1月14日にバイデン次期大統領が、大型経済対策の概要を発表した。この1.9兆ドルの経済対策は、米国の輸入を拡大させ、日本経済にも大きな効果をもたらすだろう。そこには課題もあって、米中対立の次なる展開や自動車の規制・ルールづくりがどうなるかという問題がある。果たして、バイデン次期大統領は日本の期待にうまく応えてくれるだろうか。
1.9兆ドルの大型対策
バイデン次期大統領が1月20日に就任する。就任後に実行する大型経済対策の概要が14日に発表された。1.9兆ドルという巨大規模である。この1.9兆ドルの対策は、二回に分けた経済対策の第一弾という位置づけで、家計向け・失業対策が主になる。インフラ投資・気候変動対策は第二弾に盛り込まれると言う。米経済はコロナ感染の拡大で必ずしも思わしくないのだが、経済対策の積極姿勢は先行きの成長期待をつなぎ止めることに成功している。それを象徴するのが株価動向だ。昨年3月は、感染拡大に反応して、米株価は大きく下落した。しかし、今回はそうした株価下落が起こっていない。雇用・小売統計は10・11月と回復感が弱いにもかかわらず、それが悲観論を呼び起こしてはいない(図表1)。株価はバブルだという意見もあるが、米経済対策への期待感が材料視されて、先行きの経済回復を強く織り込んでいることもまた事実だ。
今回の経済対策は、1人1,400 ルの現金給付が目玉になっている。12月の総額9,000 億ドルの経済対策でも、1人600ドルの給付があった。2020年3月の1人1,200ドルの給付に続いて、今回はそれを上回る刺激策になりそうだ。米小売売上高の前月比の伸び率は、2020年5~6月にかけて大きく伸びたことが思い出される。12月と今回の現金給付は、やはり個人消費を刺激することだろう。
輸入拡大から日本への恩恵
こうした消費喚起策は、サービス消費よりもモノ消費に流れるだろう。モノ消費=物品取引の活発化が誘発されて、米国の場合はそれが輸入拡大に結びつきやすい。国際経済学のアブソープション・アプローチで知られる原理だ。内需と生産の差額が、国際収支(外需)を決める。減税で内需が膨らむと、国内生産よりも輸入増の方に反応しやすい。米国はこの傾向が強い。皮肉なことに、財政刺激が輸入に結びつきやすいからこそ、バイ・アメリカンを標榜して米製品を率先して購入する運動を起こなさなくていけない。
2000年以降の米国GDPの構成項目の間での相関関係を調べると、相関行列の中で、実質GDPと個人消費と輸入の相関関係が非常に高いことがわかった。実質GDPと実質輸入は0.985、個人消費と実質輸入は0.980 と項目間の相関度が高かった。1%の実質GDPの伸び率によって、どのくらいの実質輸入が増えるのかを回帰式を作って計算すると、1.66%であった。これは、バイデン政権の積極的な財政刺激が、輸入拡大に波及しやすい関係を示している。この関係は、日本からみれば米国向けの輸出増となる。
より具体的に財政刺激の恩恵を受けるのは、中国や日本である。米国の成長率が+1.0%高まったとき、日本の実質輸出は+2.0%増えると試算できる。これは日本の実質GDPで置き直すと、+0.4%の増加率になる。
米国の主要輸入取引の相手国は、中国、カナダ、メキシコ、EU、そして日本である。日本だけではなく、中国も米国の財政刺激の多大なる恩恵を受けることになるだろう。おそらく、これがトランプ政権下であれば、米中対立を激化させる火種になることだろう。その点について、バイデン次期大統領がどう反応するかが注目だ。どのくらい貿易赤字の拡大に目くじらを立てずに、自由貿易のメリットを強調するかに関心が集まるだろう。その対応は、今後の日本にとっても重要である。
根強い悲観論
日本経済にとってバイデン次期大統領への期待感は大きい。1月の緊急事態宣言によって、個人消費は二番底をつける様相だ。その流れに製造業までが引きずられるのだろうか。もしも、バイデン次期大統領の経済対策が、日本の製造業の輸出増に大きく寄与すれば、緊急事態宣言の悪影響は薄まることになる。
製造業における国内出荷と輸出の動向 は、鉱工業出荷内訳表でみると、国内出荷の回復は少しがくがくしているが、輸出はほぼ一本調子の回復を11月までは続けている(図表2)。12月以降のその流れが継続することが期待される。
また、12月の日銀短観では、大企業・ 製造業の業況判断DI が大きく改善した。
これをみて、多くの人が「あれは日本経済が一番楽観的だった頃の指標で材料視できない」と言っているのを聞く。しかし、日本の製造業PMIでみると、必ずしも製造業の改善は、10・11月でピークアウトはしていない。年初に発表された2020年12月のPMIは、50.0まで一本調子で改善してきている。鉱工業生産でも、11月の生産予測指数は2021年1月は前月比+7.1%と大幅に改善する予想であった。国内の感染リスクの高まりは、必ずしも製造業の生産活動に甚大な悪影響を及ぼしている訳ではないとみられる。
2020年4・5月との決定的な違い
多くの人が緊急事態宣言と聞いてすぐに連想するのは、2020年4・5月の経験である。2020年4~6月は、実質GDPの前期比が年率▲29.2%も落ちた。その再現を恐れる人はきっと多いだろう。このときの下落幅を実額でみると、▲14.0兆円だった。そのうち民間内需は▲9.9兆円、外需は▲4.7兆円だった(その他の官公需はプラス)。前回の緊急事態宣言の落ち込みは、その約1/3が海外経済の悪化によるものだった。
今回は当時と違って、海外では中国経済が高成長すると見込まれている。世界銀行の予測では、2021年は実質7.9%の高成長を見込んでいる。コロナの発生源だった中国が、日本の輸出の足を引っ張る側から、牽引役に転換したことは大きい。日本にとって主要輸出相手国は、中国と米国であるが、それに次ぐ、韓国、台湾、香港はいずれも中国が輸出先の首位である。日本にとって米中に次ぐ輸出地域であるEUは、輸出先の首位が米国で、その次が中国である。日本の輸出需要は、米中両国によって決まると言っても過言ではない。
2020年後半の日本の輸出増は、中国によって牽引される力が大きかったが、そこからさらに米国経済が盛り返してくれば、輸出増はさらに後押しの作用が強まると言える。特に、日本の自動車産業は、北米の現地生産工場も大きく、企業グループ全体で恩恵を受けやすい。
バイデン政権と日本の関係
2021 年1 月20 日以降の日米関係はどう変わるのであろうか。トランプ時代は、難題山積というイメージが強かった。しかし、終わってみれば、日本はそれほど打撃を受けた訳ではなかった。安倍政権が外交・防衛・経済の各分野でトランプ大統領の暴走をうまく封じていたこともある。バイデン政権下では、普通の常識的な関係に戻るとされる。しかし、普通の関係が決して優しい関係になるとは限らない。文字の通りで「油断は禁物」である。
争点は次の3つになるだろう。ひとつは、米中関係だ。先に見た通り、日本の主要な輸出相手国は、中国だ。米中対立で、万一、中国景気が減速すれば、その打撃は日本に及びやすい。筆者は、バイデン次期大統領になって、対中制裁関税が完全撤廃されるのではないかと期待したが、その実現は遠退いている。すでにバイデン次期大統領は、目先、現状維持する姿勢だと伝えられる。トランプ大統領が2年後の中間選挙、4年後の次の大統領選挙を見据えて、対中姿勢を軟化させると「弱腰」というレッテルを貼ろうとしているために動けないでいる。バイデン次期大統領は、そうした駆け引きにおいて大胆には動けず、普通の人のようだ(だからトランプ氏の術中にはまる)。本当は、経済摩擦と軍事的覇権争いをうまく切り分ける強かさがリーダーには求められる。確かに、経済と軍事の境界線は、以前よりも曖昧だ。中国のハイテク企業への規制・制裁は続くとみられる。
二つ目は、バイデン次期大統領が、どれだけ自由貿易を重視するのかだ。先の米中対立への対応はその試金石だ。肝心なのは、自由貿易体制の再構築のために、TPPの後継になる広域の経済連携をどのようにつくるかが、バイデン次期大統領の課題である。TPPという名前を使わずに、同様の経済連携効果を生み出す連携をどうつくるかは課題である。
三番目に、地球環境対策も焦点だ。パリ協定に準じる2050年のカーボンニュートラルに向けた枠組みをどう作るのか。特に自動車は、ガソリン車の販売禁止、EV車の普及に向けた新しいルールが、バイデン政権では早晩作られることだろう。過去の経緯を紐解くと、日本の自動車メーカーには米国の排ガス・燃料規制が販売戦略などに大きな影響を与えた。今後も、米国のルールが世界の自動車産業の新しいスタンダードになっていく可能性はある。それだけに地球環境対策に熱心なバイデン次期大統領の出方に注目が集まる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生