既存の「貨幣」の概念を覆す、仮想通貨や電子マネーといった新しい「お金」が普及する中、中央銀行が発行する「デジタル通貨(CBDC)」への取り組みが世界中で加速しています。

法定通貨に代わる存在として注目を浴びるCBDC、そして経済大国のCBDC開発競争で突出した進歩を遂げている「デジタル人民元」とは、どのようなものなのでしょうか。

CBCDと仮想通貨の違い 導入のメリットは?

DX先進国中国が開発する「デジタル人民元」とは?
(画像=RHJ/stock.adobe.com)

「CBCD(Central Bank Digital Currency)」は、ブロックチェーンなどの技術を使ってお金をデジタル化するという構想です。デジタル化されている点は、すでに広範囲に普及している仮想通貨や電子マネーと同じですが、以下のような違いがあります。

  • 電子マネー・・・法廷通貨をデジタル化したもの(例:Suica・LINE Pay)
  • 仮想通貨・・・ブロックチェーン技術などを使って、暗号化されたデジタル通貨。特定の管理者が存在しない非中央集権型が主流(例:Bitcoin・Ethereum)
  • CBCD・・・ブロックチェーン技術などを使って、中央銀行が発行するデジタル通貨。国家が管理する中央集権型を目指している(例:デジタル人民元・デジタルドル)

CBCDの普及は、政府と利用者(消費者)に様々なメリットをもたらすと期待されています。政府や金融機関は、紙幣・貨幣の製造や輸送、廃棄、ATMの設置・維持費などのコストを大幅に削減できるほか、流通履歴をチェックすることでマネーロンダリングや脱税といった金融犯罪を防止・摘発しやすくなります。消費者は銀行口座を保有することなく決済サービスを利用できるほか、すべての利用履歴が記録されるためお金の管理が容易になり、盗難や紛失の心配からも解放されます。

「デジタル人民元」とは?

このようなメリットを踏まえ、近年多くの国がCBDCの研究開発に乗り出しています。

多くのCBCD構想がブロックチェーン技術を基盤とするのに対し、中国が実証実験中の「デジタル人民元(Digital Currency Electronic Payment)」は、非ブロックチェーンとブロックチェーンの2層システムを採用しています。中央銀行がデジタル人民元を発行・供給するためのシステムにはブロックチェーンを使用せず、商業銀行が消費者にデジタル人民元を供給するシステムには、ブロックチェーンの使用を許可するという仕組みです。

2層システムを採用している理由の一つは、改ざん耐性から生じるリスクを抑制するためです。ブロックチェーンの「記録したものは変更できない」という特徴は、改ざん防止に効果がありますが、間違った情報が記録された場合でも修正できないため、デメリットにもなります。万が一、中央銀行のシステムに間違った情報が入力された場合でも削除できず、信用システムに記録されます。そこで、中央銀行のシステムにはブロックチェーンを使用しないことで、修正や削除を可能にするという発想です。

流通構造はシンプルです。中国の中央銀行である中国人民銀行(PBOC)がデジタル人民元の発行と商業銀行への供給を請け負って、商業銀行が消費者にデジタル人民元を供給します。消費者は、各銀行の専用アプリで受け取ったデジタル人民元を管理します。

国家規模の実証実験 取引総額は約339億円以上

2020年10月頃からPBOCと4大国営銀行(中国建設銀行、中国銀行、中国工商銀行、中国農業銀行)が提携し、深センや蘇州、成都、北京、香港などで、デジタル人民元の実用化に向けた大規模な実証実験が行われています。

深セン市の実験では、抽選で選ばれた5万人がアプリで200デジタル人民元(約3,394円)を受け取り、実験に参加した3,000店の小売店などで試験的に使用しました。江蘇省と蘇州市では10万人を対象に、1万店の実店舗や配車タクシーサービス、オンラインショッピングなど、さらに広範囲な実験が行われたそうです。消費者からは「簡単に使える」、店舗からは「既存のデジタル決済のように手数料がかからないため、資金繰りが楽になる」といったフィードバックがあり、好評でした。

2020年11月の易綱PBOC副総裁の発表によると、すでに400万件のデジタル人民元取引が試験的に行われており、総額は20億人民元(約339億3,690万円)を上回るといいます。

商業試験では、香港金融管理局と中国人民銀行がデジタル人民元によるクロスボーダー取引の実証実験を行ったほか、アリババグループ(阿里巴巴集団)の金融子会社アントグループ(螞蟻集団)やネット大手のテンセント(騰訊)、EC大手のJD.com(京東集団)が、開発プロジェクトや実証実験に協力しています。

中国がDX先進国と呼ばれる背景

中国がCBDC分野で先行している背景には、国内デジタル市場の急速な発展があります。特にデジタル決済分野の成長は著しく、中国関連のビジネス情報サイト「チャイナ・ブリーフィング(China Briefing)」によると、2020年のモバイル決済は総額347兆人民元(約5,884兆 1,825億円)に達しました。

また、デジタル通貨を含むブロックチェーンやAI(人工知能)など、先端技術の研究開発が政府の長期経済計画に組み込まれており、国を挙げた支援体制が整っています。金融インフラが発展途上段階にあるため、新たなサービスに抵抗を感じる人が少なく、若い世代から高齢世代までDXの受容範囲が広いことも、追い風といえるでしょう。

このような要因が後押しし、今や中国は世界指折りの「DX(デジタル・トランスフォーメーション)大国」へと成長を遂げています。

CBDC導入のリスク

一方で、CBDCの普及によって生じるリスクへの懸念もあります。その一つが、既存の金融システムや政策への影響です。例えば、多くの預金者が銀行預金をCBDCに切り替えた場合、信用創造機能(銀行が貸付を通してお金を増やす仕組み)が縮小し、金融政策にマイナスの影響を与える可能性があると指摘されています。また、ハッキングや停電など不慮の事故でセキュリティシステムがロックされ、CBDCが使えなくなるといった事態も起こり得ます。

このような懸念から、中国も含めて「CBDCはあくまで法定通貨の補足的位置づけ」という前提で開発を進める国が多いようです。しかし、中国におけるデジタル経済の規模は、2027年までにGDP(国内総生産)の半分を占めると予想されており、この点を考慮すると、デジタル人民元が中国の新たな金融時代の幕開けとなることは、ほぼ確実です。それに伴い、ビジネス環境や消費者社会も大きく変化していくでしょう。デジタル人民元の本格的な導入時期は明らかになっていませんが、今後の動向が注目されます。

(提供:Wealth Road