足元では、コロナの新規感染者が急増しつつある。それでも、人々は以前ほどはそのことに恐れを抱かなくなってきている。株価も、先々の企業収益に楽観的だと思える。それが修正されるとすれば、予期せぬショックが起こったり、従来の見方の大きな修正を迫られたときであろう。

繁華街
(画像=PIXTA)

目次

  1. 今後のシナリオの上方修正
  2. 消費マインドの改善
  3. 株価にみる楽観
  4. 今後の焦点

今後のシナリオの上方修正

最近、コロナ禍が収束していないのに、人々の心理が楽観的な方向に流されていると感じられる。それをどう理解すべきなのだろうか。正直、筆者もその理解に苦しんでいる。本稿では、理解のためにいくつかの判断材料と考え方を示してみたい。

まず、全国でコロナ感染者数が急増している。まさしく第三波の様相だ。それにも拘わらず、景気への悲観論は強まりにくい。理由は、海外の複数の医薬品メーカーから、ワクチンの実用化が近いというニュースが入ってきたからだろう。ワクチンの治験参加者の成功率は9割以上という驚異的な数字である。おそらく、12月以降でさらに感染者数が増えたとしても、ワクチンさえ普及すれば、いずれ感染を収束させることが可能になるという類推が働くから、不安心理が広がりにくいのだろう。注意したいのは、ワクチンの実用化が近いという見解は、それが日本で普及するための実務的課題をすべてクリヤーしているとは限らない点である。

ワクチンの楽観論に関連しているのは、東京五輪の行方である。IOCのバッハ会長が来日して、日本政府の関係者と面会した。報じられているやりとりからは、日本政府は必ず2021年夏の東京五輪は実施する意向なのだと受け取られる。これは、バッハ会長などが五輪中止に言及する人を批判する発言をしていることからも窺える。一連のニュースは、多くの人に東京五輪は予定通りに開催するのだという確信を与えただろう。

先のワクチンと併せて考えると、政府は2021年の早い段階から米国から輸入したワクチンを配布して、東京などを中心に接種を急ぐと考えられる。来夏に東京五輪が開催される時期には、外国人が日本に訪日しても、感染リスクを意識しないでいられるくらいに、収束を実現するつもりなのだろう。

そうした予想から連想できるのは、政府は五輪開催をコロナ感染の不安を払拭するためのイベントにするつもりだろうという思惑である。これまでコロナ感染は、社会的不安を強めてきた。その社会的不安は、社会が五輪を開催できるくらいになったのだと、国民に知らせることでかなり払拭できるだろう。五輪開催の実現で、暗いムードを一変させたいのだと予想される。

これは、菅首相自身にもメリットが大きいことだ。2021年9月には自民党総裁任期が来るので、それまでにコロナ収束と五輪開催という成果を手にして、次の3年間の任期に臨めるということになろう。首相の求心力を高めて長期政権を目指すという予想が成り立つ。

消費マインドの改善

ワクチンの実用化というトピックス以外にも、人々は楽観に導かれている流れがあると感じられる。内閣府「景気ウォッチャー調査」では、現状判断DIが10月は54.5まで改善した(図表1)。これは、ワクチン実用化のニュース以前からの変化である。最悪期は、緊急事態宣言の4・5月だった。そこから、現状判断DIは6月に前月比+23.3ポイント、7月同+2.3ポイント、8月同+2.8ポイント、9月同+5.4ポイント、10月同+5.2ポイントと着実に改善している。ここには、4・5月頃の不確実性が蔓延した状態が、薄らいだことがある。若者を中心に町中で人に接触することを怖がらなくなった。肌で感じる緊迫感は、自分を含めて薄らいだ。コロナ感染に対する知識、町を歩いても大丈夫だという経験値が蓄積したことがあろう。4・5月はコロナ・ウイルスは未知なる存在で、私たちは今ほどは知識を持っていない買った。予防に対する知見も今ほどはなかった。景気ウォッチャー調査では、9・10月の改善幅が広がっているから、ムードが和らいだのがその頃からであることがわかる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

私達は、直感的にコロナ感染者数の増加と消費マインドが強く相関していると思っている。しかし、感染者数の月間増加数に対して、必ずしも景気ウォッチャー調査の結果は連動していない。しばしば、「経済活動を再開すると、感染者数が増える」と言われるが、すでに4・5月の緊急事態宣言からは時間が経過している。むしろ、ここ1、2か月は人々が以前ほどコロナを恐れなくなって外出が増えることで、感染者数が増えたとみられる。因果関係は、感染者数の増加→消費マインドの悪化というよりも、恐怖感の後退→外出の増加→感染者数の増加とみることもできるのではないか。もちろん、人々が感染対策、予防法の知識を深めたことも、恐れなくなったことの原因にあり、それを批判することはできない。政府は以前は「ウィッズ・コロナ」と言っていた。コロナの中でなるべく経済を止めずに活動しようという言葉である。それは、現在のように予防をしながら活動する結果を導いたとも言える。医療の専門家たちがテレビで連休中は自粛せよと連呼しても、自粛によって感染は一時的にしか収束しないと人々は思っている。ただ、筆者はその認識が過度の楽観にまで至ると少し怖いなと感じてしまう。

株価にみる楽観

最近の株価水準もまた実体経済に比べて高いという見方がある。為替レートが1ドル103円台になっても、その円高の悪影響は以前ほどは材料視されなくなっていると感じられる。株式市場は、円高という悪材料には反応しにくくなっているようだ。株価は、実質GDPと微妙に連動してきたが、時価総額をGDPで割った比率の推移は、引き続き高い状態を維持している(図表2)。これは、企業の収益予想が強気だから、株価が落ちないという理解もできる。前述のワクチンの効果に期待して、先々の見方が弱気に傾かないということもあるのだろうか。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

収益回復の期待が強いことは、鉱工業生産のデータからも類推できる。生産統計は、製造業の収益と密接である。9月までの生産統計の実績は堅調であり、10・11月の生産予測指数も順調だ。日本でも海外でも、消費の内訳のうちサービスは低迷していても、モノの消費は堅調である。従って、海外のモノの消費の堅調さを反映して、日本から海外への輸出が伸びている。製造業の収益回復は、以前よりもかなり確度が高まっているとみてよい。 また、株価の好調さには、各国の金融緩和と財政出動、融資促進策の効果もある。それらの政策が、世界的なマネー供給の拡大を促し、その過剰流動性が資産市場にも流入している。先行きも金融緩和を変更するタイミングは遅くなるとみられている。そうした期待形成が株式市場への安心感につながって、株価を支えている。

具体的な材料として、米国大統領選挙の結果も、株価を後押ししている。選挙結果が見通せるまではバイデン氏とトランプ氏の勢力が拮抗して、それが株式市場の先行きを見通しにくくしていた。その霧が晴れたことは、やはり不確実性の後退として歓迎されたのだろう。それにバイデン次期大統領の方が予見可能性が高まる。積極的な財政出動も、株式市場にはプラスとされる。

今後の焦点

筆者は、楽観的な見方とは、3つの要素に分解できると考える。(1)悪材料に反応しにくいこと、(2)好材料を過大評価すること、(3)現在の状況よりも先行きの材料を強く意識すること、である。

仮に、そうした傾向が修正されるとすれば、何かのきっかけがあるはずだと考える。例えば、事情変更とも言える事件が起こって、人々が「見方が変わった」と口々に叫ぶような事態の発生である。ワクチンの実用化が何かの壁にぶつかって、早期に実現が難しいということや東京五輪の中止、あるいは医療体制が逼迫して緊急事態宣言に追い込まれることが起きた場合である。こうした予見できないショックに見舞われたとき、それまでの先々のシナリオは瓦解して、マインドは悲観方向に変わる。

楽観的なマインドの崩れやすさは、実体の状況からマインドが離れれば離れるほどに起きやすくなると考えられる。現在は、そうしたギャップはあまり大きくはないと思う。しかし、将来はそうしたギャップが大きくなっていく可能性はある。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生