日本政府は、2030年半ばまでに新車販売のすべてを電動車に切り替える方針を打ち出すとみられている。この電動車の中にはハイブリッド車を含めることになりそうだ。海外では、ハイブリッドを含めないで、電動化を打ち出す国・地域もある。自動車メーカーの輸出や海外生産の規模を考えると、いずれハイブリッド車を含めないで、電動化を進めていくことになるだろう。そのときは、各国とも普及を急ぐために補助金で、既存の車とのコスト差を埋めるだろうから、自動車メーカーは補助金を含めて高価格で自動車を販売する市場を獲得することになるだろう。
ハイブリッド車の取り扱い
各国が競い合うよう自動車の電動化の方針を打ち出している。これは、2050年までのカーボンニュートラルの目標を念頭に置いているからだろう。日本でも、2030年半ばに新車販売をすべて電動車にする方針を近々表明するだろう。
この場合、焦点はハイブリッド車(以下HVと略す)を含めるかどうかだとされる。HVを含めずに、電気自動車(以下EVと略す)や水素自動車だけに限定すると、日本の自動車メーカーには不利になると考えられているからだ。現在、HVを含めた新車販売の電動化率は35.1%(=151万台/340万台<乗用車新車販売>、2019年)である。これをEVと水素自動車に限定すると、1%に満たないとされる。
しかし、冷静に考えると、電動化にHVを加えても、日本メーカーの厳しさは変わらない。乗用車の輸出台数は437万台と、国内新車販売に匹敵する(図表)。海外でHVを含めないで電動化が進むことになると、日本メーカーは本格的なEV化に舵を切らなくてはいけなくなる。米国ではカリフォルニア州で、2035年までにHVを含めずに電動化する目標だ。英国でも2030年まではHVは認められるが、2035年からはHVは認めずに電動化することを義務化することになった。日本メーカーには、多数の現地工場もあるので、いずれにしろグローバルなEVシフトは回避できない。
電動化と補助金
電動化を推進するために、技術革新が鍵を握ることは間違いないが、隠れた要因として販売価格をサポートする補助金の取り扱いがある。現在、製造コストがガソリン車に比べて割高になっているため、当面はEVの販売価格に補助金を出して、消費者が安く買えるように優遇しなくては、自動車販売の中でEVの販売シェアは大きく増えない。技術進歩でEVの販売価格が十分に下がるまでは、そうした補助金に依存せざるを得ない。
現在でも、700万円以上する水素自動車には、政府と自治体から300万円近くの補助金が支給されている。この種の補助金は、2030年半ばに向けて手厚く支給されることとなるだろう。こうしたサポートは、日本だけでなく、電動化を推進する各国でも同じ図式になっていくだろう。
思考実験として、どのくらいの補助金が完全な新車販売の電動化を実現するのにかかるかを数値化してみた。仮置きの数字として、ガソリン車の平均販売価格が170万円、HVが300万円、EVが350万円、水素自動車が700万円とする。国内販売のガソリン車(=430万台×65%=279.5万台)をすべてHVに切り替えるには、ガソリン車とHVの価格差をすべて補助金でサポートすることになる。その前提で補助金総額を計算すると、1台130万円(=300万円-170万円)の補助金で279.5万台に支給すると、約3.6兆円となる。
次に、新車全部をEV化するとなると、1台180万円(=350万円-170万円)の補助金サポートで、430 万台に支給することになるから、約7.7兆円になる計算だ。430万台のすべてを水素自動車に替えるならば、補助金総額は約24.5兆円に膨らむ。政府が補助金(税金)をかければ、技術的に自動車販売を製造コストの高いEVに早期に入れ替えることは可能になる。
なお、430万台の電動化はフロー・ベースの計算であるが、ストック・ベースで乗用車保有台数は6,214万台(2019年末)になる。平均使用年数は、14.5年(=6,214万台÷430万台)だから、約15年をかければ、ストック・ベースの電動化が実現することになる。計算上は2050年頃に乗用車の二酸化炭素排出ゼロにできる。つまり、政府は電動化の目標に向けて、2050年までは、多額の補助金を支給せざるを得なくなる。
電動化のプラス・マイナス
2030年代半ばに向けて、自動車の電動化が進むことは、産業構造の大きな転換を引き起こすだろう。わかりやすい変化は、ガソリン車の販売・利用が次第に減少していくことだ。ガソリン消費が減っていき、CO2の排出量や大気汚染が少なくなる。それはメリットとして歓迎できる。その代わりに、全国にあるガソリンスタンドは大幅な規模縮小を余儀なくされる。2019年のガソリンスタンド数は、3万か所を切って、ピーク時の1994年(6.0万か所)の半分になっている。この市場が失われることで、関連する事業者・雇用者は打撃がきっと大きいだろう。
製造品出荷額(2018年)でみると、輸送用機械の産業規模は、70.2兆円であり、全体334.6兆円のうち21%を占めている。この市場が大転換を迫られることは日本の産業構造にも巨大なインパクトを与える。
反対に、CO2排出に対しては全体の11.38億トンの排出量(2018年)のうち、自動車の排出量は1.81億トンと約16%を占める部分が大きく減ることはメリットだ。また、地方公共団体の元に寄せられた公害苦情件数4.8万件(2018年)のうち、大気汚染と騒音は苦情の1、2位を占め、両者で3.0万件と63%になっている。電動化は、この2つを減らす効果がある。さらに、東京など大都市では、幹線道路に近い住宅地は敬遠されるところがある。もしも、電動化によって大きな道路から発せられる大気汚染がなくなれば、中心市街地の住宅地価は上昇するだろう。
なお、電動化によって、ガソリン消費は減るが、電力消費量は増えるだろう。電動車に供給する発電能力の拡充で、再生エネルギーか、原発の選択を迫られることとなるだろう。
新しい市場評価と残された火種
自動車の電動化が、日本メーカーにとって厳しいハードルだとして、市場の成長力として過小評価すべきではない。先にみた通り、政府が補助金を支給してEVの販売促進をする構図は、日本以外の主要国でも同じことだろう。このことは、考えようによっては、販売増加のチャンスでもある。つまり、グローバルに自動車を売る日本メーカーにとっては、海外でも補助金を得ながら、より高額のEVを売り込めることになるからだ。
米中の自動車市場(トラック・バスを含む)だけで4,317万台(2019年)と、日本の国内販売の8.3倍の規模がある。ここで仮に1台170万円のガソリン車が、すべて1台350万円のEVに入れ替われば、市場規模は約2倍になる。世界の自動車販売台数が9,000万台だとすると、米中以外の国々ではさらに同じくらいの市場規模が動き出すことになる。
もっとも、その副作用として貿易摩擦の激化も予想される。筆者の予想では、各国が補助金付きの巨大な自動車市場を育成しようとするとき、米中貿易摩擦のように、各国政府が自国の優遇政策を講じる傾向が強まると考える。すると、海外自動車メーカーの不公平な扱いが問題視されて紛争が頻発するとみられる。自国メーカーを優遇し、補助金付きで競争力を高めようとする産業政策は、他国から批判されて、新しい保護主義VS自由貿易の対立を生むだろう。
そうした中では、日本にとってはますます自由貿易を守ることが重要性を増すだろう。日本の未来は、高齢化が進んで、国内市場は縮小を余儀なくされる。国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計では、高齢化率(65歳以上人口/総人口)は、現在の28.1%から2035 年は32.8%、2050年は37.7%へと高まる予想だ。同時に、生産年齢人口は、2035年は現在よりも▲12%減、2050年は▲29%減となる予想だ。そうなると、日本人の間では自分で自動車を運転する機会を減っていくだろう。日本メーカーは、成長を求めて、一層、海外に活路を見い出すことにならざるを得なくなる。おそらく、この変化は自動車の無人運転化、所有からカーシェアリングなどの利用へと様式変化が進む未来と同時に進行するであろう。日本メーカーにとって、EV化だけではなく、いくつもの技術進歩の荒波を乗り越えなくてはいけない課題が未来には待ち受けている。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生