コロナ禍では、企業がテクノロジーを利用して、一気に成長加速することへの期待感が強い。カエル跳び=リープフロッグへの期待である。対面活動が制約されるから、デジタル化に活路を見出そうとする動機が働く。また、テレワークの解禁をみて、コロナ禍の危機感が変革を促すと直感した人も多い。その中で、中小企業こそが後発性のメリットを享受できるという見方もある。

会議
(画像=PIXTA)

目次

  1. なぜ、今、リープフロッグなのか?
  2. イノベーションのジレンマ:現金の呪い
  3. 中小企業こそリープフロッグできるのか?
  4. 新しい市場の特性
  5. 拡大するEC市場
  6. リープフロッグの反対語は何か?

なぜ、今、リープフロッグなのか?

コロナ禍が長期化する様相をみせる中で、リープフロッグという言葉が注目されている。リープフロッグとは、カエル跳び(Leapfrog)のことだ。遅れていた企業・国が発展段階の途中を抜かして、一気に最新技術を駆使した競争の先頭に躍り出ることを指す。新興国でのスマホの普及やキャッシュレス決済、送金サービスの利用などが挙げられる。こうした新しいテクノロジーの普及は、日本では進みにくく、むしろ新興国の方が加速度的に進む。理由は、すでに既存技術がある国は、新技術の体系がそれに取って替わるのに時間がかかり、既存技術がない(乏しい)国では新技術の導入が一気に起こるからだ。既存技術が普及していないという環境が「後発性の利益」になり、すでに既存技術が普及していることが足枷になる。

なぜ、今になって、改めてコロナ禍でリープフロッグが注目されるかというと、コロナ禍の制約が、デジタル化を進める上でのチャンスだと思っている人が多いからだ。従来からの対面取引だけで商売をしていると、生き残れないので、活路をデジタル化した取引に見出そうという考え方になる。非対面・非接触でサービス取引をするには、デジタル・ツールを活用することが有利になる。

また、コロナ禍でテレワークを解禁する企業が一気に増えたことの教訓もある。コロナ以前は、自宅で勤務すると必ずさぼる奴が現れるという警戒心が根強かった。それがコロナ禍で否応なく、自宅勤務を強いられた。しかし、やってみると、案ずるよりも産むが易しと気が付いた人が多かった。心理的壁に風穴が開けば、デジタル化が相当進むだろうと思った人も多いだろう。

リープフロッグの議論に関連して、日本では「後発性のメリットがあるのならば、中小企業こそがデジタル化の遅れを逆手に取って、デジタル化を通じた生産性上昇の果実を得やすいはずだ」という見方もある。政府にも、この局面で一気に中小企業のデジタル化を進めたいという思惑が働く。

イノベーションのジレンマ:現金の呪い

次に、リープフロッグの原理をもう少し理論的に説明してみたい。なぜ、後発性の利益が生じるかというと、技術導入には有形無形のコストがかかるからだ。そのコストは、移行に関わるスイッチング・コスト(取引費用)だ。一般的に、大企業には大きく、中小企業には小さいとされる。例えば、新技術を採用したとき、そこで人員余剰が生じるとしよう。大企業は人員余剰の処理コストを恐れて、新技術の採用に躊躇する。既存顧客が従来技術を望むから、新技術への移行が遅れるという事情もある。これらは、「しがらみ」という言葉で表される。丁度、1年前の2020年1月に逝去したクレイトン・クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」の議論は、リープフロッグを阻む原理とぴったり一致する。リープフロッグとは、イノベーションのことを指すのだ。巨大企業は、既存技術を切り替えるためのしがらみの大きさゆえに、新技術の移行に遅れて、新興企業の台頭を許してしまう。スイッチング・コストの存在が変革を阻むのである。未来にある不確実な利得よりも、確実に生じるスイッチング・コストを過大評価してしまう行動バイアスとも言える。

この議論で忘れてはいけないのが、既存技術・新技術と言っている技術体系にはネットワークのメリット(外部性)が働きやすくなっている点だ。特に、通信インフラは、普及するほど利用のメリットが増加するという効果が大きい。例えば、スマホの普及率が3割と9割では、後者の方が利便性が圧倒的に大きくなる。ネットワークの中では、いつでも誰とでもつながるメリットが普及率100%に近づくほど参加者に大きな満足を与えるということだ。このネットワークは、プラットフォームと呼ばれることが多い。共通技術を用いるプラットフォーム上では、消費者もサプライヤーも取引費用が小さく、追加サービスをほとんど無コスト(限界費用ゼロ)で享受・提供できる。電子媒体のネットワークはその性格が強い。例えば、インターネット上では、情報・データを入手するのも、アプリの機能を使うのもゼロでできる。この利便性は、ネットワークの囲い込み効果(ロックイン効果)を生み出す。だから、逆に、旧世代のネットワークを利用している人は、新しいネットワークに切り替えづらくなる。古いものを捨てるデメリットを感じるということだ。

例えば、日本でキャッシュレス決済が進んでいないことは周知の事実だろう。その背景には、日本は現金使用の利便性が高いという事情がある。昔から便利な現金使用を捨ててまで、わざわざキャッシュレスに切り替えることを望まないという人が多いからキャッシュレスが進みにくい。日本の携帯電話も、以前からの固定電話の普及が阻害要因になった可能性はある。

今や、スマホが1台あれば、事足りるという世界になってきている。パソコンすら要らないという若者も多い。事業者にとっては、全員がスマホを使用してくれれば、そこから購買履歴のデータが把握できて、データ・マーケッティングを行うのに役立つ。しかし、彼らとは違って現金取引にこだわる人も多く、そこでデータが取れないことは課題になっている。中国のように、以前は紙の現金利用に偽造リスクがあった国の方が、人々がキャッシュレス・ツールを喜んで使い始める。日本では、そうした違いもあって、イノベーションのジレンマ=リープフロッグ阻んでいる。日本は、まさしく現金の呪いにかかって、キャッシュレス化が進まない図式だ。

中小企業こそリープフロッグできるのか?

本当に、中小企業ほどリープフロッグがしやすいという仮説は正しいのだろうか。中小企業こそがイノベーションの担い手だと考えてよいのか。筆者は、この点に関して、事情は少し違うと感じている。まず、「中小企業ほどデジタル化のメリットが享受できそうだ」という仮説は、現時点まではあまり妥当していないと思える。むしろ、中小企業の方がデジタル化は遅れているのが現状だ。大企業の方が、デジタル化が進んでいて、さらにコロナ禍では一段とデジタル化へ舵を切ってそのメリットを高めたいと思っている。

先に述べたテレワークの中では、様々に仕事の仕方が柔軟化された事例がある。打ち合わせや会議はビデオ会議システムを使ってオンラインで行われ、出張や面会も不要不急でないものは、その多くが電話やメールに代替された。こうした広義のリモートワークは、働く人の時間節約と自由裁量を増やし、「働き方改革」の延長だと再解釈された。どちらかというと、大企業の成功事例を、中小企業についても展開して、生産性を高めようという流れだと思える。

その一方で、大企業・中堅企業には、事業見直しの新しい流れがある。事業のアウトソーシングである。ここ数年、給与計算や経理事務を外部委託して、事務量を軽減しようという動きがある。すでに、ホームページ作成・更新事務、システム管理・メンテナンスなどIT分野では、外部委託が普通に行われている。その範囲を自社固有と思われていた給与計算・経理にまで広げようという動きである。自前主義の転換と言ってもよい。これは、海外ではオフショアリングと呼ばれて、欧米からインドなどに委託される活動として知られていた。日本では、この活動が広がり、さらにリモートワークの普及で一段と拡大するとみられている。大企業などの外部委託は、ギグワーカー(独立業務請負人)と呼ばれる個人事業主やベンチャー企業などが仕事を請け負う市場を広げることにもなっている。内製化から外注化へのシフトがIT化によって進む動きだと言える。

おそらく、中小企業こそメリットが大きいという状態は、その先にあるものだろう。もしも、現在、大企業・中堅企業で進んでいるアウトソーシング、あるいは外部のビジネスサポートの市場が厚くなれば、それを中小企業であっても、安価な費用で利用することができる。今は、自前で行っている事務を、大きな固定費をかけずに行える。少し抽象的に言えば、中小企業の人材が、得意分野に特化して、周辺事務をアウトソースできるので、「選択と集中」が実現できて、より生産性を上げて成長しやすくなる。

デジタル化はそうした基礎になると考えられているから、アウトソーシングの裾野が広がったとき、事後的に「デジタル化は、中小企業によりメリットが大きかった」という結論になるかもしれない。実際、筆者がアウトソースを行っている事業者から話を聞くと、中小企業には紙の文化や書類を転記する手続きが残っていて、それが障害になっていると話してくれた。この点は、大企業でも共通することだろう。デジタル化を前提に事務内容を柔軟に変革できないと、その恩恵を受けにくいということだ。

新しい市場の特性

今後、アウトソースを利用するビジネスは、リープフロッグを促す可能性があるだろう。すでに、いくつかの事例がある。新しいビジネスモデルの中で有名なのは、民泊サービスと宅配サービスである。ともに、宿泊施設と宅配人は、社外の委託者を使う。宅配ビジネスなどは、まさしくギグワーカーを組織化して利用することに成功したビジネスモデルと言える。新ビジネスの事業者は、ギグワーカーのネットワークを利用することで、うまく収益を上げる。今後は、企業などが所有する実物資産・労働力を貸し出して、より効率的に利用する新ビジネスが出現するのではないか。

日本の中小企業が同じようなネットワークを構築するのはすぐには難しいかもしれないが、その発想はきっと誰かが具体的に実行していくだろう。自社の人員が余っているから、短期間の契約で他社に貸し出そうという発想で、新しいビジネスを仕掛けることはできる。所有と利用を分離して、そのニーズを仲介するビジネスは将来有望だと考えられる。

拡大するEC市場

デジタル化によって、リープフロッグに成功できそうな市場はどこだろうか。変革が起こるときは、供給サイドだけではなく、需要側でも地殻変動が起こって、両者がシンクロするものだ。

筆者は、需要側の大きな変化としてネット取引市場の拡大を挙げる。中小企業が、この市場で成長を得られるチャンスは大きい。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」では、2019年時点でのBtoC電子商取引の市場規模が19.4兆円としている(図表1)。内訳は、衣類・服装雑貨が1.9兆円、家電・AV機器・PC周辺機器が1.8兆円、食品・飲料・酒類が1.8兆円となっている。電子取引が占めるウエイトでは、事務用品・文房具が42%、書籍・映像・音楽ソフトが34%となっている。物販の電子商取引はすでに全体の6.7%がデジタル化(ネット取引へのシフト)している。総務省「家計消費状況調査」では、直近の2021年11月は前年比33.2%も増えている。旅行・チケットを除くと、前年比53.3%増とコロナ禍での成長が著しい(図表2)。その中では、出前が前年比2.3倍、電子書籍が前年比2.0倍と大きく伸びている。これだけでも一種の跳躍と言ってもよいだろう。

第一生命経済研究所
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さらに、電子商取引には、もっと巨大な潜在力がある。海外向けの市場には拡大が見込める。経済産業省の調べでは、中国の消費者が日本の事業者から購入した金額は2019年1.7兆円、米国の消費者が日本の事業者から購入した金額は2.0兆円となっている。オンラインゲームや電子書籍、音楽・動画配信といったデジタル系の取引は、中国など越境取引に馴染みやすく、まだ伸びる可能性が高い。

さらに言えば、中国は消費市場の35%がEC経由であり、実額で201兆円(2019年)もあるという(図表3)。世界のEC市場の2/3が中国の市場によって占められている。この巨大市場では、日本製品が海外製品の中で1番人気である。化粧品、食品、日用品が人気の品目である。日本からの越境ECは、中国のEC市場全体(201兆円)の中の僅か1.7兆円なので、もっと成長してもおかしくない。筆者は、日本の小売・サービス業がリープフロッグになるには、中国市場へのアクセスだと考えている。

また、越境ECは、複線的なビジネスとしても有利だと考えられる。2020年のようにインバウンド消費がほぼ停止してしまっても、越境ECによる消費は継続されていると考えられる。今後、インバウンドが再開したときは、訪日外国人旅行者が、日本で製品を購入した体験を思い出して、その後、越境ECで買ってくれることが期待される。越境ECとインバウンド消費は、長期的に双方向で成長が可能な分野だろう。日本の小売・サービス業にとっては、中国企業のサイトに出店したり、中国語などで海外向けサイトを設けることで、海外顧客を獲得する道筋をつくることができる。この分野での事業展開は、中小企業に限らず、海外向けの販売ビジネスがリープフロッグになれるチャンスを持っていると筆者は考える。

リープフロッグの反対語は何か?

イノベーションのジレンマは、クリステンセン氏の例では、優良企業が没落するという流れであった。筆者なりに原理を考えると、それは優良企業でなくても成り立つ。既存技術のロックイン効果が強く作用して、自己革新ができない企業が対象となる。おそらく、それは大企業でも、中小企業でも同じことだろう。中小企業であっても変わることができない企業は没落するし、大企業であっても変わることができる企業は繁栄できる。環境適応の能力こそが、技術進歩に伴う業績の明暗を分ける。

適応能力の基礎の部分には、企業の従業員の意識がある。その部分で大企業と中小企業には違いがあるだろう。中小企業の従業員の方が、経営破綻リスクに敏感で、逆に業績拡大が起こったときのメリットを実感しやすい。大企業の従業員は、そうした感覚は乏しい。また、既存技術をひっくり返してまで新しいことをしようというインセンティブも少ない。もっと言えば、新しいことを始めるときはリスクが付きまとうが、リスクテイクに見合った報酬がないので、わざわざ新しい技術を導入しようとしない行動バイアスが働く。この点は、起業家精神とも深く関連する。中小企業の方がリープフロッグがしやすく、大企業がリープフロッグをしにくい原理になる。

ところで、リープフロッグの反対語は何だろうか。答えは、「ゆでガエル」である。環境変化に鈍感な企業は、変革に失敗して淘汰されていくということだ。日本は人口減少によって市場が縮小するトレンドにある。だからこそ、成長のフロンティアを海外やデジタルの世界に求めて、体質改善をしていかなくてはいけない。大企業のトップは常にゆでガエルにならないように、心を砕いて経営をする必要に迫られるのだ。

現在、多くの企業では副業・兼業を解禁しようという動きがある。実は、日本企業のカルチャーには元々強いロックイン効果が働いている部分がある。システムを自社用にカスタマイズして、人材もその企業でしか通用しないカルチャーに縛られる傾向である。そうした文化は、他社との交流が少ないから起こるのだと筆者はみている。そうした内向きカルチャーを変えるには、他社の良い部分を見習って企業が自己革新を遂げることが重要だ。副業・兼業が既存技術のロックイン効果の防止に必ずつながるとは限らないが、次第にカルチャーの変革を促す意味では有意義である。筆者は、副業・兼業の解禁を通じて、企業内のガラパゴス化した人々の意識改革を促すことはとても有益だと考える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生