本記事は、ジョー・ボアラー氏の著書『「無敵」のマインドセット 心のブレーキを外せば、「苦手」が「得意」に変わる』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

世界を覆す発見

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(画像=PIXTA)

「北米のトスカーナ」とも呼ばれるカリフォルニアの町のヴィラに住むマイケル・メルゼニッチは、世界を牽引する神経科学者で、現代科学の大発見に遭遇した人物だ。1970年代、メルゼニッチ率いる研究チームは、最新技術を使ってサルの脳内を区分けし、「マインドマップ(心の地図)」という、作業中の脳の地図を作製していた。

当時最先端の刺激的な研究であり、彼らはその結果が科学者のコミュニティに波紋を投げかけることを期待していた。ところが、メルゼニッチたちの発見は、波紋どころではなく、人間の運命を大きく変える大波を引き起こすことになった。

研究チームはサルの頭脳のマインドマップ作りに成功すると、その地図をひとまず脇に置いて、他の作業を続けていた。そしてマインドマップに立ち戻ったときに、そこに描き出されたサルの脳のネットワークが変化していることに気づいた。メルゼニッチ自身は、次のようにふり返っている。

「私たちが目にしたのは、まさに驚くべきものだった。まったく理解できなかった」

最終的に科学者たちは、唯一考えられる結論を導き出した──サルの脳が変化を続けていて、その変化が急速であることだ。これが、現在広く知られている「神経可塑性」の発見である。

メルゼニッチがこの発見を発表すると、他の科学者が反発した。多くの人は、自分が確信していたことが間違っていたという事実を受け入れられなかった。脳は生まれたときから変わらないと信じる科学者と、成人するまでの過程で定まると考える科学者がいたが、成人の脳が毎日変化しているとは誰も考えていなかったのだ。それから20年が経たち、現在では、神経可塑性に最も激しく反対した人々でさえも鎮まっている。

残念なことに、学校や大学、企業や文化風土は、何百年にもわたって「できる人とできない人がいる」という考えに基づいて構築されてきた。だから、生徒をさまざまなグループに分け、異なる方法で教えるというやり方が理にかなっていたのだ。

学校や企業内の個人が能力を発揮できないとしたら、それは教育方法や環境のせいではなく、脳に限界があるからだと考えられた。しかし、脳に可塑性があることが判明して数十年が経った今こそ、学習と可能性に限界があるという有害な通念を根絶すべきなのだ。

勉強家のタクシー運転手

動物の脳の可塑性を示す証拠が明らかになったことで、研究者は人間の脳が変化する可能性に注目し始め、当時、最も説得力のある研究が、ロンドンで行われた。私が初めて大学での職を得た街でもあるロンドンは、世界有数の活気ある都市で、常に何百万人もの住民と訪問者であふれている。

そして毎日、何千もの主要な高速道路や街路に、この街の名物である黒塗りのタクシー「ブラックキャブ」を見かける。運転手は、きわめて高度な職業規範を守っている。タクシーに乗りこんで行き先を告げ、運転手が道を知らないと、タクシー会社に報告が行くほどだ。

ロンドンのすべての道路を覚えるのは大変難しく、運転手は学習のために膨大な時間を費やす。ロンドンのタクシーの運転手になるには、少なくとも4年は勉強する必要がある。最近私が使ったタクシーの運転手は、7年間勉強したと話していた。運転手は、中央に位置するチャリング・クロス駅から半径10キロ以内にある2万5000の道路と2万種類の目印をすべて記憶しなければならない。

これは、がむしゃらに暗記するだけで達成できるタスクではない。道路を運転し、実際に通りや目印や道の接続を体験して、頭にたたきこまなければならない。トレーニング期間が終わると、「ザ・ナリッジ(知識)」と名づけられた試験を受ける。合格するまでに、平均12回試験を受けるそうだ。

ロンドンのタクシーの運転手が、これほどまでの集中的な厳しいトレーニングを必要とすることに、脳科学者たちは興味を示し、トレーニングの前後の運転手の脳を調べてみることにした。すると厳しい空間トレーニングのあとに、タクシー運転手の脳の海馬が大幅に成長したことがわかったのだ。

この研究は、多くの理由から意義深いものだった。1つには、研究が幅広い年齢層の成人を対象とし、その全員が相当の脳の成長と変化を示したこと。2つめは、成長した脳の領域である海馬が、あらゆる空間的・数学的思考に重要な働きをすることだ。また、運転手がタクシーの仕事をやめると、海馬が再び萎縮したことがわかった。

原因は加齢ではなく、使われなくなったことだ。脳の可塑性がここまで大きな変化をもたらすことは、科学界に衝撃を与えた。脳は、成人が勉強し習得するにつれて新しい接続と回路を成長させ、必要でなくなるとそれは消失していくのだ。

こういった発見は2000年代初頭に始まったが、ほぼ同時期に医学界でも神経可塑性の領域での発見が見られた。その1つが、命に関わる発作を起こす難病に苦しんでいた9歳の少女キャメロン・モットの脳の例である。

医師は、キャメロンの脳の右側全体を除去するという、思い切った手術を行うことにした。脳が身体の動きを制御するため、キャメロンは長年もしくは生涯にわたって、身体が麻痺することが見込まれていたのだが、驚いたことに、手術後の体は予想外に動くようになった。

唯一導き出すことができた結論は、左側の脳に新しい接続が成長し、脳の右側の機能を補ったということ、そして医師の予測よりも速いスピードで成長が起こったということだ。

以来、他の子どもたちについても、脳の半分を切除する手術が行われるようになった。クリスティーナ・サントハウスは8歳で手術を受けた。執刀医は、後に大統領に立候補した脳外科医のベン・カーソンだ。クリスティーナはその後、高校で優秀な成績をおさめ、大学を卒業し、修士号を取得して、現在は言語病理学者である。

このように、神経科学と医学の分野で、脳が常に成長し変化するという複数のエビデンスがある。脳は朝起きるたびに前日とは異なっているのだ。

「無敵」のマインドセット 心のブレーキを外せば、「苦手」が「得意」に変わる
ジョー・ボアラー(Jo Boaler)
スタンフォード大学教育学部教授。世界で2億3千万人の生徒が参加する非営利の学習リソースサイト、ユーキューブド(youcubed)のディレクターでもある。オンライン大学講座(MOOC)の数学教育カリキュラム制作の第一人者であるほか、これまでに9冊の本を上梓し、研究論文や記事も多数執筆。ニューヨーク・タイムズ紙、タイム誌、テレグラフ紙、アトランティック誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など多くの媒体に掲載されている。英国BBC局が選ぶ、「教育を変える8人」に名を連ねる。カリフォルニア州スタンフォード在住。

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