本記事は、ジョー・ボアラー氏の著書『「無敵」のマインドセット 心のブレーキを外せば、「苦手」が「得意」に変わる』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています
間違いの科学
学びの途中で行きづまったり間違えたりしてもいいという意識を持つと、学習体験を向上させる神経細胞(ニューロン)の接続が強化されることがわかっている。神経科学と高成績者の行動研究の両方で、ミスやつまずきがプラスの影響を与えるという結果が出ているのだ。
これは読者からすれば、予想に反するものかもしれない。というのも、正解することが絶対に必要だと信じてきた人が多いからだ。常に正解し、ミスをしてはいけないという考え方から解放されると、意識の革命が起きる。
私が初めて、間違えることのプラスの影響に気づいたのは、教師のためのワークショップを主催したときだった。マインドセット研究の先駆者であるキャロル・ドゥエックも参加し、その日出席した大勢の教師たちが、ドゥエックの話に熱心に耳を傾けていた。「ミスをするたびに、脳のシナプスが発火──つまり活性化し、これは脳が成長していることを示しています」
聞いていた教師たちは皆、ショックを受けた。どの教師も、間違いは避けるべきという前提で仕事をしていたからだ。ドゥエックは続いて「しなやかな思考」と「固定された思考」の脳の反応の違いについて紹介した。
このドゥエックの研究を応用して、素晴らしい発見をしたのが、ジェイソン・モーザーの研究チームだ。試験を受けている被験者の脳をMRI技術で監視し、正解したときと不正解のときの脳をスキャンしたところ、不正解のときのほうが脳が活発になり、強化と成長が見られることがわかったのだ。間違えることが神経回路の強化につながることは、現在は神経科学者の間で意見が一致している。
現在、ほとんどの学校は全員の成功を目指したクラス作りをしているため、カリキュラムと教材は、生徒の正解率を上げるような、難易度が低い問題で構成されている。正解することが、より大きな成功への意欲につながると一般的に信じられているからだ。しかし実際は、問題に正解することは、脳にとって良いエクササイズになるとは言えない。
脳を成長させるためには、理解度のぎりぎり上をいくような、手ごわい問題に取り組む必要がある。さらに、その取り組みにおいては、生徒に間違いをうながすような課題を与えるだけでなく、その間違いがメリットになることを教え、挑戦を妨げない環境作りをすることが重要になる。
その両方が連携して初めて、理想的な学習体験となるのだ。ダニエル・コイルは、高得点者の割合が通常よりも多い環境、つまり「才能の温床」についての研究を行い、成果は生まれつきの能力ではなく、特別な訓練と実践によるものだという結論を出した。
注目すべきなのが、音楽、スポーツ、学問の分野で学習に優れた人のうち、きわめて高いレベルに到達した人全員が、「ミエリン」による脳の回路のコーティングを引き起こす種類の訓練をしていたことだ。
脳は、神経線維を含むニューロンが、網の目のように互いに連結し合って機能している。ミエリンは、線維を包みこむ断熱材のようなもので、信号の強度と速度と精度を高める役割をする。たとえば、アイデアをふり返ったり、サッカーボールを蹴ったりすると、ミエリンはそれに関連する神経回路を覆って、特定の回路を最適化し、次のときには、もっと効率的な動きや思考ができるようにしてくれる。
だからミエリンは、学習プロセスに不可欠なのだ。ほとんどの学習には時間がかかるが、ミエリンは、信号を強化して、回路を徐々に強化することで、学習のプロセスを助けてくれる。
コイルは、最高峰の成功を手に入れた数学者、ゴルファー、サッカー選手、ピアニストの鍛錬の方法を例に挙げて、ミエリンの役割を解説している。世界的な熟練者たちは、ミエリンが何層にも巻きついて効率性の高い「超一流の回路」を持っているのだそうだ。
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