一都3県1か月限定発出でも、GoTo停止延長で失業者数+8.6万人増の可能性
要旨
● 政府は東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県を対象に緊急事態宣言を再び発動する運びとなった。特に今回は、感染リスクが高いとされる飲食店の営業時間短縮に取り組むとされており、一か月程度が想定されている。また、12月28日から1月11日までとなっていた観光需要を喚起する「GoToトラベル」の停止も継続する。
● 仮に前回同様に最低7割以上の人の接触削減を目標とする緊急事態宣言の発出により一都三県の不要不急消費が一か月止まると仮定すると、2020年7-9月期の家計消費(約57.5兆円)を基準とすれば、最大▲3.3兆円の家計消費が減ることを通じてGDPベースで最大▲2.8兆円(年間GDP比▲0.5%)の損失が生じ、半年後に+14.7万人程度の失業者が発生する計算になる。
● 仮に飲食店中心の緊急事態宣言の発出により一都三県の外食が1/3、それ以外の不要不急消費が半減すると仮定すると、2020年7-9月期の家計消費を基準とすれば、▲1.7兆円程度の家計消費減を通じてGDPベースで▲1.4兆円(年間GDP比▲0.3%)の損失にとどまるが、半年後に+7.5万人程度の失業者が発生する計算になる。
● GoToトラベルを緊急事態宣言解除まで停止する影響も加味すれば、▲1.9兆円程度の家計消費が減ることを通じて、GDPベースで▲1.6兆円(年間GDP比▲0.3%)の損失に拡大し、半年後に+8.6万人程度の失業者が発生する計算になる。
● そもそも経済へのダメージが大きい緊急事態宣言を発出せざるを得ない背景には、医療提供体制のボトルネックがある。冬場にかけての「GoToトラベル」の停止に加えて緊急事態宣言発出となれば、戻りかけた日本経済がまた悪化に転じてしまう状況は避けられない。
● 医療のボトルネックやワクチンの接種率上昇などにより感染症へのリスクを取り払わない限り、日本経済の復活はないと言えよう。
はじめに
首都圏で新型コロナウィルスの感染拡大が続く中、政府は東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県を対象に緊急事態宣言を再び発動する運びとなった。特に今回は、感染リスクが高いとされる飲食店の営業時間短縮に取り組むとされており、一か月程度が想定されている。また、12月28日から1月11日までとなっていた観光需要を喚起する「GoToトラベル」の停止も継続するとのことである。一方、教育現場への影響を避けるために、小中高や大学への休校要請はしない方針となっている。
こうした新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言は、外出制限や交通規制に対して強制力がなく、海外で行われているロックダウンを実施することにはならない。しかし、昨年4-5月にかけての発出により2020年4-6月期のGDPが過去最大の落ち込みを示したことからすれば、更なる経済活動自粛の動きが強まることは確実だろう。
飲食店中心発出でGDP▲1.4兆円減
前回の緊急事態宣言発動に伴う外出自粛強化により、最も影響を受けたのが個人消費であり、実際に2020年4-6月期の家計消費(除く帰属家賃)は前期比で▲7.0兆円、前年比で▲8.3兆円落ち込んでいる。
そこで緊急事態宣言発出の影響を試算すべく、直近2020年7-9月期の家計調査(全世帯)を基に、外出自粛強化で大きく支出が減る不要不急の費目を抽出すると、外食、設備修繕・維持、家具・家事用品、被服及び履物、交通、教養娯楽、その他の消費支出となり、支出全体の約51.7%を占めることになる。
また、直近2017年の県民経済計算を基に、一都3県の家計消費の割合を算出すると、33.2%となる。そこで、不要不急消費の割合と一都三県の家計消費が全国の約1/3を占めることからすれば、仮に前回同様に最低7割以上の人の接触削減を目標とする緊急事態宣言の発出により一都三県の不要不急消費が一か月止まると仮定すると、2020年7-9月期の家計消費(約57.5兆円)を基準とすれば、最大▲3.3兆円の家計消費が減ることになる。
しかし、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.86となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPベースで最大▲2.8兆円(年間GDP比▲0.5%)の損失が生じる計算になる。
また、近年のGDP と失業者数との関係に基づけば、実質GDP が1兆円減ると2四半期後の失業者数が5.2 万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、一都3県で緊急事態宣言が1か月発出されることにより、半年後に+14.7 万人程度の失業者が発生する計算になる。
しかし、今回の発出は感染リスクが高いとされる飲食店の営業時間短縮が中心とされている。そこで今回の影響を試算すべく、仮に飲食店中心の緊急事態宣言の発出により一都三県の外食が1/3、それ以外の不要不急消費が半減すると仮定すると、2020年7-9月期の家計消費を基準とすれば、▲1.7兆円程度の家計消費が減ることになる。そして、付加価値誘発係数に基づけば、GDPベースで▲1.4 兆円(年間GDP比▲0.3%)の損失にとどまる計算になる。また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、一都3県で飲食店中心の緊急事態宣言が1か月発出されることにより、半年後に+7.5万人程度の失業者が発生する計算になる。
GoTo停止加味すればGDP▲1.6兆円減
ただ今回は、12月28日から1月11日までとなっていた観光需要を喚起する「GoToトラベル」の停止も継続するとのことである。このため、GoToトラベル停止が延長される影響も無視できないだろう。特に、年明け以降は旅行業界にとって春休みや卒業旅行で稼ぎ時である。今年はコロナでGW、夏休みに続いてトリプルパンチの状況になり、影響は深刻だろう。
そこで、GoToトラベル一時停止による経済損失を試算すると、全国が12月28日から1月11日まで停止することによる旅行消費の損失は830億円程度となる。経済全体から見た額としてはそれほど大きく見えないかもしれないが、ただでさえコロナでダメージを受け続けてきた観光関連業界を中心にかなり厳しい損失になるだろう。
このため、GoToトラベルを緊急事態宣言解除まで停止する影響を加味すれば、▲1.9兆円程度の家計消費が減ることを通じて、GDPベースで▲1.6兆円(年間GDP比▲0.3%)の損失に拡大する計算になる。また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、半年後に+8.6万人程度の失業者が発生する計算になる。
そもそもの問題が医療提供体制のボトルネック
しかし、そもそも経済へのダメージが大きい緊急事態宣言を発出せざるを得ない背景には、医療提供体制のボトルネックがある。
というのも、G7諸国で医療提供体制を比較すれば、日本の人口当たり病床数は第二位のドイツを1.5倍以上上回っている一方で、人口当たりのコロナ感染者数や死者数はドイツの10分の一以下にとどまっている。
このように、世界最高レベルと言われてきた日本の医療提供体制が、人口当たりの病床数などで厳しい状況にあるのは、医療資源を有効活用できていないからにほかならない。今の状況で緊急事態宣言発出はやむを得ないかもしれないが、べき論からすれば、もう少し感染が落ち着いていた秋の時点で医療提供体制を充実させる策を打っておくべきだったといえよう。
日本の医療提供体制のボトルネックの一因として、日本は民営の病院のウエイトが高く、行政の制御が効かない側面が指摘されている。背景には、新型コロナウィルスの患者を引き受けると他の医療サービスに資源を割けず収益減になることがある。従って、コロナ患者を引き受けた病院への財政的な支援を充実させておけば、結果が異なっていたかもしれない。
2020年11月の労働力調査では、宿泊・飲食サービス関連を中心に雇用環境改善の兆しが見え始めていたが、冬場にかけての「GoToトラベル」の停止に加えて緊急事態宣言発出となれば、戻りかけた日本経済がまた悪化に転じてしまう状況は避けられないだろう。
こうした状況を踏まえれば、医療のボトルネックやワクチンの接種率上昇などにより感染症へのリスクを取り払わない限り、日本経済の復活はないと言えよう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣