日本の中小企業の割合は、99.7%を占める。資金や従業員数が限られるなど、さまざまな制約がある中で、中小企業はどのように大企業との競争を勝ち抜いていけばよいのだろうか。
中小企業がビジネスで勝利を収めるために参考にしたいのが、ランチェスター戦略だ。今回は、ランチェスター戦略の意味やポイント、具体的にどのような経営戦略をとればいいのかを解説していく。
目次
ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、弱者と強者を区別し、効果的に勝機を探るにはどうすればいいかを説いた理論だ。中小企業が大企業との競争に勝つ上で、ランチェスター戦略の「弱者の戦略」は参考になる点が多い。
ランチェスター戦略は、もともとは戦争で発案された戦略理論だが、現在はビジネスにおいても広く活用されている。
ランチェスター戦略の歴史
ランチェスター戦略が考案されたのは、第一次世界大戦の時だ。
考案者は、イギリス人の航空工学エンジニアであるF・W・ランチェスター(1868年~1946年)だ。当時、戦闘機の開発に従事していた彼は、自分の製造した戦闘機が実践で生み出す成果に興味をもち、研究に着手する。
結果、兵力数と武器性能が敵への損害に大きく影響することを発見した。これがランチェスター戦略の始まりである。
ランチェスターが見出したランチェスターの法則は、第二次世界大戦中、米軍に徴用されたコロンビア大学の数学教授であるB・O・クープマンらにより、ランチェスター方程式ともいわれるクープマンモデルに発展する。
軍事研究の成果は産業界にも応用され、現代の経営戦略の源流になった。
日本では、コンサルタントの田岡信夫(1927年~1984年)が、ランチェスターの法則から戦略思想を、クープマンモデルから市場シェア理論を学び取り、競争戦略理論として体系化する。
この戦略理論がランチェスター戦略と呼ばれるようになった。
ランチェスター戦略の基本原則2つ
ランチェスターは、戦い方ごとに戦闘力の方程式を導き出した。続いては、ランチェスター戦略の第一法則と第二法則について解説する。
第一法則
第一法則は、一騎討ちを原則とした伝統的な戦いにおける法則だ。第一法則の方程式は次の通りだ。
戦闘力=兵力数×武器性能
武器性能が同じだとすると、10人の部隊と6人の部隊が戦った場合、人数の多い部隊が勝利する。
A部隊:兵力数10人×武器性能1=戦闘力10【勝利】
B部隊:兵力数6人×武器性能1=戦闘力6
武器の性能が異なる場合は戦闘力に差が出るため、人数が少ない部隊でも勝利する可能性がある。
A部隊:兵力数10人×武器性能1=戦闘力10
B部隊:兵力数6人×武器性能2=戦闘力12【勝利】
ランチェスター戦略の第一法則が当てはまるのは、局地戦や接近戦、一騎討ち戦だ。
第二法則
第二法則は、集団が複数の敵を攻撃する状況を想定した、近代的な戦いにおける法則だ。第二法則の方程式は次の通りだ。
戦闘力=兵力数の2乗×武器性能
第一法則との違いは、兵力数が2乗されることで影響力がより増す点だ。先ほどと同じ例を、第二法則に当てはめてみる。武器性能が同じ場合、人数の多い部隊が、第一法則のケースと比べて圧勝することになる。
A部隊:兵力数10人の2乗×武器性能1=戦闘力100【勝利】
B部隊:兵力数6人の2乗×武器性能1=戦闘力36
武器性能が異なる場合も人数がより強く戦闘力に影響するため、人数の劣る部隊が勝利を収めることが難しくなる。
A部隊:兵力数10人の2乗×武器性能1=戦闘力100【勝利】
B部隊:兵力数6人の2乗×武器性能2=戦闘力72
ランチェスター戦略の第二法則が当てはまるのは、広域戦や確率戦、遠隔戦だ。
ビジネスでは「兵力数=量」「武器性能=質」
ランチェスター戦略の方程式のうち、兵力数は「量」に、武器性能は「質」に、戦闘力は「競争力」に置き換えることができる。ビジネスにおけるランチェスター戦略の方程式は次の通りだ。
第一法則:競争力=量×質
第二法則:競争力=量の2乗×質
ビジネスにおける質とは、商品の品質や性能のほか、売り方、サポート、価格、提案力などを指す。ビジネスにおける量とは、営業担当者数や営業拠点数、商談頻度、サービス数、店舗面積などが該当する。
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ランチェスターの弱者の戦略は局地戦や接近戦、一騎討ち戦
ランチェスター戦略の第一法則と第二法則のうち、中小企業が注力すべきは第一法則だ。
第一法則は、第二法則と比べて数の影響を受けにくい。資金力や従業員数、店舗数や店舗面積等で勝る大企業と戦うには、第一法則のフィールドに持ち込むことが重要だ。
中小企業が具体的に戦うべきフィールドは、局地戦や接近戦、一騎打ち戦だ。例えば、特定の分野に特化し(局地戦)、顧客とSNS等でつながりを密にし(接近戦)、競合1社に打ち勝つ商品を提供する(一騎打ち戦)といった方法が考えられる。
また第一法則は、第二法則と比べて相対的に武器性能(=質)の影響が大きいといえる。つまり、営業方法やサポート体制、提案力といった商品・サービスの質を磨くことで、大企業にも勝つチャンスがある。
強者の戦略は広域戦や確率戦、遠隔戦
一方、大企業が注力すべきは第二法則だ。
第二法則は数がより大きく勝敗に影響することから、資金力や従業員数、店舗数で勝る大企業に有利となる。
大企業が具体的に戦うべきフィールドは、広域戦や確率戦、遠隔戦だ。例えば、競合の参入が相次ぐ巨大市場に乗り出し(広域戦)、大量の新製品を投入してシェアを獲得し(確率戦)、大々的なテレビCMで認知度の急拡大を目指す(遠隔戦)といった方法が考えられる。
中小企業は、大企業が強みを発揮する広域戦や確率戦、遠隔戦を極力避けることが大切だ。
市場の地位を決めるマーケットシェア理論
ランチェスター戦略をビジネスに活用する上でもう1つ参考にしたいのが、田岡信夫が導き出した「マーケットシェア理論」だ。
マーケットシェア理論では、以下の7つのシェアの目標地点が定められている。
(1)上限目標73.9%:市場シェアの最終目標値。競合他社と圧倒的な差をつけている。
(2)安定目標41.7%:多くの業界は5社以上競合が存在するため、市場シェア40%になると、首位を独走できる。
(3)下限目標26.1%:強者の最低条件で、これを達成すると安定したといえる。26.1%を下回る場合、仮にシェア1位だとしても、安泰とはいえない。
(4)上位目標19.3%:市場シェア3位以内で、1位を狙える位置にいる。
(5)影響目標10.9%:有名企業、黒字企業となる目安。
(6)存在目標6.8%:顧客に認知される目安。
(7)拠点目標2.8%:市場に参入できた目安。
このうち、(1)上限目標、(2)安定目標、(3)下限目標の3つを、市場シェア3大目標値と呼ぶ。
なお、市場シェア100%の一社独占状態になると、競争原理が働かなくなって市場そのものが縮小するリスクがある。そのため、市場が活性化される程度に競合他社が存在しつつ、圧倒的な存在感を維持できる「(1)上限目標:73.9%」が最終目標値とされている。
中小企業がランチェスター戦略を効果的に使う3ステップ
中小企業が大企業に勝ち、シェアを伸ばしていくためには、弱者の戦法である第一法則をとることが大切だ。第一法則で戦うときのポイントを3つ解説していく。
ポイント1.市場の細分化
中小企業がとるべき戦法、つまりランチェスター戦略の第一法則では、局地戦に持ち込むことが効果的だと解説した。つまり、細分化した市場でナンバーワンを積み重ね、最終的に強者の立場を目指すことが大切だ。
すでに大企業の営業所がある場合も、特定の地域のみをターゲットに地域密着で商品・サービスを提供すれば、その地域でのシェア1位を獲得することは可能だ。
地域の他に、業務内容を細分化する方法もある。例えば、照明器具全般を取り扱うのではなく、ペンダントライトのみに特化してブランディングを行い、シェア1位を獲得するといった手法だ。
小さな市場であっても、ナンバーワンになれば収益性・安定性・成長性が増し、さらなる事業展開を目指すこともできるだろう。
ポイント2.差別化
ランチェスター戦略の第一法則では、第二法則に比べ相対的に量より質が競争力に影響する。つまり、質を磨いて差別化を実現すれば、強者である大企業を圧倒できる可能性がある。
例えば、既存の商品より高性能な商品を開発する、商品販売後のサポートに注力する、店舗で個性的な商品の展示方法を検討する、といった差別化戦略が考えられる。営業方法や情報発信の工夫をしたり、新たな用途を提案したりするのも差別化手法の一つだ。
ポイント3.一点集中主義
一般的に、店舗数や営業担当者数などの量は、中小企業より大企業が勝っている。しかし、実際の営業ではリソースを分散せざるを得ないため、大企業でも全てをカバーできるとは限らない。
市場の細分化や差別化をした上で一点集中主義を徹底すれば、中小企業が量で大企業を圧倒することも可能だ。
県全体では強者だが、一部の市は手薄になりがちなケースはある。また、現役世代のファンは多いが、高齢者層は未着手といったこともある。
つまり、勝てそうな分野に狙いを定めて一点集中で営業をかけるとよい。全体の量が少なくても、一部の領域ではライバルに勝てるはずだ。
ランチェスター戦略で成功した事例3つ
今は大手として知られている企業も、実はランチェスター戦略で現在の地位を築いてきたのかもしれない。ここでは、ランチェスター戦略で成功した企業の事例を3つ紹介する。
事例1.スポーツ用品メーカー「アシックス」
スポーツ用品メーカー国内最大手のアシックスは、当初ミズノよりも小さいシェアだったが、創業当時から手掛けていたバスケットボールシューズの製造販売に一点集中し、徐々にシェアを伸ばした。
事例2.文具メーカー大手「アスクル」
文具業界二番手プラスの子会社だったアスクルは、通販という新たな販路にいち早く取り組み、強者コクヨを上回るようになった。
コクヨは代理店・特約店・小売店という販売網がすでにあったため、競合する通販業務には注力できなかった。アスクルは強者の弱みをうまく突いたといえよう。
事例3.旅行代理店「HIS」
旅行代理店のHISは、大手旅行会社がひしめくハワイやグアムなどの人気観光地を避け、セブ島やタイなど当時はマイナーだった観光地のツアーを積極的に取り扱った。旅行業界という巨大市場を細分化し、特定の地域をターゲットに定め、その地域ではナンバーワンをとる。こうして少しずつ地域を拡大し、業績を伸ばしていった。
ランチェスター戦略とWebマーケティング
スマホやタブレット端末の利用が一般的となってSNSが普及したことで、テレビCM等の大々的な広告宣伝を行わなくても、優れた商品・サービスを顧客に訴求できるようになった。中小企業にとっては、より戦いやすい時代が到来したといえるだろう。
HPや公式ブログ、情報発信メディア、SNS、Web広告等を通じて行うマーケティングを、Webマーケティングという。Webマーケティングとランチェスター戦略の「弱者の戦法」は、非常に相性がいい。
例えば、市場を細分化するには、顧客ニーズを細かく分析する必要がある。かつては、アンケート調査等を実施する必要があり、調査や分析にも時間的・金銭的コストがかかった。しかし現代では、ブログやSNS等の投稿を通じて簡単に顧客ニーズを収集できる。
顧客が日常的に発する何気ない「声」を拾ったことが、画期的な商品・サービスの開発へとつながったケースも存在する。
差別化戦略でのWebマーケティングの活用
差別化においても、Webマーケティングは大きな効果を発揮する。かつては、優れた商品・サービスを開発しても、それを顧客に正しく伝えてブランディングを行い、知名度を獲得するまでには、多大な労力が必要とされた。時間的・金銭的コストがかかることは言うまでもない。
しかし現代では、高額な広告費をかけずとも、地道にSNS投稿を継続して徐々に知名度を獲得することができる。また、SNSの「いいね」や「リツイート」などの機能によって顧客の反応もダイレクトに分かるため、ブランディングの方向性を決める上でも参考になる。SNS投稿が「バズる」ことで一気に拡散されれば、ほんの短期間でも知名度を獲得できることがある。
最近では、コロナ禍で在宅時間が増えたことにより、SNSだけでなくECサイトが急激に存在感を増している。インターネットを通じた購買の流れが加速すれば、Webマーケティングの重要性はますます高まっていくだろう。
ランチェスター戦略の弱者の戦法を活用する際には、Webマーケティングの実施も含めて検討するようにしたい。
ランチェスター戦略の要点3つ
コロナ禍で先行きの見えない中小企業も多いだろう。しかし、ピンチはチャンスだ。ランチェスター戦略を使って自社の強みや弱み、市場を分析し、Webマーケティングも活用しながら小さな勝利に向けて第一歩を踏み出してほしい。
ここでは、ランチェスター戦略を活用する上で押さえておきたい3つの要点を解説していく。
要点1.ナンバーワン主義
ランチェスター戦略の要はナンバーワンを目指すことだ。ここでいうナンバーワンとは、単なる1位ではない。2位以下を大きく引き離す1位である。
なぜ、突出した1位でなければ意味がないのだろうか。1位と2位の差がわずかだと、2位の立場は常に1位の立場を攻めてくるので、激しい競争が続く。
結果として1位の立場は、地位の確保のために収益や資源を大きく消耗し、安定は得られない。
しかし、1位と2位の差が大きいと、2位の立場は諦める。1位に戦いを挑むと自社のリソースを消耗するからだ。最終的に争いを避け、棲み分けを考えるようになる。
そして1位の立場は、収益性・安定性・成長性を維持できる。
要点2.強者と弱者の定義
多くの人が、弱者は強者に勝てないと直感的に感じる。しかし、そもそも弱者と強者をどのように判断しているのだろうか。
ランチェスター戦略では、弱者と強者を具体的に定義した。ビジネスにおいて市場シェア1位を強者、2位以下を弱者としている。
経営規模で決めるわけではない。商品別・地域別・販路別・顧客別に見極めたうえで判断する。
日本の自動車産業で考えてみよう。自動車市場でトヨタが1位、ホンダが2位以下だったとする。商品を二輪車に替えると、ホンダが1位で強者となるケースもあり得る。
なぜ、弱者と強者を分けるのだろうか。強者と弱者では戦い方が異なるからだ。自分の立ち位置を見極めないと戦法を間違える。
要点3.勝ち易きに勝つ
弱者が強者に勝とうとするとき、強者の真似をしてしまいがちだ。残念ながら、この戦法では勝てない。
シェアを大幅に占有する強者との競争は、弱者にとっては消耗戦にしかならないからだ。
また、強者にとって弱者の参入は、市場の拡大と需要の活性化につながる。そして、消費者が選ぶのは常に強者だ。弱者が強者と互角に戦うのは避けたほうがよい。
資源を消耗せずシェアを伸ばしていくなら、勝てる市場でナンバーワンを積み重ねるのが無難だ。
そのためには市場を細分化し、上位に引けを取らないエリアや、下位より圧倒的に有利なエリア、強者の死角になっているエリアなどを選んで、重点的に営業をかけていく。
そのほか、商品を見直して長所を磨いていくのも、勝ち易さにつながる。
ランチェスター戦略を使いこなして事業を成長させよう
ビジネスで競争に勝つには、戦略が重要だ。ランチェスター戦略は、弱者と強者を区別してそれぞれの得意とする戦法を説いているため、中小企業が事業拡大を狙う際に参考となる点が多々ある。
また、マーケットシェア理論は、自社の目標地点や立ち位置を把握して効果的な戦略を練る上で有用だ。
ランチェスター戦略をヒントにして、細分化した市場をターゲットに差別化と一点集中主義で着実にシェアを伸ばすことができれば、事業を大きく成長発展させられるだろう。
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文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)
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