日本企業の収益は、コロナ危機でどのくらい悪化し、最近はどのくらい回復しているのであろうか。12月1日に発表された財務省「法人企業統計」では、全規模・全産業の経常利益の回復が、7-9月は前期比33.7%と大きかった。その背景には、売上減に連動して、大企業を中心に人件費など固定費の削減が素早く行われていることがある。「固定費」と呼ばれてきた項目でも最近は、変動費的になってきているのが実情だ。そうした企業の財務管理能力の向上は、今後2021年にかけての売上増に反応して、収益回復を実現させるであろう。
利益反発の勢い
12月1日に発表された財務省「法人企業統計」では、コロナ禍に見舞われた2020年4-6月、7-9月の財務分析ができる。果たして緊急事態宣言(4月7日~5月25日)などが日本企業に与えた打撃などからの立ち直りはどうなのであろうか。本稿の関心の所在は、この1点にある。
最近のように経済変化が激しいときは、前年同期比でみるよりも、季節調整済みの前期比に注目する方が、限界的な変化がよくわかる。法人企業統計の全規模・全産業の季節調整値は、4-6月は売上が前期比▲9.8%、7-9月は同3.8%であった。経常利益の方は、4-6月同▲30.2%、7-9月同33.7%とリバウンドがより大きかった(図表1)。経常利益の水準は、緊急事態宣言のあった4-6月は大きく落ち込んだものの、7-9月は制約がなくなり、給付金効果もあって回復する。その水準は、コロナが本格化していない1-3月の水準まで復したことになる。これは、予想外に収益回復が速いことを感じさせる。
少していれば、全体で赤字に転落していたということである。今回は、7-9月の損益分岐点は0.83である。売上があと▲17%ほど減少していれば赤字ということである。つまり、当時よりも採算ラインはもっと下にある(図表2)。収益赤字転落の危機までの余地は、リーマンショックのときとは違うことがわかる。
では、今回、損益分岐点が低く抑えられた理由は何があるからなのだろうか。その主因は、かなり速いペースで固定費が削減されて、損益分岐点が低下したことによる。もしも、固定費が全く変わらず、売上だけが急減していれば、損益分岐点は急上昇していただろう。逆に、固定費の削減が、売上減少に同調して起これば、損益分岐点は上昇しにくいことになる。
固定費の前年比※を調べると、2020年1-3月は0.1%と微増であった。4-6月は同▲8.4%、7-9月は同▲5.7%と割と大きく切り下がっていた。この間、売上の前年比は、4-6月▲17.7%、7-9月▲11.5%とより劇的に落ちた。そのため、売上急減によって損益分岐点自体は上昇することになったが、その上昇幅は固定費削減によってカバーされたと理解できる。
※固定費など細目には季節調整値がないので前年比を利用。
固定費削減は、損益分岐点売上高の水準を切り下げるので、この7-9月のように季節調整済み前期比で売上がプラスに転じれば、経常利益もより大きくプラスに反発することになる。これが、前述の経常利益の33.7%もの反発の背景になっている。
さらに、固定費削減の中身を調べると、人件費の削減が大きかった。固定費のうち7割強が人件費である。その人件費は、4-6月は前年比▲7.3%、7-9月は同▲5.0%であった。人員は、4-6月は同▲6.5%、7-9月は同▲2.9%である。1人当たり人件費は、4-6月は同▲0.8%、7-9月は同▲2.3%だった。緊急事態宣言の時期は人員数を減らし、その後は賃金を削減したことがわかる。
労働市場では、マクロの失業率こそ上昇幅は小さいが、就業数の方は減少している。離職者が非労働力化する分、失業増には表れないのだろう。
また、人件費以外の固定費も、4-6月は前年比▲11.7%、7-9月は同▲7.5%と速いペースで削減されていた。日本企業の財務管理の機敏さは、過去よりも高まっていて、その反応の素早さゆえに、今回は損益分岐点を速くコントロールできたのだろう。
企業の規模別の財務状況
損益分岐点の変化を製造業と非製造業に分けてみると、そのコントラストは際立っている。製造業は、リーマンショックのときは赤字に転落した。今回は、それほどではない(図表3)。非製造業は、リーマンショックのときはそれほど悪化しなかったが、今回はじりじりと悪化している。製造業は、非製造業に比べて固定費削減を機敏に行っているからだ。非製造業は、7-9月の時点では、旅行・娯楽サービス、運輸などが財務的に厳しく、固定費負担をそれほど切り下げられていない。
次に、企業規模別に損益分岐点の変化をみてみた(図表4、5)。製造業は、大企業では損益分岐点はそれほど変化していない。中小企業は、損益分岐点が1.00に接近していて、赤字に近づいている。非製造業は、中堅・中小企業ともに損益分岐点が上昇している。企業規模別の方が、財務面での差が生じている。やはり、中小サービスのうち、飲食、旅行、娯楽などが厳しいのであろう。これらのセクターは、確かにリーマンショック以上の打撃である。
2021年の展望
2021年は、ゆっくりと売上回復が見込まれる。もっとも、収益回復は、業種ごと、規模ごとに大きな差が生じることと予想される。製造業は、鉱工業生産の回復ペースが速く、2021年3月までにコロナ以前の水準に回復できる可能性がある。損益分岐点売上高は、4-6月・7-9月ともに前年比▲6.7%ほど切り下がっているので、仮にコロナ以前と同じ売上水準が同じになるとすれば経常利益はプラスに転じる理屈である。
2021年の経済回復のチャンスはいくつかあって、バイデン政権が1月から始動して、米中間の制裁関税を同時に引き下げる決定をすれば、世界の貿易取引が活発化して、収益が上振れになる。
非製造業の方は、中堅・中小企業の回復が遅れる。ワクチンの有効性が明らかになっていけば、サービスでも売上回復ペースは上がるだろう。焦点は、インバウンドの再開とその回復ペースの変化である。東京五輪が夏に開催されるまでにワクチンの効果が浸透していくと、訪日外国人の観光客にとっては、五輪開催が日本に観光しにくることの安全確認のようなかたちになるだろう。悪化している旅行・娯楽サービスにとっても売上増加の契機になる。(1)米中関係、(2)ワクチン効果、(3)東京五輪とインバウンド再開、の3つが日本企業の収益にとってシナリオが変化する鍵になるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生