要旨

●政府は8日、新たな経済対策を閣議決定した。事業規模は73.6兆円。国・地方の歳出、いわゆる真水は32.3兆円とされているが、このうち5兆円は過去の対策で措置した予備費の振替、ないしは残額とみられ、この場合新規追加分は27.3兆円。また、この中にも21年度の当初予算で追加される予備費が5兆円含まれており、これは使途が定まっておらず実際に使われるかも不明確。大規模な対策である点は確かだが、規模が大きく見えている部分がある点には注意が必要だ。

●内容は中長期の経済構造の転換を促すため、デジタル化・グリーンなどが主軸に置かれている。こうした新しいタイプの投資に政府が重点を置いた点を評価したい。一方で課題は短期目線の対策。今回は4・5月対策のような給付金措置は取られなかったが、感染状況悪化の際には予備費を活用した追加対策が求められることになろう。過去問題となった政策スピードの遅さが再び目立つことのないよう、政策当局には迅速な対応が求められよう。

経済
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新規追加の真水額は27.3兆円程度

政府は8日、新たな経済対策「国民の命とくらしを守る安心と希望のための総合経済対策」を閣議決定した。政府支出分等に民間支出分や融資額等も含めた事業規模は73.6兆円。4月の経済対策(事業規模95.2兆円)や5月の新型コロナ対策(事業規模116.9兆円)に続く大規模な経済対策となっている(※1)。

経済対策の規模をはかるうえでは、国と地方の直接支出分、いわゆる真水の大きさがポイントとなる。今回の経済対策では国・地方歳出が32.3兆円とされており、4月対策の28兆円、5月対策の33.1兆円に匹敵する(※2)。ただ、この32.3兆円のうち10兆円は予備費として計上されており、使途が定まっておらず、実際にどこまで使われるかも不明確だ(※3)。更に、2020年度分の予備費とされている5.0兆円は、5月対策で計上した予備費の消化状況に鑑みるとこの振替分か残額とみられ、新規追加分ではないと推定される。この5兆円を除いた27.3兆円が「真水」にあたるものと、現時点では判断される。

なお、21年度当初予算の計上分については既存経費の減額を伴うか、純粋な追加歳出となるかが公表資料等からはわからない。既存経費の減額を伴うならば、追加分はさらに少ない可能性もある。このあたりの入り繰りは今後20年度第3次補正予算や21年度当初予算のフレームが明らかになれば見えてくる。大規模な対策であることは確かだが、規模が大きく見えている部分がある点には注意が必要だ。

第一生命経済研究所
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産業構造転換が柱

内容をみていくと、「I.新型コロナウイルス感染症の拡大防止策」では、医療体制・検査体制確保などのために都道府県に支給する新型コロナウイルス感染症緊急包括支援金の増額に加え、ワクチン接種体制の整備事業が計上されている。政府は来年前半までにすべての国民に接種できるよう数量確保を図るとしており、これに向けた対応が進められる。また、関連するシステム整備や研究開発の経費も計上されたほか、国際機関への拠出金が計上されている。国際機関への協力には財政投融資の枠組みが活用されるものとみられる。

「II.ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現」では、デジタル、グリーンが前面に掲げられている。デジタル化関連では、自治体システムの標準化・共通化など行政のデジタルインフラの整備や、マイナンバーカードの普及、教育や医療、福祉の現場におけるICT化の促進が行われる。グリーン分野では脱炭素化に関連した事業を基金の枠組みや税制優遇等を通じて支援する。次に記載されているものが中小企業政策だ。「淘汰を目的としたものでないことは当然として」と留保しつつも、中小企業の事業転換や業態・経営転換を促し、生産性向上、最低賃金引上げを目指すものとしている。これを促すために新たな補助金事業(事業再構築補助金)が創設される。

また、多くの既存措置の延長も決まった。足元の新型コロナウイルスの感染再拡大に伴い、既存の実質無利子無担保融資制度が延長されるほか、コロナ影響の大きい業態の支援を目的とした「Go Toキャンペーン」についても来年6月末までの延長を決めた。雇用調整助成金の特例措置は2月末まで延長されるほか、労働移動を促す観点での助成制度や就職支援等の措置が追加された。

「III.防災・減災、国土強靭化の推進など安全・安心の確保」では、大規模災害対策のためのインフラ整備やインフラのデジタル化等が掲げられている。これまでの国土強靭化政策の流れを汲むものとなっている。なお、2019・2020年度の当初予算では、消費税率引き上げ対策のために公共投資等を「臨時・特別の措置」として追加計上していた。これは時限措置と位置付けられており、21年度予算で終了する予定となっていたが、来年度当初予算でも公共投資の上積みが続くことになるようだ。

新しい「投資」に重点を置いた点を評価、感染状況悪化の際の対応が課題

今回の対策は主に経済構造の転換に重点が置かれた中長期目線の内容となっている。デジタル化やグリーンなど、旧来のインフラ整備にとどまらない新しいタイプの投資や、労働移動を促すような政策に政府が重点を置いた点を評価したい。 一方で、今後課題となるのは短期目線の対策だろう。足元の感染再拡大を受けて雇用調整助成金や資金繰り支援策などの延長などが決まったが、4月・5月の対策に盛り込まれたような給付金措置等は見送られた。経済情勢が持ち直している点に鑑みれば妥当な判断と言えるが、今後医療体制のひっ迫等によって経済情勢が大きく悪化するような場合には追加の対策が求められることになる。この際には予備費を活用することになるが、スピード感が不可欠だろう。4月・5月対策で課題となった政策スピードの遅さが再び目立つことのないよう、政策当局には迅速な対応が望まれる。

補論:「真水」の定義に関する整理

経済対策の規模等をみるうえでよく使われる“真水”という言葉は、必ずしも明確に定義づけがなされているわけではない。報道・要人発言等を見る限り、国ないしは国+地方の直接支出を「真水」としているものが最近は多いようだ。本稿の「真水」もそれに倣い、国・地方の直接支出分を「真水」としている。

ただ、この「真水」は異なる概念でとらえられる場合もある。例えば、日本経済研究センター編の「経済予測入門」(2000)では、以下のように記されている。

「真水」とは、「経済対策のうちGDPを直接増やす金額」のことです。政府は見映えをよくするために様々な添加物を入れて経済対策の規模を大きくしますが、そうした不純物を除いた金額を「真水」と言うわけです。(中略)真水の計算は次の式で表せます。

真水=一般公共事業(用地費を除く)+災害復旧事業+施設費等+地方単独事業(用地費を除く)

このように、「真水」の概念として、①国や地方が直接支出する額、②短期的なGDP押し上げ効果額の大きく2通りの考え方がある。①はすべてがGDP押し上げにつながらないため、一般に額の大小関係は①>②となる。例えば、家計向けに給付金を支給した場合、それは政府の直接支出になる点ですべてが①に含まれるが、GDPの押し上げにつながるのは給付金のうち家計が消費した分のみである。

やや扱いが難しいものの一つが、財政投融資である。財政投融資は財政資金を元手にした企業等への投融資である。将来的に事業収入を元手に回収されることを前提とした資金であるため、上の①概念には当たらなさそうだ。②概念については、民間経由で投資等を促す点はGDP押し上げをもたらすことにはなるが、供給された資金を用いて投資等を行うのは投融資先の企業等である。長期にわたる事業も多く直接の景気浮揚効果は薄く長いものになる点もあり、少なくとも直接支出と並列にして「真水」とするのは②概念で捉えた場合でも適切でないと考える。

筆者としては財政投融資を「真水」には含めるべきでないと思うが、最近の経済対策に関する公表資料では「国の歳出」・「地方の歳出」・「財政投融資」の総和を「財政支出..」と名付けている。

「真水」とは表記していないが、「支出」という語は直接の支出=真水を連想させる。財政投融資は回収前提の資金であり「支出」の語はなじまないだろう。実際に、2016年の経済対策では政府資料でも同じものを「財政措置..」と名付けていた。このほうが語感は合う。

また、予備費を真水として扱うべきかも議論の余地がありそうだ。これは政府の歳出予算に計上されるため、①定義の「真水」に含まれる。しかし、これらは使途が定まっておらず、実際に使われるかどうかもわからない。

このように、「真水」はかなり曖昧な概念であり、真の意味での経済対策規模というのは中身を精査しないと本来はよくわからないものである。本文でも見たように、特に今回の経済対策は予備費が規模を大きくしている点には留意が必要であろう。(提供:第一生命経済研究所

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(参考文献)日本経済研究センター(2000)「経済予測入門」 日本経済新聞社


(※1) 4月・5月対策分の値はそれぞれの対策時における新規追加分。一部筆者が公表資料から計算。

(※2) 注1と同様。

(※3) 5月の対策においても10兆円の予備費が計上されている。


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也