要旨
● 2020年の世界経済はコロナショックにより大きく落ち込んだ一方、株価は各国の異次元の金融・財政政策に加えて、ワクチン浸透後の世界経済の回復を先取りする形で、コロナショック以前の株価を上回る水準まで上昇した。日経平均株価も29年ぶりの水準まで上昇した中、日本経済の下支え要因となったのが、コロナショックに伴う原油価格の下落である。
● 2021年の景気を占う上では、ワクチンの浸透が大きなカギを握る。特に、移動や接触を伴うビジネスにおける需要効果は大きい。仮に2021年に東京五輪が開催されれば、9か月間で15兆円以上落ち込んだ国内のサービス関連消費の大幅な回復が期待できそうである。ただ、逆にワクチンの普及が遅れれば、東京五輪も開催が危うくなり、個人消費は引き続き、サービス関連消費を中心に停滞を余儀なくされる可能性もある。
● 今年の日本経済を占う上では、スガノミクスの行方も大きなカギを握っている。デジタル化や中小企業・地銀再編などはサプライサイドを強化する政策のため、需要の持ち直しが不十分な中で強行すると、痛みを伴う可能性もある。一方、経済が正常化する前に金融・財政政策が拙速に手仕舞われることにより、経済が正常化に向かうチャンスを逸すれば、日本経済が失われた40年に突入するリスクもある。構造改革や解散総選挙の状況次第で菅政権の政権基盤の揺らぎが生じることになれば、マーケット環境の悪化を通じて日本経済に悪影響を及ぼすリスクもある。
● バイデン政権の経済政策に対する不確実性も日本経済に大きく影響を及ぼす。息切れ感が出てきた追加の経済政策の実施時期が遅れれば米国経済が腰折れする懸念が残る。また、個人所得・キャピタルゲイン税の最高税率引き上げや連邦法人税率の引き上げ、巨大IT企業に対する増税等の実現可能性が高まれば、市場関係者は積極的なポジションを取りにくくなり、株安等を通じて米国経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
● 金融市場のバブルもリスク。ワクチンの普及などにより経済が正常化に向かう期待が高まり、世界の政府・中央銀行が金融・財政政策の拙速な出口に向かうようなことになれば、2013年のバーナンキショックのように、金融市場が大きく混乱することになり、日本経済への悪影響も無視できないことになる。
100年に一度の危機を経験した世界経済
2020年の世界経済はコロナショックにより大きく落ち込んだ。特に米国は、手厚い経済対策の影響などがあったものの、失業率が15%に近づく水準まで上昇した。
一方、株価はコロナショック直後には大きく水準を下げたものの、各国の異次元の金融・財政政策に加えて、ワクチン浸透後の世界経済の回復を先取りする形で、コロナショック以前の株価を上回る水準まで上昇した。
こうした中、2020年の日本経済を一言で表現すると、四重苦だったといえよう。①米中摩擦の影響で既に2018年11月から景気後退局面だったところに、②2019年10月に消費増税を強行したことで悪循環をさらに加速させ、③そこにコロナショックが追い打ちをかけ、④数少ない期待だった東京五輪が延期となった散々な年だった。
ただ、政府・日銀の協調した金融・財政政策や海外経済の持ち直し、ワクチンの開発期待などにより、日経平均株価は29年ぶりの水準まで上昇した。こうした中、日本経済の下支え要因となったのが、コロナショックに伴う原油価格の下落である。エネルギーコストが軽減したことにより、所得の海外流出を抑制する要因となった。
ワクチン普及と東京五輪
2021年の景気を占う上では、ワクチンの浸透が大きなカギを握るだろう。特に、移動や接触を伴うビジネスにおける需要効果は大きい。なぜなら、コロナショックの影響で日本のサービス消費とインバウンド消費を含むサービス輸出は、2020年1-3月期から7-9月期までの累計で前年と比べてそれぞれ12.4兆円、3.9兆円減っているからである。
2020年の訪日外客数は新型コロナウィルスの世界的まん延による悪影響などもあり、2019年の3188万人から400万人前後に激減しそうである。ただ、仮に2021年に完全な形ではなくとも東京五輪が開催されたりワクチンが浸透したりすれば、コロナ前の水準には戻らなくとも、9か月間で15兆円以上落ち込んだ国内のサービス関連消費の大幅な回復が期待できそうである。
加えて、東京五輪が開催されれば、観戦のための国内旅行やテレビなどの特需が発生することが予想される。特にテレビに関しては、2011年7月の地デジ化に向けて多くの世帯で買い替えが進んでから、買い替えサイクルの10年以上が経つため、買い替え需要はかなりあることが期待される。
なお、政府の目標通りに2021年前半中に全国民分のワクチンを確保し、順調に接種できれば、年後半にかけて国内サービス関連消費が正常化に向かう可能性があるだろう。ただ、逆にワクチンの普及が遅れれば、東京五輪も開催が危うくなり、個人消費は引き続き、サービス関連消費を中心に停滞を余儀なくされる可能性もあるだろう。
スガノミクス
今年の日本経済を占う上では、スガノミクスの行方も大きなカギを握っているだろう。昨年9月に発足した菅政権は、アベノミクスの継承とともに、デジタル化や携帯料金引き下げ、中小企業・地銀再編等の構造改革メニューも打ち出した。しかし、デジタル化や中小企業・地銀再編などはサプライサイドを強化する政策のため、需要の持ち直しが不十分な中で強行すると、痛みを伴う可能性もあるだろう。
一方で、経済が正常化に向かえば、コロナショックで大幅に拡大した金融・財政政策にも正常化圧力がかかる可能性がある。しかし、そもそもコロナショック以前でも日本経済は経済が正常化していなかった。このため、経済が正常化する前に金融・財政政策が拙速に手仕舞われることにより、経済が正常化に向かうチャンスを逸すれば、日本経済が失われた40年に突入するリスクもあるだろう。
また、菅首相が自民党総裁として在任できる最長期限は2021年9月末だが、その翌月10月21日が衆議院議員任期満了となることからすれば、自民党総裁選前の2021年中に解散総選挙を行う可能性もあるだろう。
このため、構造改革や解散総選挙の状況次第で菅政権の政権基盤の揺らぎが生じることになれば、マーケット環境の悪化を通じて日本経済に悪影響を及ぼすリスクもあるだろう。日本株の売買は6割以上が外国人投資家であるため、菅政権の政権基盤が盤石なほど、外国人投資家が日本株を保有しやすくなり、基盤が揺らぐほど手放されやすくなる。そうなれば、日本経済も困難を強いられることになるかもしれない。
バイデン政権の不確実性
2021年1月に発足する予定のバイデン政権の経済政策に対する不確実性も、日本経済に大きく影響を及ぼすだろう。中でも最大の注目は、息切れ感が出てきた追加の経済政策である。規模もさることながら、実施時期が遅れれば米国経済が腰折れする懸念が残る。
また、バイデン氏は個人所得・キャピタルゲイン税の最高税率引き上げや連邦法人税率の引き上げ、巨大IT企業に対する増税等を公約に掲げている。この実現可能性が高まれば、市場関係者は積極的なポジションを取りにくくなり、株安等を通じて米国経済に悪影響を及ぼす可能性がある。逆に、議会のねじれ等により、増税が回避されるようなことになれば、米国経済にとっては短期的にポジティブだろう。
一方、バイデン政権の通商政策運営もリスクだろう。バイデン氏はトランプ氏の通商政策をかなり批判してきたため、通商政策の不透明感が少し和らぐ可能性があるとの見方もある。しかし、米民主党政権は民主主義や人権を非常に尊重しているため、人権問題や安全保障に関して強気な対応をしてくれば、米国経済に悪影響が及ぶ可能性もあるだろう。
さらに、金融市場のバブルもリスクだろう。特に、世界の政府・中央銀行は世界恐慌以来の危機とされるコロナショックの状況にあるため、異次元の金融・財政政策に動いている。しかし、ワクチンの普及などにより経済が正常化に向かう期待が高まり、世界の政府・中央銀行が金融・財政政策の拙速な出口に向かうようなことになれば、2013年のバーナンキショックのように、金融市場が大きく混乱することになり、日本経済への悪影響も無視できないことになるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣