GoToトラベルの実施を年末年始にかけて停止することが決まった。サービス消費には計り知れないダメージが起こっている。年末年始の消費は、年間でも大きな需要期だ。急改善した観光事業の業況を腰折れさせかねない。この問題は、結局のところ、感染リスクと経済活動のジレンマにうまく対処できないから起こる。ジレンマ解消には、ワクチン効果しかないのかと思わせる。

感染症
(画像=PIXTA)

目次

  1. 苦渋の決断
  2. 感染リスクと経済活動のジレンマへの対処
  3. ジレンマ対策
  4. 決め手としてのワクチン効果

苦渋の決断

政府は、GoToトラベルの適用を12月28日~2021年1月11日まで全国一律で停止することを決めた。すでに大阪市・札幌市を目的地にする割引の適用は停止されていて、12月14~27日までは、大阪市・札幌市に加えて、東京都・名古屋市を目的地とする旅行を含めた割引停止も決まったところだ。全国的なコロナ感染拡大に対して、政府は景気刺激の一部を止めるという大きな方針転換を意味する。

政府には悩ましい課題が残されている。第三次補正予算では、2021年1月までを予定したGoToトラベルを6月末まで延長する手当てを用意しようとしていた。GoToイートも、1月末までの販売、3月末までの利用を6月末まで延長するつもりだった。こちらは修正されず、予定通りだと見込まれるが、今回の停止によって利用者・事業者には不安を残すことになるだろう。

筆者はGoToトラベル事業が、困窮する観光事業者にはまさしく干天の慈雨の効果をもたらしたことは高く評価している。12月の日銀短観でも、GoTo事業がてこになって、対個人サービス、宿泊・飲食サービスの業況が急回復していた(図表1)。おそらく、今回の措置でそれらの事業者の業況は再度悪化する可能性がある。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

この年末年始の消費は、1年間の中でも季節的に消費が拡大する需要期である。家計調査では、例年12月が季節的に消費額を最も大きくなる時期だ。家計調査の日次データから推計すると、12月28日から1月11日までの15日間は、1日当たりの平均消費額が年間平均よりも14.3%ほど多くなっている(図表2)。マクロ的に試算すると、この15日間では11.7兆円の名目消費額(帰属家賃を除く)になる。この消費が伸びる時期にレジャーや外出が控えられることは消費産業全体にもダメージは大きい。

また、これまでGoTo事業によって回復してきた事業者にとっては、突然の全国一律停止が先行きでもまた起こるのではないかという不信感を与えることになるだろう。政策支援で不安を和らげる役割は、後退してしまったということである。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

感染リスクと経済活動のジレンマへの対処

GoToトラベルの全国一律の停止は、この支援が感染リスクを高める可能性があるという懸念に基づいている。地域間での感染リスクの拡大があるかもしれないという懸念もあるようだ。しかし、GoTo事業だけを悪者にしても感染拡大は鎮静化しない。何をしてはいけないかを言うのは簡単だが、何をすべきかを言い当てるのは極めて難しいものだ。

以前、コロナ分科会では、年末から年始までの休みを長くとって1月11日まで休暇延長を国民に求める提言を行ったことがある。この提言は一旦は退けられたが、今回はその意見が菅首相に通ったかたちだ。分科会では、感染拡大する地域の病床が埋まっていき、医療崩壊が近づくことへの警戒感を強めて、年末年始の活動の慎重化を訴える。しかし、感染リスクの全体像が示されずに、とにかく目に見えるGoTo事業はまずいというのは納得しにくい。1月11日以降に感染が収束していなければ、GoTo事業停止が延長されるかもしれないという不安を拭えない。感染拡大が進むと経済活動を制限されるという不安が増大する。

感染リスクと経済活動のジレンマをどう解決すべきなのだろうか。ひとつの思考実験は、中央銀行モデルを当てはめることである。ジレンマは、経済活動が活発化し過ぎると、インフレが起こるという関係に似ている。インフレを感染拡大に置き換えると、同じようなジレンマが成立する。政府はインフレ抑制よりも経済活動を重視するバイアスを持つので、経済が過熱したときは引き締めに遅れてしまう。引き締めが遅れると、インフレを許すという弊害が生じる。中央銀行は、政府の利害と独立して、金融引き締めを行うことで、インフレに素早く対処できる。

同様に、GoTo事業などの一時停止を政府とは独立して判断する機関があれば、感染リスクを拡大させることを防げる訳だ。しかし、実際の問題として、分科会のような組織が現時点でそれを担うことには筆者は懐疑的だ。理由は、経済活動への打撃が軽視されるバイアスもまた強いからである。こうした独立機関に停止の権限を与えるのならば、感染リスク全体について、何が感染源になり、何をすべきなのかをより明確に説明する義務があると思う。独立性の裏側にある説明責任について、もっと明らかにすることが求められる。

ジレンマ対策

もうひとつの思考実験としては、感染リスクの許容度を高めて、経済活動を止めずに活発化させる道を模索することがある。それは医療崩壊が起きないように、利用できる病床を増やしたり、医療のキャパシティを広げることである。しかし、こうした意見は、コロナ感染が始まったと当初からずっと言われてきた課題だ。最近は、自衛隊が参加して、感染拡大地域で協力している。それでも医療体制の逼迫が解消できないものかどうかについては政府はもっと説明する必要があるだろう。

別の角度から考えると、経済活動を制約することへの痛みを和らげるために、国・自治体から事業者への給付金・支援金の支給が採られることがある。支援金が広く使えれば、経済を止めて感染阻止ができる。しかし、支援金の支給能力は無制限ではない。従って、飲食店の営業時間を制限して、限定的な支援金を支払うことになってしまう。

筆者は、ジレンマへの対応は、ある程度、医療体制の拡充によって経済活動を止めない方法を採るべきだと考える。

決め手としてのワクチン効果

感染リスクと経済活動のジレンマを解決するには、ワクチン接種を広く実施するしかないと考えられる。確かに、ワクチン効果には未知なる不確実性があることには留意したい。それでも、ワクチン効果に賭けたい気持ちは強い。

ドイツや韓国は、春先にコロナ感染を一旦は鎮静化させたが、10月以降は感染者が急増している。コロナ・ウイルスは、人から人への感染ができなくなると、体外では長く生きていけずに消滅するはずだった。しかし、約半年間の間をおいて感染の再拡大が起こっているということは、今後、日本でもワクチン効果で一度鎮静化させたとしても、時間をおいて再拡大する可能性が否定できないかもしれない。また、韓国やドイツの例は、ワクチンなしに、緊急事態宣言やロックダウンで一時的に感染を収束させても、それが本質的な解決ではないことを思い知らされる。

日本では、早ければ2021年3月頃に早ければ海外からのワクチン供給を受けて接種が始まるとされる。広く国民に抗体が獲得されるのは接種から約1か月かかるという。そうなると、2021年7月の東京五輪にぎりぎり間に合うかどうかというところだろう。

今回、政府はGoToキャンペーンを一時停止したことで、観光などの事業者には広く打撃と不安を与えたと思う。今後は、2021年のいつくらいにワクチン接種が行き渡り、集団免疫の目処が立ちそうなのかというスケジュールを示した方がよい。民間事業者には、先行きを見通せるような、予見可能性のある政策を行って、それを通じて安心感を醸成することが大切になってくる。GoToトラベルの中止は、それとは逆に予見できないショックを与えたのだから、今後の運営では是非、予見可能性を持てるようなアナウンスメントを心掛けてほしい。

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生