12月14日に政府は、GoToトラベルを年末年始にかけて全国一律で利用停止することを決めた。GoToトラベルの消費押し上げ効果は、7月22日から12月14日まで約1.46兆円もあったと見込まれる。1月12日以降にも停止が長引くと、観光事業者への打撃は大きくなり、事業者を救済できなくなってしまうことが心配だ。

感染症
(画像=PIXTA)

目次

  1. 政策支援の意義
  2. 利用停止の打撃
  3. 問題は何をすべきかを考えることだ
  4. ワクチン効果への期待

政策支援の意義

GoToトラベルの一時停止を、政府が12月14日に決めたことは混乱を招いている。12月28日から2021年1月11日までの15日間の割引適用を全国一律で一時停止する扱いである。政府の決定は、確かに遅かったかもしれないが、それだけでGoToトラベルの役割が否定されるという議論はおかしい。どういった場合に、運用を停止して、いつ再開するかというルールづくりが事前に整備されていなかったことが混乱を引き起こしたと考えられる。利用者・事業者に対する補償も一応行われている。筆者は「感染リスクが高いときにGoToトラベルをやっている場合ではない」という見方は、GoToトラベルの役割を一面的にしか見ていないと思う。そうした考え方を一度整理しておきたい。

まず、GoToトラベルの役割であるが、窮地に立つ観光事業者を救済する政策支援である。インバウンドが消滅し、国内旅行も激減して、観光産業は存亡の危機にある。コロナ感染が収束して、インバウンドが返ってきても、事業者がなくなっていては地域の経済活性化は見込めない。

GoToトラベルのてこ入れは、2020年10 月までにかなり効いてきており、経済産業省「第三次産業活動指数」でみる限り、国内旅行指数はコロナ前の1月水準との比較で10月は約8割まで回復していた(図表)。これでGoToトラベルが停止されると、再び観光産業が苦境に立たされることは容易に想像できる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

次に、GoToトラベルが定量的にどのくらいの消費喚起効果を発揮したのかを調べてみたい。観光庁の発表データでは、7月22日の運用開始から11月15日までの中間集計では、利用者数は延べ5,260 万人泊となっている。1人1泊当たりの旅行代金は13,627円と資料にはあり、その金額を乗じると旅行代金ベースで7,168億円となる。約4 か月間で7,168億円という成果は、決して小さくない。この期間には、10月1日まで東京離発着を除外していた。

仮に、このGoToトラベル効果を12月14日まで延長すると、どのくらいの効果が見込めるろうか。半月に利用者が+825万人増えている効果を延長して、12月14日までの利用者を試算すると、29日間で+1,595 万人増えて、累計6,855万人という計算になる。旅行代金は9,341億円になる。厳密に考えると、この旅行代金には、宿泊費とは別に支出した飲食費、お土産代・買物代、入場料・娯楽費などが含まれていない。それらの支出は旅行代金の57%の金額になることが観光庁データからわかっている(2018年)。それを加味すると、GoToトラベルの消費拡大効果は14,656億円になる計算だ。

この消費規模は、2019年の日本人の国内旅行消費22.0兆円(観光庁推計)に比べると小さいように見えるが、2020年にその消費規模が劇的に縮小したことを勘案すると、相対的な消費誘発効果は大きかったとみることができる。月次の第三次産業活動指数を使って試算すると、7~10月の国内宿泊消費に対して、約25%の部分はGoToトラベルによって誘発されたという計算になる。需要の4分の1を押し上げたという効果は大きいと評価できる。

心配なのは、GoToトラベルが12月28日~1月11日に止まらず、1月12日以降も停止される場合である。第三次補正予算に計上されたGoToトラベルの追加効果も小さくなる。また、利用者は、再開されてもすぐには増えない可能性もある。

利用停止の打撃

GoToトラベルが利用停止されたときの打撃は誰に及ぶのだろうか。政府は、利用者にはキャンセル料が発生しないように手当をしている。事業者には、旅行代金の50%を政府が負担するとしている。

事業者は損失が大きいように思えるが、仮にGoToトラベルによる予約が全くなかった場合に比べると、予約キャンセルの50%を政府が負担することは決して悪い条件ではないとみられる(50%より高くした方がよいという議論は成り立つだろう)。こうしたルールは、感染リスクの高まりで生じる損失を波及させない手当を政府がしている点で評価してもよいはずだ。

しかし、問題は残る。旅行代金のほかに飲食費、お土産代・買物代、入場料・娯楽費などの波及効果が見込めたことは先に述べた。GoToトラベルの停止で、飲食店、お土産物などの小売店、娯楽サービス業者は、観光客の来訪で潤っていたはずの利益が得られない。これらの逸失利益は、本来は観光産業を救うはずだった。ホテル・旅館、交通機関が補償が得られても、それらの事業者はダメージが残ることになる。

問題は何をすべきかを考えることだ

聞こえてくる意見の中には、緊急事態宣言を出すくらいならば、GoToトラベルを停止する方が経済への打撃は限定される。だから、GoToトラベル停止は仕方がないという説明である。

これはわかりやすいが、よく考えるとおかしい。感染防止のために何をすべきかが論じられる前に、目に見えやすいGoToトラベルによる人の移動が問題視されている。飲食店の利用が感染源として濃厚であれば、その利用をしかるべき補償を行った上で制限し、テイクアウト利用に切り替えることもできそうだ。筆者は、今のGoToトラベルの一時停止は仕方がないと考えるが、全体の感染防止策が十分に語られず、見えるものが制限されている印象がある点には不満が残る。これでは、GoTo事業だけが制限されて、感染リスクは依然高いままではないかと感じる。

ワクチン効果への期待

筆者は、緊急事態宣言を再発令することには反対である。経済的損失が大きい代わりに、感染抑制効果は一時的だからだ。多くの国民は、緊急事態宣言を行っても、それが終了すれば再び感染者が増えるだろうと思っている。これは4・5月の教訓である。

今後、感染防止のための切り札となりそうなのは、ワクチン接種である。すでに、米国などではそれが開始されている。日本では、早ければ2021年2月下旬に接種が開始され、まずは医療従事者、次に高齢者、一般の国民は4月頃からの接種開始という見方も聞く。米国では、半月間に2,000万人分の接種が行われるという同様のペースで日本でも接種が進むと、1億2千万人には3か月間を要する計算になる。7月の東京五輪の手前に接種が行き渡る。ただ、接種は2回実施され、接種から抗体獲得までは1か月を要するという問題もある。集団免疫の獲得まで国民の6~7割が抗体を持たないといけないという目処もいつ達成できるのか。最速で東京五輪手前には抗体獲得という見通しは、実務的な課題を一切考慮していない。例えば、ワクチンの搬送時の冷蔵という課題や、ワクチンが打てる医療機関の指定は、これから問題になってくるだろう。今年の前半は、PCR検査が進まないという問題が批判の的になった。ワクチン接種でも、PCR検査と同じような障害が発生しないことを祈るばかりだ。

政府には、社会的不安を押さえるために、なるべく早期に国民のワクチン接種の計画を明らかにしてほしい。おそらく、飲食店などの営業時間の制限も、「ワクチン接種が行き渡るまで」というスケジュール観があれば、心理的痛みは軽くなる。コロナ対策で極めて重要なのは、政府が民間企業や国民に対して、しっかりと予見可能性のある政策を示すということである。予見できない政策変更があると、民間企業も国民も大騒ぎになり、社会的不安が増大する。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生