日本の公的医療保険制度は世界でもトップクラスといわれるほど充実しています。医療機関の窓口で支払うのは一部の負担金ですし、月あたりの医療費が高額になった場合には高額療養費制度により負担額が軽減されます。また、税金面でも年間での医療費負担を考慮した軽減が可能です。
とはいえ、病気やけがによる入院や通院は、金銭的余裕のあるなしにかかわらず思いがけない出費。だからこそ医療費負担の軽減制度を活用したいところですが、そのためには手続きが必要です。それぞれの制度の概要とともに申請方法や注意点についてお伝えします。
日本における公的医療保険制度を理解する
まずは私たちが加入している「公的医療保険制度」のおさらいをしましょう。ここでは概要、種類、自己負担割合について説明しています。
公的医療保険制度の概要:医療費負担の一部が軽減される
公的医療保険制度は、病気やケガをしたときに医療費負担の一部が軽減される制度です。年齢や職業により種類は異なりますが、すべての国民が加入しなければなりません。
私たちは、当たり前のように医療機関の窓口で保険証を提示し、診察をうけ、1割から3割の負担金を支払います。1人ひとりが月あたりの保険料を支払い(社会保険方式)、公費を投入することですべての医療機関(薬局含む)において負担が軽減されています。日本の公的医療保険制度はとても充実しているといわれており、諸外国では、高い医療費が払えないため医療機関を受診できないケースや限られた医療機関で初診を受けなければならないケースなどがあります。
公的医療保険制度の種類:大きく分けて3種類
公的医療保険制度は3種類あります。年齢や職業によって加入する保険制度が異なります。
▽日本の公的医療制度
公的医療制度 | 対象 | 内容 |
---|---|---|
国民健康保険 | 自営業者など | 自治体が運営。加入者1人ひとりが被保険者となる。扶養という考え方がない |
健康保険 | 会社員など | 全国健康保険協会が運営する「協会けんぽ」や企業が設立した健康保険組合「組合健保」などが運営。正社員だけでなく、パートタイムやアルバイトなどの短時間勤務の方でも、労働時間などの要件を満たせば、社会保険に加入することができる。保険料は給与水準により労使折半負担。同一生計の親族を扶養とすることが可能 |
後期高齢者医療制度 | 75歳以上(および65歳以上で一定の障害のある方を含む)の後期高齢者 | 保険料は年金から天引きで納めます |
医療費の自己負担割合:年齢によって負担割合が異なる
医療機関を受診した際に窓口で支払う医療費(自己負担)は、6歳(小学校就学後)以上69歳以下の場合は3割、70歳以上74歳以下は2割(70歳以上でも現役並み所得者は3割)、75歳以上の後期高齢者のうち一般世帯は1割、現役並み所得の世帯は3割を負担します。
表にまとめると下記のようになります。
▽公的医療制度の年齢と自己負担割合
年齢 | 自己負担割合 |
---|---|
未就学児 | 2割 ※ |
6歳(小学校就学後)以上69歳以下、 および70歳以上で現役並み所得者 | 3割 |
70歳以上74歳以下 | 2割 |
75歳以上 | 1割 |
※未就学児の自己負担割合:市区町村など自治体ごとに乳幼児医療費助成制度があり、医療費の全部または一部が助成される場合がある
医療費が高額になる場合は「高額療養費制度」の活用を
公的医療保険制度と併用できる制度として、高額療養費制度があります。医療費の自己負担を大きく軽減できる場合があるので、ぜひ押さえておきましょう。
高額療養費制度の概要:世帯ごとに1ヵ月の医療費負担の上限額が決まっている
医療費の家計負担が重くならないように、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1ヵ月(毎月1日~末日)の世帯ごとの上限額を超えた場合に、その超過額を支給する制度が「高額療養費制度」です。上限額は、被保険者の負担能力を考慮して決められており、具体的には年齢や収入に応じて異なります。
▽例:69歳以下の適用区分別、高額療養費制度の自己負担上限額
適用区分 | 1ヵ月の自己負担上限額(世帯ごと) |
---|---|
年収 約1,160万円~ 健保:標準報酬額 83万円以上 国保:所得901万円超 | 252,600円+(医療費-842,000)×1% ※多数回該当 140,100円 |
年収 約770~約1,160万円 健保:標準報酬額 53万~79万円 国保:所得600万~901万円 | 167,400円+(医療費-558,000)×1% ※多数回該当 93,000円 |
年収 約370~約770万円 健保:標準報酬額 28万~50万円 国保:所得210万~600万円 | 80,100円+(医療費-267,000)×1% ※多数回該当 44,400円 |
年収 ~約370万円 健保:標準報酬額 26万円以下 国保:所得210万円以下 | 57,600円 ※多数回該当 44,400円 |
住民税非課税者 | 35,400円 ※多数回該当 24,600円 |
出典:厚生労働省保険局「高額療養費制度を利用される皆さまへ」をもとに筆者作成
▽例:70歳以上の適用区分別、高額療養費制度の自己負担上限額
適用区分 | 1ヵ月の自己負担上限額(世帯ごと) | ||
---|---|---|---|
現役並み | 年収1,160万円~ (所得690万円以上) | 252,600円+(医療費-842,000)×1% ※多数回該当 140,100円 | |
年収 約770万円~約1,160万円 (所得380万円以上) | 167,400円+(医療費-558,000)×1% ※多数回該当 93,000円 | ||
年収 約370万円~約770万円 (所得145万円以上) | 80,100円+(医療費-267,000)×1% ※多数回該当 44,400円 | ||
一般 | 年収 約156万円~約370万円 (所得145万円未満) | 外来 18,000円(個人ごと) ※年間上限 144,000円 | 合計57,600円(世帯ごと・入院費など含む) ※多数回該当 44,400円 |
住民税非課税世帯など | II 住民税非課税世帯 | 外来 8,000円(個人ごと) | 合計24,600円(世帯ごと・入院費など含む) |
I 住民税非課税世帯 (年金収入80万円以下など) | 合計15,000円(世帯ごと・入院費など含む) |
出典:厚生労働省保険局「高額療養費制度を利用される皆さまへ」をもとに筆者作成
高額療養費制度の特徴:世帯や多数回での負担額の合算が可能
1人1回分の窓口負担では上限額を超えない場合でも、同じ公的医療保険に加入している同世帯の人が支払った自己負担額や複数回の受診した支払い額を1ヵ月単位で合算することができます。その合算額が一定額を超えたときは、超えた分に高額療養費が適用されます。
世帯合算のほか、上限額を超えた月が過去12ヵ月で3回以上ある場合に、4回目以降は上限額が引き下げられる「多数回該当」という負担軽減のしくみがあります。(上図参照)。
高額療養費制度の利用方法:支給申請の手続きを行うか、「限度額適用認定証」を提示する
従来は医療機関の「窓口」で支払う医療費に関しては、上限額を超過していても自己負担分をいったん支払う必要があり、超過額の払い戻しには自身が加入する保険組合などに支給申請をする必要がありました。一時的に経済負担がのしかかることや手続きが煩雑、申請から口座振込まで3ヵ月程度かかるなどの課題があったのです。
そこで2012年4月より、窓口での支払い分に関しても、事前申請のうえ交付された「限度額適用認定証」などを窓口で提示することで一定上限額にとどめることができるようになりました。もちろん提示しない場合にも従来どおりの支給申請で適用を受けられますが、高額な医療費が予想されるときは、あらかじめ交付申請を済ませておくとよいでしょう。
高額療養費の適用例:数十万円の出費を抑えられることも
東京都在住の会社員のAさん(50歳)、年収1,000万円(標準報酬月額62万円)の事例で考えてみましょう。2020年10月5日~10月10日の6日間にわたって入院(手術あり)したケースを想定しています。
※筆者作成
※A欄:保険点数は1点10円で計算(全国一律)、入院時に限度額適用認定証提出あり、高額療養費制度適用〔167,400円+(614,260-558,000)×1% = 167,963円〕
※B欄:非課税療養費など 食事代 460円×11回=5,060円
※C欄:保険外など費用 差額ベッド代 7,000円×6日=42,000円+消費税10%
Aさんは、入院および手術予定日が決まった時点で加入する健康保険組合に連絡し「限度額適用認定証」の交付申請をしていたため、入院時に提示、退院の精算時点で高額療養費制度が適用された請求金額21万9,223円を窓口で支払いました。
限度額適用認定証がなければA欄は61万4,260円になるため、合計66万5,520円を窓口で支払うことになります。後日、高額療養費制度の支給申請をすることで差額44万6,297円が口座に振り込まれますが、一時的な経済負担を避けるためにもやはり「限度額適用認定証」を事前に受け取っておくとよいでしょう。
年間で支払った医療費から税負担を軽減する「医療費控除」
医療費とあわせて考えなければならないのが「医療費控除」です。場合によっては、所得税などの税負担を軽減できるため、医療費が高額になった場合は確認しておくとよいでしょう。
医療費控除の概要:所得控除による所得税などの軽減
1月1日から12月31日までの間に医療費を支払った場合、その支払った医療費が一定額を超えるときは、所得税や住民税の算定において、その「医療費の額を基に計算される金額」の所得控除を受けることができます。これを「医療費控除」といいます。
医療費控除の金額は、次の式で計算した金額(最高で200万円)です。
(実際に支払った医療費の合計額 - ①の金額) - ②の金額
①:保険金などで補てんされる金額
(例)生命保険契約などで支給される入院費給付金や健康保険などで支給される高額療養費・家族療養費・出産育児一時金など
② 10万円
(注) その年の総所得金額等が200万円未満の人は、総所得金額等の5%の金額
医療費控除のメリット:1年間にかかった医療費の世帯合算が可能
生計を一にする配偶者やその他の親族のために支払った医療費であれば、世帯で合算することができます。医療費控除の金額をその年の収入から差し引くことで課税所得金額が下がり、結果として支払うべき税金額を抑えられます。
医療費控除の2つの注意点:控除を受けられないケースがある
医療費控除を受けるには次の2つの注意点があります。どちらも見落としてしまうと控除を受けられない可能性があるため、必ず確認しておきましょう
・原則として“医療費”は治療目的の支出に限られる
医療費控除の対象となる“医療費”とは「治療を目的とした支出」に限られるので注意が必要です。たとえば、禁煙外来やレーシック費用は対象となりますが、人間ドックなどの健康診断費用、インフルエンザの予防接種は対象となりません。
ただし、健康診断や人間ドックを受診したことで重大な疾病が発見され、治療を行った場合には、その健診が治療に先立って行われた「診察」とみなすことができるため医療費控除の対象となります。
・自身で確定申告を行う必要がある
会社員の場合であっても、医療費控除は年末調整では対応されず確定申告が必要です。医療費の領収書から「医療費控除の明細書」を作成し、確定申告書に添付します。2017年分の確定申告より領収書の提出は不要になりました。
また、協会けんぽや健康保険組合などの保険者が年一回発行し送付している「医療費のお知らせ」を受け取っている人は、下記6項目の記載があるかどうかを確認しましょう。6項目の記載があれば「医療費通知」として確定申告書に添付でき、「医療費控除の明細書」の記載を簡略化することが可能です。
▽医療費通知には6項目の記載が必要
- 被保険者等の氏名
- 療養を受けた年月
- 療養を受けた者
- 療養を受けた病院、診療所、薬局等の名称
- 被保険者等が支払った医療費の額
- 保険者等の名称
「医療費控除の明細書」の記載内容を確認するため、税務署から医療費の領収書の提出または提示を求められる場合がありますので、確定申告期限から5年間は領収書等を保管しておきましょう。
請求もれがないか確認を
医療機関窓口における自己負担割合は1~3割であること、月内の上限額を超えた場合は高額療養費制度で負担軽減できる公的医療保険は、各制度を理解しておくことで思いがけない出費があった際に心強い助けとなります。また給付ではないものの医療費控除による税負担の軽減も、病気やけがの治療に出費がかさむなかで手厚い制度といえます。ただ、高額療養費制度の支給も、確定申告による還付も申請しなければ恩恵を受けられません。
「面倒くさい」との声を多く耳にしますが、制度の改正、手続きの簡略化が進んでいます。インターネットによる申請書類のダウンロードや確定申告の電子申請など自宅にいながら手続きも可能です。
これまでに高額療養費制度の請求もれがないかどうかの確認をするとともに、確定申告の準備にとりかかってみてはいかがでしょう。(提供:JPRIME)
ゆめプランニング URL:https://fp-yumeplan.com/
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