要旨

●与党は「令和3年度税制改正大綱」を決定。デジタル・グリーン関連投資への設備投資減税や、住宅ローン減税の延長などが盛り込まれた。コロナ禍の景気影響を和らげるための減税措置とデジタル・グリーンを中心とする産業構造転換促進の2点に主軸が置かれている。

●設備投資減税はDX促進税制、カーボンニュートラル促進税制が新設。前者はデータ連携やクラウド技術の活用や生産性向上、後者の要件は生産プロセスの脱炭素化などに関連した投資が対象。所得拡大促進税制の要件は「継続雇用者給与」から「新規雇用者給与」に切り替えられ、「賃上げ」から「雇用拡大」により重心を移す。

●住宅ローン減税は景気に配慮する形で延長、面積要件の緩和などが行われる。一方、支払利息以上に減税を受けられる状態を是正することを念頭に、次回の税制改正での見直し検討が明記。家計負担は増加することになる。控除率の上限を1%・支払利息分までとする改正が一案として挙げられているが、これは家計の住宅ローン商品選択のインセンティブ構造に与える影響が大きく、何らか修正が施されると考えられる。

●高齢者マネー活用の観点での「資産移転の促進」、労働市場流動化の観点での「退職所得税制の見直し」が大きな課題。2点とも大綱において問題意識が記されているが、議論の進展はみられない。議論の加速が望まれる。

見通し
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「短期」の目線と「中長期」の目線の両睨み

11日、与党は「令和3年度税制改正大綱」を決定した。これは2021年度以降の税制改正のメニューであり、今後閣議決定を経て国会成立の見込みだ。今回の税制改正の方向性は大きく2つで、第一に減税措置による景気悪化への対応、第二にデジタル化・グリーン分野の投資などの促進である。短期目線の経済下支えと中長期目線での産業構造転換を目指すものとなっており、先般閣議決定した経済対策と歩調を合わせるものとなっている(※1)。

大綱の内容を概観すると、景気下支えのために民間の負担緩和を図る観点で、住宅ローン減税や自動車関連税制の特例を延長するほか、2021年度限定で固定資産税が前年から増えないよう措置する。また、所得拡大促進税制に関して、旧来「継続雇用者の給与増」を要件としていたところを「新規雇用者の増加」とし、一人当たりの賃金から雇用の拡大に重点を置いた形とする。設備投資減税は景気対策の観点から延長、対象となる投資をデジタル・グリーン関連の設備投資とする。中小企業に対しては、法人税の軽減税率措置や設備投資減税を延長するほか、M&Aを行う際の損失準備金制度を創設、この損金算入を認める形で中小企業の再編を促進する。国際金融都市実現のため、人材・企業を誘致する観点から、外国人高度人材の国外財産に対する相続税を非課税とするなどの措置を講じる。個人型確定拠出年金(iDeco)をはじめとする私的年金制度について、これらを併用する場合における拠出限度額の不公平を是正する。また、行政のデジタル化や手続き簡素化の観点で、国税関連の書類に関する押印義務を、実印・印鑑証明が必要なものを除いて廃止する(今回改正の全体像は本稿末の参考資料にまとめた)。

デジタル・グリーン関連投資や雇用拡大を行う企業への減税措置

企業減税について詳しく見ていく。まず、デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制を創設する。これは、新商品開発・新需要開拓や生産性向上に取り組む企業として認定を受けた企業を対象に、要件を満たした設備投資を実施した場合に法人税を減税するものである。要件には、他法人とのデータ連携やクラウド技術の活用などの「デジタル要件」、製造原価の削減やROAの改善等の「企業変革要件」があり、デジタル化やそれによる生産性控除を促すことを目指すものとなっている。さらに、カーボンニュートラル促進税制を新設し、脱炭素化や生産プロセスの省エネ化につながる投資に対しても最大10%の税額控除が受けられるよう制度を設ける。

既存の制度にも見直しがかかる。研究開発税制は、現行制度よりも試験研究費の増加に合わせて税額控除率が高くなる仕組みとし、インセンティブを効かせる。企業の所得拡大促進税制は、現行制度では継続雇用者給与の増加を対象としており、「既存社員の賃上げ」に重点を置いた内容となっているが、来年度以降は「新規雇用者給与」の増加を対象とする。雇用情勢の悪化に鑑み、賃上げから雇用拡大を重視した形へと制度を修正する。

第一生命経済研究所
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住宅ローン減税、贈与税非課税措置を延長。次の大綱で「借り得」にメス

住宅ローン減税については、2019年10月から措置されている控除期間の特例措置(控除期間を10→13年に)の入居期限を当初の2020年末から2022年末へと延長する。さらに、対象となる住居の面積の要件を「50平米以上」から「40平米以上」に緩和する(40~50平米の住居での利用は所得が1,000万円以下の場合に限定)。また、2021年4月に縮小予定だった住宅購入の際の直系尊属からの贈与税非課税措置について、2021年4月~12月までの間は据え置くこととした。コロナ禍の中で、景気に配慮した内容となっている。

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一方で、2022年の税制改正で家計の負担増につながる施策が検討されることとなった。低金利環境のもとで、住宅ローン減税の控除率である「1%」を下回る住宅ローン金利が多くなっており、減税額が支払利息を上回る状態が生まれている。会計検査院の「平成30年度決算検査報告」(2019年11月)(※2)において、この「ローンを借りた方が得」になる状態が、不必要なローンを組む・繰り上げ返済をしない誘因になる、として問題視された(※3)。これに対応した改正議論が今後行われることになる。

大綱では改正の一例として「控除額を1%を上限として支払利息分までとする」=「実質マイナス金利の状態を認めない」形とすることが示唆されている(※4)。しかし、仮にこの通りに制度改正が行われると、消費者側からみると0~1%までの借入金利がすべて実質0%で無差別な状態になり、インセンティブの構造がゆがむ可能性がある。例えば、変動金利0.5%、固定金利1.0%の借入金利があったとき、現行制度ではいずれも▲1%の減税が受けられるため、これを考慮すると変動金利▲0.5%、固定金利は0.0%で実質的に借り入れることができる。一方、先の改正を行うと実質的なマイナス金利状態が認められなくなり、変動金利、固定金利ともに実質0.0%で差がなくなる。家計側からみれば固定金利のプレミアムを支払わずとも、将来の金利上昇リスクをヘッジできることになり、固定金利が選択されやすくなると考えられる。また、金利の低さを武器にしている銀行は、改正によって競争力を失う可能性がある(例えば、0.4%のA銀行と0.8%のB銀行の金利は、ともに住宅ローン減税で実質0%で同じになる)。このように、インセンティブ構造への影響が大きくなるため、この案には何らか修正が加えられるのではないかと考えている。

進まない「宿題」:資産課税の中立性・退職所得税制

現行税制には、中長期的な経済への影響の観点で対応すべき大きな課題が2つあると考えている。第一に資産移転の促進だ。1,800兆円にのぼる国内の個人金融資産の多くが高齢者に偏在しており、これを消費や投資に回すことで経済活動に資するものにしていくことが、今後の日本経済の底上げのために重要な課題である。長寿命化とともに被相続人が高齢化しており、相続人も高齢化する「老老相続」が多くなっている。より消費のニーズがあり、投資に対するリスク許容度も高い若い世代へと、生前贈与等を通じて資産移転を促す方向での改正が求められている。

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第二に、退職金税制のあり方だ。退職金は勤続年数に応じて累進的に増える仕組みとなっている企業が多く、これが働く側にとって同じ企業に勤め続ける誘因となっている。産業構造転換、それによる生産性向上や潜在成長率の引き上げのためには、積極的な労働移動が不可欠だが、退職金制度はそれを妨げる仕組みと言えるだろう。こうした累進的な退職金制度の実態に合わせる形で、税制における退職所得の控除額も勤続年数に応じて増え、さらに勤続年数が長い部分に累進性がある仕組みとなっている(※5)。柔軟な労働移動を促す観点からも、税制から退職所得控除のあり方を見直す必要があるだろう。

この2つの問題意識は、過去の大綱においても触れられているが、今回の大綱でも引き続き課題として挙げられるにとどまっており、具体的な進展はみられていない(資料4)。制度改正議論の加速が求められている。(提供:第一生命経済研究所

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(※1) 「国民の命とくらしを守る安心と希望のための総合経済対策」(2020年12月8日閣議決定)。内容等に関して、EconomicTrends「73兆円経済対策の解剖」(2020年12月9日)でまとめています。

(※2)https://www.jbaudit.go.jp/report/new/characteristic30/fy30_kanshin_ch04_p1.html

(※3) この指摘は一見もっともなのだが、よく考えると引っかかる部分はある。そもそもこの低金利状態につながる一つの要因だった日本銀行のマイナス金利政策自体が、「借り得」状態を作ることで資金供給を促し、経済を活性化させる趣旨のものであったと思われる(もちろん会計検査院と日本銀行は別組織なのだが)。政府自身も市場を通じてマイナス金利で資金を調達し、「借り得」状態の恩恵を受けている。マイナスの金利が常態化する中で「借り得はNG」という方向性で制度改正を行うのならば、なぜそれがいけないのかに関して丁寧に議論をして位置づけや理念を整理したほうが良いと思う。

(※4)大綱では、「1%を上限に支払利息額を考慮して控除額を設定するなど、控除額や控除率のあり方を令和4年度税制改正において見直すものとする。」とされている。

(※5)勤続年数20年までの部分は40万円×勤続年数、20年超の部分は70万円×勤続年数。


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也