最近日本でもESGという言葉が知られるようになりました。投資家も企業のESGへの取り組みを投資の基準にするようになっています。その取り組みの姿勢を評価するのがESG投資の格付け機関です。どのような項目で企業を評価するのでしょうか。格付け機関の概要とあわせ、日本企業の評価を紹介します。
目次
いま企業のESGへの取り組み、情報開示が求められている
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をあわせた言葉で、企業が取り組むべき具体的な項目を指します。野村総合研究所が刊行している「金融ITフォーカス」(2018)によると、ESG投資への必要性が求められるようになったきっかけは2006年に「国連責任投資原則」(PRI)が提唱されたことといわれています。この2年後にはリーマンショックが起き、長期的な視点に立った投資利益の追求が求められるようになりました。そのためには企業の持続的成長に向けた非財務情報の開示やリスクヘッジが必要であることから、ESG投資が世界的に広がる動きとなったのです。
同資料によると、2016年の世界のESG投資残高は22兆8,900億ドルあり、うち欧州が12兆40億ドルと半分以上を占めています。そこで、巨額の投資資金がESG投資に向かっていることから必要になるのが、ESGに取り組む企業に対する格付けです。
ESG投資の格付け機関とは
Bloombergが公表している「責任投資を正確に評価するには」というレポートによると、ESG格付けは次のように説明されています。
ESG格付けは、企業、投資家その他金融の専門家が、環境、社会、ガバナンス基準を意思決定に取り入れるために使うものです。
そのESG格付けのために存在するのがESG格付け機関です。ESG格付けは多くの企業が参入しています。代表的な格付け機関としては以下の3社が知られています。
MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)
アメリカのニューヨークに本拠を置く金融サービス企業で1998年に設立されました。株価指数の算出やポートフォリオの分析などを行っています。MSCIが算出するインデックス指数は各国の金融機関が利用しており、指数を基につくられた金融商品が世界各国で販売されています。MSCI ACWI、MSCI World、MSCI Japan、MSCI Kokusaiなどの指数が代表的で、株式投資における国際的なベンチマークとして高い評価を得ています。
MSCIの格付けの方法は、まず企業が公開している情報を基に、キーとなるイシュー(課題や問題)の数、時間軸、影響度の重みづけを行います。キーイシューが各産業で重要度が高いESG課題として評価のベースになります。それを基にエクスポージャースコア、管理スコアを算出して各テーマのキーイシュースコアを0~10のスケールで求めます。そして、各スコアを加重平均して、標準化したのち各企業の相対的なESGスコアが決定されます。格付けレーティングはAAAからCCCまでの相対的評価による7段階です。
FTSE Russell(フッツィー・ラッセル)
イギリスのロンドン証券取引所グループの子会社として1995年に設立された、FTSE(the Financial Times Stock Exchange)の格付け会社です。株価指数の算出や、関連する金融データの提供などを行っています。14のテーマで定性的指標・定量的指標によってアプローチが評価され、0~5のスコアが付与されます。14のテーマはESGのカテゴリー別に下表のように区分されています。
環境テーマ | 社会テーマ | ガバナンス・テーマ |
---|---|---|
生物多様性 | 人権と地域社会 | リスク・マネジメント |
水の安全保障 | 労働基準 | 税の透明性 |
汚染と資源利用 | 顧客に対する責任 | コーポレート・ガバナンス |
気候変動 | 健康と安全 | 腐敗の防止 |
サプライチェーン:環境 | サプライチェーン:社会 |
ベースになる調査項目が300超あり、気候変動や腐敗の防止など14のテーマにおいて、エクスポージャー(経済的なリスクの程度)やスコアの算出が行われます。この結果をESGの3つのピラー(柱)に集約し、格付けが決定されます。
Sustainalytics (サステイナリティクス)
オランダに本社がある格付け機関です。1992年に設立され、現在は有力情報機関の米Morningstarの傘下となっています。格付けレーティングは0-100の総合評価です。ただし、リスクレベルで評価する方式のため、数字が少ないほうが安全性は高く、100が最も悪い数字になります。40-100が“Severe ESG Risk”(深刻なリスク)とされています。
格付けの基準となるリスクレーティングは、次の5つから判断されます。
(1)どれだけのESGリスクにさらされているか(Company Exposure)
(2)ESGリスク全体のうち対象可能なリスクはどれだけあるか(Manageable Risk)
(3)ESGリスク全体のうち対処不能なリスクはどれだけあるか(Unmanageable Risk:(1)-(2))
(4)対処可能なESGリスクに対し、どれだけ対処できているか(Managed Risk)
(5)対処可能であるが対処できていないESGリスク(Unmanaged Risk:(2)-(4))
ESGリスクレーティング=対処できていないリスク全体=(3)+(5)
【参考】Sustainalytics「Company ESG Risk Ratings」
ESG格付けを決める評価項目
MSCI 、RobecoSAM、FTSE Russell など主要な格付け機関で、ESG格付けを決めるための評価項目の中心になるのは「ガバナンス」と「環境」です。これに機関によって「社会」「経済」「不祥事調査」(減点要因)などが加味されます。ほかにサステイナリティクスのようにリスクに重点を置いた独自の基準で評価している格付け機関もあります。すべてが同じ基準ではないため、金融機関や投資家は重点を置く評価基準によって利用する格付け機関を選ぶことになります。
たとえば、MSCIによる格付けではテーマごとに下表のようなキー・イシューを特定し、企業ごとにリスク・エクスポージャーとリスク管理が評価されます。
▽MSCI ESG格付けにおける評価項目
ピラー | テーマ | キー・イシュー |
---|---|---|
ガバナンス | コーポレートガバナンス | 取締役構成、報酬、オーナーシップと支配、会計リスク |
企業行動 | 企業倫理、公正な競争、汚職と政治不安、財務システムの安定、租税回避 | |
環境 | 気候変動 | 二酸化炭素排出量、環境配慮融資、製品カーボンフットプリント、気候変動脆弱性 |
自然資源 | 水ストレス、責任ある原材料調達、生物多様性と土地利用 | |
汚染と廃棄物 | 有毒物質と廃棄物処理、家電廃棄物、包装材廃棄物 | |
環境市場機会 | クリーン技術、再生可能エネルギー、グリーンビルディング |
ガバナンスへの評価
ESGのガバナンス分野では、近年企業の不祥事が相次いでいることから、不祥事が発生した場合は「リスク管理スコア」が減点される仕組みになっています。企業倫理に則った企業行動がESG格付けでも厳しく問われる時代になったといえます。
また、カルロス・ゴーン被告の不正報酬問題に揺れた日産自動車の例もあったことから、取締役構成や報酬も注視され、政治に絡む汚職も不安材料としてチェックポイントになっています。
環境への評価
ESGの環境分野では、経済界全体がパリ協定(2015)で掲げられた「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という通称“2℃目標”を達成するために、二酸化炭素排出量や、環境市場機会のなかのクリーン技術、再生可能エネルギーなどへの取り組みが今後も引き続き注目の評価ポイントになりそうです。汚染と廃棄物では、有害物質の廃棄処理方法や、過剰包装の問題も問われています。
ESG格付けが株価に与える影響
投資家がESG格付けを見て気にかけることのひとつは、格付け評価が株価の動向、ひいては指数の動向に影響を与えるかどうかでしょう。これについて、資産運用会社のアライアンス・バーンスタイン日本法人のWebサイトに興味深い論文が示されています。論文によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響で世界の株式市場が急落した2020年1~3月期において、ESG格付け上位企業と下位企業の株価は下落率に差異がみられたといいます。
1~3月期に「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス指数」の最高ESG格付け(AAAおよびAA)企業の株価下落率は平均15.6%でしたが、最低ESG格付け(BおよびCCC)企業は22.1%下落しています。ESG格付けが高いことで株価の下落率が6.5%ほど緩和されたといえそうです。
【参考】アライアンス・バーンスタイン「コロナ危機で急がれるサステナブル投資」
ESG投資における日本企業の評価は?
では、ESG投資における日本企業の評価はどのようになっているでしょうか。MSCIが発表した「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」に採用されている指数ウェイト1.0以上の25社の格付けは以下のようになっています。
▽「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」指数ウェイト上位25社(2020年12月現在)
コード | 銘柄名 | 指数ウェイト | ESG格付け |
---|---|---|---|
7203 | トヨタ自動車 | 5.9875 | BBB |
6758 | ソニー | 4.9712 | AAA |
6861 | キーエンス | 3.8778 | BBB |
7974 | 任天堂 | 2.5828 | AA |
4568 | 第一三共 | 2.5121 | A |
4063 | 信越化学工業 | 2.5095 | BBB |
6367 | ダイキン工業 | 2.4374 | AA |
8035 | 東京エレクトロン | 2.206 | AA |
6098 | リクルートホールディングス | 2.1863 | A |
6981 | 村田製作所 | 2.0806 | AA |
9983 | ファーストリテイリング | 2.0548 | AA |
9433 | KDDI | 1.9458 | AA |
8316 | 三井住友フィナンシャルグループ | 1.6052 | A |
4452 | 花王 | 1.5319 | AA |
8001 | 伊藤忠商事 | 1.5141 | AA |
9434 | ソフトバンク | 1.4558 | A |
4661 | オリエンタルランド | 1.4322 | A |
4519 | 中外製薬 | 1.3533 | AA |
8766 | 東京海上ホールディングス | 1.3297 | A |
9432 | 日本電信電話 | 1.2774 | A |
4911 | 資生堂 | 1.1902 | BBB |
6503 | 三菱電機 | 1.1277 | BBB |
6702 | 富士通 | 1.1253 | AA |
4503 | アステラス製薬 | 1.1245 | AA |
6752 | パナソニック | 1.0108 | AA |
日本を代表する指数ウェイト上位25社の格付けをみると、上位企業が必ずしも高評価とは限らないことがわかります。25社のなかで最高評価のAAA(トリプルA)に格付けされたのはソニー1社のみです。
「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」一覧に掲載されている銘柄全体に広げてもAAA評価企業は以下の8社に過ぎません。
▽MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数AAA評価企業
ソニー、オムロン、積水化学工業、アズビル、国際石油開発帝石、住友化学、イビデン、ダスキン
AAA評価企業に格付けされるのは狭き門ですが、日本企業のESG評価は下表のように世界的に立ち遅れています。相対的に欧米に比べてアジア圏のESGスコア平均は低く、今後の向上が待たれるところです。
▽FTSEのESGスコア平均(2018年6月時点)
国・地域 (対象企業数) | ピラースコア | 総合スコア | ||
---|---|---|---|---|
環境(E) | 社会(S) | ガバナンス(G) | ||
欧州(562社) | 3.4 | 3.3 | 3.9 | 3.5 |
アメリカ(617社) | 2.5 | 2.4 | 3.7 | 2.8 |
カナダ(63社) | 2.8 | 2.6 | 4.1 | 3.1 |
オーストラリア(94社) | 2.8 | 2.9 | 4.2 | 3.3 |
アジア(282社) | 2 | 2.8 | 1.8 | 2.2 |
日本(509社) | 2.2 | 1.8 | 2.5 | 2.2 |
以上、ESG投資格付け機関の概要と、日本企業の格付けの現状を確認しました。日本企業のESG評価は欧州に比べると各分野で大きな開きがあります。AAA評価がわずか8社という現状を考えると、日本企業のさらなるESGへの取り組み強化が求められます。(提供:JPRIME)
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