2020年度補正予算では、新規国債発行額が112.6兆円にも膨張し、もはや財政規律が失われたと心配する人がいる。2021年度予算案は、ぎりぎりの節度が維持される計画になっている。そのことは、従来の2025年度の基礎的財政収支黒字化を目指していた中長期計画から2021年度の歳出規模がかけ離れてはいないことを確認すればわかる。

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(画像=PIXTA)

目次

  1. 未曾有の新規国債発行
  2. 税収の見方
  3. 基礎的財政収支の黒字化
  4. 広がる不健全な意識とその責任

未曾有の新規国債発行

2020年度の新規国債発行額(財政赤字)が112.6兆円になったことの衝撃は大きかった。筆者は数人から財政再建は頓挫して、財政規律も失われたのではないかという意見を聞いた。確かにそうかもしれない。ただよく吟味すると、2021年度予算案では、土俵際で踏ん張ろうとする「財政の一分」を感じることもできる。ぎりぎりの節度を守りたいという意志である。

伏線は、2020年度第三次補正予算にあった。財務省には、7~9月期の34兆円程度のGDPギャップを埋めるくらいの補正予算の規模が必要だという要請があったと言われている。規模ありきで財政出動を膨らませる発想に流れることは、税金に対する痛みの感覚が麻痺していると感じる。それでも財務省は、追加経済対策における国・地方の歳出規模は32.3兆円と、GDPギャップを埋める金額を用意した。これは非常に残念なことだと思った。

しかし、第三次補正予算の内容をみると必ずしもその印象が正しくないことがわかった。補正予算では、すぐに需要拡大に結び付く内容が国土強靱化・自然災害からの復旧・復興の2.7兆円くらいだったからだ。エコノミストが需要創出の尺度として考えている本来の「真水」がごく少ないと思った。反対に、第三次補正予算で羅列された項目を眺めると、まるで本予算の特別枠のような内容だった。そこで筆者は、はたと気付いた。本予算を絞って、前の補正予算の方で、コロナ対策や新規案件は計上しておき、2021年度予算は従来の中長期計画ベースに戻すのではないか。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

実際、その予想は後からおおむね当たっていることがわかった。2021年度予算案は、予備費5兆円を除けば、内閣府の発表する「中長期の経済財政に関する試算」や財務省の「後年度歳出・歳入への影響試算」(後年度試算と略す)からそれほど逸脱した数字になっていない。つまり、従来からの2025年度基礎的財政収支の黒字化目標を達成するための計画に沿っているという建前が守られているのである。

数字を確認すると、2021年度の社会保障関係費は35.8兆円の見込みである(図表)。後年度試算の36.5兆円よりも少ない。社会保障関係費以外の一般歳出26.1兆円(予備費を除く)は、後年度試算の26.5兆円(経済成長3.0%ケース)よりも低い。地方交付税15.9兆円も、後年度試算の16.2兆円(同)よりも低い。国債費23.7兆円は、後年度試算24.6兆円。予備費を除いた歳出総額は101.6兆円(予備費を含むと106.6兆円)と、後年度試算の103.9兆円を下回る。

税収の見方

歳出面では、中長期の予想と変わらない規模に抑えられたが、歳入面では大幅な下方修正を余儀なくされている。そして、歳入減、つまり税収不足によって財政赤字が予想外に広がっている。その中では、財政収支は中長期の見通しから大きく狂っている訳であり、財政再建の見通しも修正される必要があろう。このことは認めざるを得ない。

2021年度税収見通しは、57.4兆円と前年度当初予算の63.5兆円から▲6.1兆円の減少であり、その結果、財政赤字幅は43.6兆円まで膨らむ。43.6兆円は、前年度当初予算の32.6兆円からは▲11.0兆円の赤字拡大だ。

これを後年度試算と比べると、2021年度の財政赤字32.6兆円から、43.6兆円へとやはり▲11.0兆円もの悪化だ。主因は、税収の下振れ(65.4兆円→57.4兆円<▲8.0兆円の未達>)である。

これを悲観的にみるかどうかは評価が分かれる。景気が良くなれば、65兆円前後の税収水準を回復できるという見方もある。反対に、コロナ危機前の名目GDPに戻るのに2~3年間を要するので、税収の戻りも遅れるという見方もある。

筆者は、そこで重要なのは、2019年10月に消費税率を10%に引き上げた効果である。消費税増税の意味については、景気変動に左右されない安定財源を膨張する社会保障費に充てるということだったと思う。2020・21年度の税収は大きく落ちたが、消費税の下支えは確実にあったと言える。税収は、55~57兆円だが、その水準は2015・16年度の決算ベースと同じくらいに踏み止まった。これは、消費税率を上げる前と比べて、税収が景気変動によって左右されにくい消費税によって全体が減りにくくなっている効果が表れていると言える。税収の基盤は、増税前に比べて頑健になっていて、今後、名目GDPの水準がコロナ以前に戻らなくても、税収は予定された65兆円台に戻りやすくなっている。たとえ、法人税・所得税のような直接税が増えにくくても、消費税率を10%にしたことで、景気変動に変化する税収のボトムラインは底上げされていると考えることができる。

基礎的財政収支の黒字化

政府の掲げている基礎的財政収支の黒字化は、国債費の範囲内に、財政赤字の規模を抑えるということだ。新規国債発行額は、借金返済と利払費の範囲に止めて、既存の債務規模を膨らませないというルールが、基礎的財政収支の黒字化の意味だ。

少し見方を変えると、一般会計のうち国債費を除いた金額(基礎的財政収支対象経費)の規模を、税収+その他収入の範囲に抑え込めれば、基礎的財政収支の黒字化は達成できることになる。

2021年度の基礎的財政収支対象経費は、82.9兆円である。税収+その他収入は63.0兆円であり、差額は約20兆円になる。現在の税収が65兆円に戻ると、一般会計ベースの基礎的財政収支赤字は▲12.3兆円にまで減っていく計算だ。もしも、予備費5兆円がなければ、▲8.3兆円になる。

このように計算していくと、今後、当初予算の規模をずっと横ばいに抑えて、税収が予定されていた65兆円台に戻っていけば、基礎的財政収支の黒字化の目処は、2025年度から途方もなく先にはならずに済む。従来の2025年度の基礎的財政収支黒字化の目標を、2030~2035年度に後ずらしすることで、ぎりぎり財政再建目標が漂流せずに済む。

広がる不健全な意識とその責任

最後に、2021年度の当初予算案の意味を改めて整理しておきたい。コロナ対策の予算の膨張は、一応、2020年度内に止めて、2021年度からは中長期計画の歳出規模に抑えた。この意味は、税収が予定された規模に戻れば、財政再建計画の遅れがそれほど大きくなくて済む。歳入面では、消費税率を10%に引き上げた効果もあって、税収規模の下落を相対的に小さく抑えている。そうした効果は、従来の2025年度の基礎的財政収支黒字化の目標を途方もなく先に後ずらをせずに済むことにある。

ここまで説明すると、筆者があまりに楽観的な見方だと批判されるかもしれない。確かに、このところ財政規律は喪失気味である。経済危機になると、歳出拡大圧力が強まって、反対意見を言いにくくなる。そうした雰囲気に流されることは本当に心配だ。あるメディアの人が話していたのは、財政再建が大切というと、すぐに「財政赤字なんか関係ない。あればフィクションだ」というお叱りが来るという。国民の間にそうした感覚が広がっていることは危険なことである。財政の持続性が失われると、通貨や物価で政府債務の価値が暴力的に調整される。あの基軸通貨国の米国でさえ、政府債務が拡大して、通貨価値が下落している時代だ。

財政持続性を完全に無視してよいという感覚に、政府や政治が支配されると、もはや後戻りできない経済混乱を起こすまで政府債務が膨らんでいく可能性がある。その場合、財政赤字はフィクションだと叫んでいた人は誰も責任をとってくれない。財政当局者は当事者なので責任を逃れられない。企業やマーケットもそうした感覚を失わないようにしてほしい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生