測することは困難である。

ただ、デジタル化で取引先の多様化や商圏の拡大、遠隔地での仕事受注、機械による人手不足の補完等が可能となれば、ビジネスチャンスになることは間違いない。特にこれまで地理的な面でビジネス の 不利益が あ った地方にとってはチャンスであり、デジタル化のインフラ整備やデータ活用の取り組みが重要との見方もある。

特に、ビジネスにとどまらず、暮らしや産業、医療、災害対応等のあらゆる分野で デジタル化を活用することで、地方の課題解決が期待されている。また、地方独自のニッチな売りや強み、ブランド等がこれまで訴求できていなかった都市や海外からも発見されて市場が成立すれば、更なる潜在能力を発揮する可能性もある。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

デジタル化人材が課題

しかし、デジタル化の効果についてはポジティブな面ばかりというわけではなく、幅を持ってみる必要がある。というのも、デジタル化は人間の様々な能力を拡張することでできることを強化する一方、人間ができることを代替して雇用を奪う側面もあるからである。

つまり、デジタル化に伴い関連分野に限れば一定の需要拡大効果が見込めても、マクロ全体で雇用が奪われる可能性がある。ミクロ的な企業経営の視点では生産性向上につながっても、マクロ的にはただでさえコロナショックにより大幅に拡大しているデフレギャップのさらなる拡大要因となり、デフレ圧力を増幅しかねない。

したがって、デジタル化による生産性向上は不可欠であるが、それを推進するにはデジタル化に取り残される人が大量に発生しないよう、それ相応の人材育成が不可欠である。そのためには、コロナ終息後の拙速な金融・財政政策の出口は禁物であり、雇用規制の緩和とセットで生活保障付き職業訓練制度の拡充を進める必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所

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(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣