政府は緊急事態宣言の範囲を広げ、1月13日から大阪府、京都府、兵庫県を追加した。これによって経済損失は従来予想の▲2.1兆円から▲3.0兆円へと拡大する。仮に、これに愛知県、岐阜県が加わると、▲3.6兆円になるだろう。そうした中で消費の削減は、全体の減少率に対してより感応度の高い品目、つまり「消費のベータ値」が高いものの削減に向かうだろう。
緊急事態宣言の適用拡大
政府は、再発令をした緊急事態宣言を、1月13日から大阪府、京都府、兵庫県の2府1県に拡大することを決めた(2月7日まで)。これで、予想される経済損失はさらに拡大することになるだろう。さらに、この2府1県のほかにも、愛知県、岐阜県が加わる可能性がある。愛知県の県別GDPは大阪府、神奈川県に匹敵する規模であり、その影響は小さくない。経済規模は、1都3県を100%とすると、2府1県が38%、2県が25%という大きさである。緊急事態宣言の経済打撃は、1都3県から、2府1県が加わると1.38 倍になり、ここに2県が加わると1.64倍になるという計算である。実額では、1都3県が▲2.1兆円の経済損失で、1都2府4県(南関東+関西)が▲3.0兆円という計算だ。
ここに愛知県、岐阜県が加わった場合、1都2府6県(南関東+関西+中京)では▲3.6兆円の経済損失になる可能性がある。
前回、2020年4~6月は実質GDPが民間内需で▲9.9兆円ほど減少したが、今回はそれよりも小さい。とは言っても、やはり今回も緊急事態宣言の適用範囲が拡大していることによって、経済損失はじわりじわりと大きくなってきている。
定性的には、今回は昨年4・5 月に比べて学校休校は行わず、イベント自粛の範囲も限られる。県境をまたいだ移動自粛も行ってはいない。また、製造業の回復も、各国でのモノの消費拡大を反映して回復している。中国経済が大きく持ち直した点でも異なる。そうは言っても、国内消費ではそれなりにダメージが大きいことは間違いないだろう。内需(主に消費)に関しては、2021年1~3月には二番底をつける展開になることが強く警戒される。
消費のベータ値
家計消費は、10月までは回復基調だったが、12月はボーナス削減、1~2月は緊急事態宣言によって落ち込むだろう。その中で特に大幅に落ち込むことが警戒されるのは、外食と旅行などサービスである。モノの消費では、衣料品が減り、百貨店への打撃も著しいだろう。
一般には、これは外出が手控えられて、消費が巣籠もりにシフトしていると理解されている。しかし、2020年の家計消費を振り返ると、家計全体の消費性向が大きく低下していた(図表1)。これはシフトというよりも地盤沈下といった方が良いだろう。消費が全体的に地盤沈下の中で、削減(節約)されやすいものがよい大きく減少していると理解すべきだ。大きく削減されている品目は、消費の弾力性が高い選択的支出によって占められている。総務省「家計調査」では、消費支出が1%削減されたときに、各品目がどのくらい大きく減少するかという弾力性を計算している。この弾力性は、現代ポートフォリオ理論のベータ値と同じ概念である。市場平均の変動幅に対して、個別銘柄がどのくらいの感応度で変動するかを示すのがベータ値である。緊急事態宣言で再び削減されるのは、消費におけるベータ値の高い品目になる(図表2)。家計調査における弾力性の値は、宿泊料2.47884、交通2.31255、洋服2.28451、外食1.91832 となっている。2020年4月の家計調査(2人以上世帯)では、宿泊料の前年比▲94.7%、交通同▲73.0%、洋服同▲58.9%、外食同▲65.7%と大きく削減されていた。これは、消費のベータ値が高い品目ほど、消費性向が下がったときに減少幅が大きくなる関係になっている。従って、再発令された緊急事態宣言の下でも、2020年1~3月にかけてこれらの品目が大きく減少すると予想される(ただ、3月頃になると1年前から削減されていた品目は前年の裏が出るかたちでマイナス幅は縮小するだろう)。
消費の起爆剤はない
今回の緊急事態宣言の再発令は、前回に比べれば制約が大きくはない。「人と人の接触を極力8割減らす」方針ではなく、企業には在宅勤務比率を7割以上にする方針である。消費に対する抑制力は前回ほどではないとしても、消費のための外出が減ってしまうことは間違いない。
慎重に考えるべき材料としては、政策効果がある。2020年4・5月の打撃を振り返ると、このときは5・6月にかけて特別定額給付金の支給があった。その効果は6月の消費を盛り上げただけではなく、7~11月の消費回復を下支えしたことも忘れてはいけない。今回は、特別定額給付金は支給されず、持続化給付金もない。今回は消費の起爆剤がないということだ。緊急事態宣言が終了した後の2021年4~6 月の消費回復は緩やかなものとなるだろう。その後、7~9月には東京五輪が開催される予定ではあるが、そこで予定通りの開催であったとしても、ワクチン接種がそれまでに広がっていなければ、やはり消費回復の効果は極めて緩慢なものに止まるであろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生