緊急事態宣言の再発令には課題が残る。経済を極力守ろうとして、活動制限を緩くすると、感染者が減らずに、緊急事態宣言が延長される。経済はかえって悪化するというジレンマだ。感染防止対策として何が有効かを見極めて、制限の範囲を絞って経済活動を両立させた方がよい。緊急事態宣言を出しても、楽観的な人や制限に協力しない事業者が残る。政府は新型コロナ特措法を改正して緊急事態宣言の実効性を高めようとしている。

飲食店
(画像=PIXTA)

目次

  1. 前回とは違う点
  2. 感染防止と経済の両立
  3. もうひとつのジレンマ
  4. 第三の問題点
  5. ジレンマに苦しんだ1年間
  6. 感染対策と経済の両立

前回とは違う点

政府は、1月7日にも緊急事態宣言を再発令する。焦点はその内容だ。今回の緊急事態宣言は、2020年4・5月のときとは異なり、限定された範囲で、より集中的に対応が成されそうだ。具体的には、酒類を提供する飲食店への対応が、営業時間を午後10時終了から8時へと早めるとされる。4・5月のときのように「人と人との接触を極力8割減らす」対応は徹底しないようだ。この背景には、私たちがきちんと対応し、賢くなってきているという理由もあるだろう。

しかし、もう一方で、緊急事態宣言が1か月間では終わらず、長引くという観測も根強い。前回は一旦4月7日~5月6日までだった宣言が5月末に延長された経緯がある。各種制限が緩くて、実効性を上げない可能性も残る。その場合、発令期間が1か月間では終わらないということになる。感染拡大は長期化して、かえって経済損失は大きくなる。この点は、感染対策と経済の間のジレンマである。

感染防止と経済の両立

この図式を経済学のフレームワークで整理すると、需要・供給曲線を応用できる(図表1)。経済活動は、感染リスクに応じて、経済活動を活発化される国民の行動(需要)と、経済活発化で感染リスクが増えることを制御したいと思う政府の容認姿勢(供給)の綱引きで決まるという考え方だ。

第一生命経済研究所
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まず、供給側から説明すると、経済が活 発化するに従って、感染の危険度(感染リスク)は高まる。感染リスクと経済活動の対応関係(S)は右肩上がりだ。感染リスクと経済活動はトレードオフの関係にな る。

感染リスクの水準が同じであっても、飲食店が感染防止策を充実させると、経済を活発化させられる(図表1の①→②)。感染防止と営業活動の両立が望ましい。この場合、供給曲線は右シフト(Sの横移動)する。

今回、菅首相は「人と人との接触を極力8割」という方針を求めないようだ。これは、過度にビジネス活動に制限を加えようとしないための配慮だろう。経済をオーバーキルさせたくない意図がある。確かに、私たちは、この約半年間にかなり感染防止と経済活動の両立に対してノウハウを蓄積して、感染リスクが高まっても以前ほどは経済を止めないで活動できるようになっている。

もうひとつのジレンマ

政府が緊急事態宣言を発令する意味を改めて考えたい。それは、経済が活発化して、感染リスクへの警戒が緩んだことに強烈な注意喚起をしたいということだろう。注意喚起に反応して、人々は感染リスクへの警戒感を強めるが、経済活動は抑制される。これは、需要・供給曲線の需要曲線の下方シフトに当たる(図表2)。ここでは、感染リスクも低下するが、経済活動も停滞する(図表2の①→②)。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

需要曲線の変化が示すのは、人々の社会的不安の心理である。コロナ禍の下では、病理的不安とは別に感染に対する社会的不安がある。その社会的不安は、2020年夏頃までは強かった。

しかし、その状況は、夏場以降は少し変わってくる。人々の強い警戒感は、徐々に変わっていった。社会的不安は、必ずしも感染状況(病理的不安)が改善しないのに、冬くらいから弱まった(需要曲線は右シフト)のである。これは、人々の警戒感・注意深さが薄らいだということだ。そのために、かえって感染拡大は助長された。社会的不安が薄らぐことは、需要曲線が上方シフト(右シフト)する反応である(図表3)。

第一生命経済研究所
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この状況に対して、今回、政府は緊急事態宣言を再発令する。これは、人々に注意喚起して社会的不安を緩めすぎないメッセージを投げかける意図があったと思う。それによって、需要曲線を下方シフト(左シフト)し、経済は停滞することになるだろう。

もっとも、政府が緊急事態宣言を出したところで限界はある。一部の消費者の楽観的行動は変化しにくい側面もある。夜間に酒類を提供する飲食店に長居して、複数の店舗をはしごする習慣を変えない人は、どうしてもいるようだ。その限界に対して、緊急事態宣言での制約を厳しくしても完全には取り締まれない。政府が各種の営業活動にまで厳しく制限を強めると、むしろ、慎重な心理を持つ企業側には薬が効きすぎて、自粛を強める反応をしてしまう。この点は、緊急事態宣言が持つもうひとつのジレンマである。

第三の問題点

政府は、どうしても夜の飲食を控えない人がいて、感染拡大が広がるということに頭を悩ませている。そのことへの対応は、最終的には飲食店側の活動を制限するしかない。しかし、制限を強めることには摩擦が大きい。全体に厳しいルールを課すことは、多くの飲食店の事業基盤を揺るがせるからだ。個々の飲食店は、しっかりした感染対策を講じて、営業制限に追い込まれないようにする必要がある。

ただ、ここでも難しい問題が生じている。感染を徹底しない飲食店があることだ。営業時間短縮をサポートする補償金(協力金)は定額であり、個人事業・中小零細企業には大きな金額であっても、規模の大きなチェーン店には十分な金額ではないこともある。東京都内でも、感染対策には店舗によって大きなばらつきがみられる。識者の中には、飲食店ごとの感染対策の実行をチェックして、是正勧告を求める方がよいという人もいる。それもよいかもしれないが、筆者は定額の補償金の仕組みに工夫した方がよいと考える。補償金の仕組みが感染防止策のばらつきを生んでいる点に注目し、それを見直す制度設計が必要だと考える。

政府の注意喚起を守らない消費者と、感染防止策を徹底しない飲食店の問題に対する対応方法は検討した方がよい。政府が特措法改正を急ぐのは、法的拘束力を強めないと、お願いベースでは行動変容を促すことに限界があると考えているからだろう。

ジレンマに苦しんだ1年間

昨年4・5月の緊急事態宣言からの経緯をまとめておくと、最初の発令時は、感染者を減らして、経済もの停滞した(図表4、①→②)。その後、夏から秋にかけて感染防止の意識が広がって、経済再開が進んだ(②→③)。ところが、経済が活発化し、社会的不安が緩んでいくと、感染者が増えてくる(③→④)。医療機関の逼迫に対して、政府は手を打たなくてはいけなくなる。今、政府は社会心理が不安から楽観に傾いてきたことに対して注意喚起を行い、社会心理の楽観を元に戻そうとしている。一方で緊急事態宣言の再発令は経済活動を停滞させてしまう(④→⑤)。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

これが私たちの約1年間をざっと外観したものである。将来、私たちにとって、感染と経済のジレンマに対処するには、再度、感染防止を徹底して、なるべく経済を止めなくてもよいような両立を目指すことである(⑤→⑥)。

感染対策と経済の両立

筆者は、究極的には感染と経済のジレンマは、感染対策と経済活動の両立しかないと考える。その両立のためには、感染拡大とは無関係の活動を洗い出して制限せずに、その一方で感染リスクのある活動には防止の手当を講じることだ。感染症に詳しい識者によると、政府が2020年4・5月の緊急事態宣言によって、どの活動制限に対してどれだけ感染抑制効果があったかという結果検証を十分に行っていないということだ。エビデンス・ベースと言っておきながら、事前に仮説を立ててデータ検証を準備することをしなければ、私たちはいつまでも闇雲に経済を止めようとする意見に流されてしまう。だから、今度の緊急事態宣言では、あらかじめリスクの高そうな活動対象を調査する準備をしておき、制限の前後での差を効果測定する準備をしておいた方がよい。どの種類の飲食店の時短制限をすることが有効であるのか。通勤電車は安全だとされるが、東京都内で通勤電車を多く使用する区域の住民は、本当に通勤で感染していないか、などを検証する。また、感染対策をしているオフィスビルで働く人を何千人か登録しておいて、そうではない対象者との間で、感染状況に有意な差が生じるのかを調べるのもよいだろう。

考えていけば、様々な仮説設定があると思う。感染経路の出口にいる感染者だけの追跡ではなく、まずPCR検査で調べて健康な人を調査対象者に登録しておき、その後の行動を調べて感染したかどうかまで調べる。何の行動が感染リスクが高いのかを、調査サンプルを集めて分析する方がよい。論点としては、感染防止と経済活動の両立を行う上で、闇雲に経済を止めるのではなく、何をすると感染リスクが高く、何であれば感染リスクは低いのかを峻別して政策を進めることをしっかり準備する。感染収束に向けて、政策当局者が高いデータ・リテラシーを持つかどうかが問われている。そして、その教訓は未来に襲ってくる別の感染症対策にも必ず役立つだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生