世界各地でワクチン開発競走が激化する中、すでに巨額の利益を上げている企業と市場が縮小している企業で格差が生じるなど、二極化が進んでいる。現時点における「勝者」に競合が追い付くことは可能なのだろうか。また、勝者を超える新たなワクチンは生まれるのだろうか。
ワクチン開発競走のトップランナー ファイザー、モデルナ
現時点で圧倒的な成功を収めているのは、メッセンジャーRNA(mRNA)型ワクチンを開発した米ファイザーと米モデルナである。mRNA型は、一人当たり(2回接種)30ドル(約3,242円)以上と、現在承認されているワクチンの中で、最も高額だ。
2021年3月までに、ファイザーが日本を含む各国から受けた注文数は7.8億回分だ。2020年だけでも96億ドル(約1兆379億円)の純利益を上げており、2021年の売上高は150億~215億ドル(約1兆6,218億~2兆3,246億)に達すると予想されている。
予想を上回る反響を受け、共同開発企業の独バイオンテックの株価は、過去12ヵ月で156%、ファイザーの株価は1.8%上昇した。ちなみに、利益と開発コストは両社で折半となる。
一方、モデルナは現在までに6.6億回分の注文を受けており、2021年の売上高は96億~184億ドル(約1兆 9,898億~2兆1,193億円)となる見込みだ。2020年の総収益は8億ドル(約864億6,574万円)と前年の13倍に、株価は372%増と急上昇した。
ファイザーのアルバート・ブーラCEO曰く、同社のワクチンは2回目の接種後、半年~1年の間に3回目の接種、さらにインフルエンザワクチンのように毎年1回必要となる可能性がある。これに関してはジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のアレックス・ゴルスキーCEOも同様の見解を示していることから、パンデミック収束後も利益が拡大し続けることが予想される。
血栓症、供給延滞…アストラゼネカに逆風
暗礁に乗り上げた感が強いのは、ウイルスベクター型ワクチンを開発した英アストラゼネカだ。高価で保存条件が厳しいmRNA型とは対照的に、1回分が10ドルと安価な上に、一般的な冷蔵庫の温度で保存できるという点で期待が高まっていた。
ところが、接種後に極めて稀な血栓症による死亡・重症ケースとの関連性が指摘されて以降、3月中旬には18ヵ国が一時的に使用を停止するなど、風向きが一転した。「ワクチン接種の恩恵は血栓のリスクを上回る」と欧州医薬品庁(EMA)が発表した後も追い風とはならなかった。
デンマークがワクチンの使用を全面停止したのに端を発し、ドイツやオランダ、スウェーデンなどは高齢者に使用を限定するなど、一部の国は慎重な対応を講じている。4月中旬には韓国で「40代の健康な看護助手に四肢麻痺などの副作用が生じた」と報告されたことから、信用の低下に拍車がかかっている。
同社の2020年の総収益は、恒常為替レート(CER))で266億 1,700万ドル(約2兆8,787億 円)だ。欧米や日本から最大9.2億回分の注文を受けており、2021年の売上高は19億ドル(約2,054億9,019万円)と予想されているものの、実際の利益は予想を下回るとの見方が出ている。逆風を受け、株価は過去12ヵ月で8.6%下落した。
同じく、血栓症との関連性が認められたJ&Jのワクチンは、今のところアストラゼネカほど厳格な処置は受けていない。当局による調査後には、米国とEUが60歳以下の成人も含めて使用を再開した。同社ワクチンは、アストラゼネカと同じウイルスベクター型だが、チンパンジーアデノウイルスではなくアデノウイルス血清型26を由来としている。世界初の1回接種ワクチンで、アストラゼネカ同様1回分が10ドルと安価だ。2022年までに最大952億回分、年内に100億ドル(約1兆 814億円)相当のワクチン供給を目指している。
EU アストラゼネカとJ&Jワクチン「追加購入しない」
EU(欧州連合)の高官がロイターに明かしたところによると、現時点において、同連合はオプションとして確保しているアストラゼネカとJ&Jのワクチン合計300億回分を、追加購入する意思はないという。
特に、アストラゼネカに関しては、EU圏内で製造された大量のワクチンが英国に優先的に供給されていた問題を受け、同社に法的措置を講じる準備を進めている。血栓症問題のみならず、ブレグジット(英国の欧州連合離脱)を含む政治的要素が複雑に絡み合ったワクチン争奪戦に、アストラゼネカが巻き込まれた感もある。
供給延滞や血栓問題でワクチン接種が米英より大幅に遅れているEUだが、圏内の成人の7割に接種可能なワクチンはすでに、ファイザーから確保済みだ。延滞がなければ、今夏までに供給される。また、ファイザーとは、変異体の拡散の可能性を視野に、18億回分のワクチンの追加供給をめぐる交渉に入ったという。
ファイザー、モデルナを超えるワクチンは生まれるのか?
今後、ファイザーとモデルナを超えるワクチンが登場する可能性も考えられる。
現時点における有力候補は、EUに承認申請中の独キュアバックと仏サノフィ、英国で承認済みで日本でも国内臨床実験中の米ノババックスである。キュアバックとサノフィはいずれもmRNA型、ノババックスはタンパク質型のワクチンだ。
ロシアのガマレヤ記念国立疫学・微生物研究センターが開発したアデノウイルス型ワクチン「スプートニクV」は、年末までに国内で10億人の接種を目標としており、EUを含む他国からの関心も高い。中国のシノバックは中国やブラジル、チリなど広範囲で接種が進んでいるが、接種率の高いチリで感染が再拡大していることもあり、同社の株価は下落している。
人類と新型コロナとの戦いは、まだまだ終息とはほど遠い。ワクチン開発競走も、これからが本番なのかも知れない。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)
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