今年(2021年)5月27日(キガリ時間)、フランスのマクロン大統領がルワンダのキガリ虐殺記念館においてスピーチを行った。
それは1994年4月から7月の3か月間にツチ族やフツ族穏健派およそ80万人が殺害された「ルワンダ大虐殺」について、体制側についたフランスの責任を認めるものであった(参考)。
フランスは1994年のルワンダ大虐殺の際にハビャリマナ政権側を支援していたため、その後内戦を制して政権を握ったルワンダ愛国戦線(RPF)との間でしばしば外交上の緊張を経験してきた。
1998年には当時の仏首相らがルワンダ大虐殺への責任を否定、2006年には仏司法当局がルワンダ大虐殺のきっかけとなったハビャリマナ・ルワンダ大統領の暗殺事件に関してカガメ同大統領の側近らを訴追したことでルワンダはフランスと国交を断絶した。
2009年には国交を回復するも、ルワンダは英連邦に加盟して公用語をフランスから英語へと変更するなど、英語圏との接近の動きを見せていた。
こうした中で去る2017年に就任したマクロン仏大統領は、ルワンダとの関係改善を模索してきた。2018年には仏司法当局が大統領暗殺事件に関する訴追を取り下げ、2019年4月にはマクロン仏大統領が歴史家のヴァンサン・デュクレールを中心とする歴史委員会を設置した。
同委員会は外交官や軍、情報局などの文書を分析、今年3月26日(パリ時間)に報告書をマクロン仏大統領に提出した。ルワンダでは毎年4月7日から1週間、ルワンダ大虐殺での犠牲者を追悼する式典が行われており、それに合わせて提出された形だ。
同報告書では、ルワンダ虐殺が準備されていることを知りつつフランスが「目をつぶっていた」として否定しがたい重大な責任があると結論付けた。
同報告書と今次マクロン仏大統領によるスピーチは、歴代政権で初めてルワンダ大虐殺に関する国家の責任を認めるもので、両国の関係に変化をもたらす可能性があると指摘される(参考)。
昨年(2020年)、フランス開発庁(AFD)は低利融資を通じて電力網の開発を支援するためルワンダに対する1億3000万ユーロの資金援助を約束した。
これに加えて今回マクロン仏大統領は、2023年までにこの援助を5億ユーロに増やし、教育や交通機関、医療システムの開発を支援する旨の同意書に署名した。
更に世界銀行によれば新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で約55万人のルワンダ人が極度の貧困に陥る可能性があると指摘されておりワクチンの接種が急がれる中、フランスはルワンダに対するワクチンの援助も行っている(参考)。
実はルワンダは1994年の大虐殺により経済成長率がマイナス41.9パーセントにまで落ち込んだにもかかわらず、去る2010年には1人当たり名目GDPがルワンダ虐殺前の2倍に達する高い経済成長を達成。急激な近代化を果たして「アフリカの奇跡」とも呼ばれる。
近年ではルワンダ政府は自国を社会実験、いわゆる「PoC(Proof of Concept)」の場として提供し海外のIT企業を誘致し、これにより自国の産業や技術の全体水準を引き上げることを目指す「ICT立国」を掲げている(参考)。中心となるのはロボットやドローン、スマートフォン産業だ。
ルワンダ側からのICT産業などでの進出の期待は我が国にも向けられている。
去る2019年にはカガメ・ルワンダ大統領が訪日した際に基調講演を行った「日本ルワンダ・ビジネスフォーラム」ではルワンダのICT立国の背景などが説明され、同国政府が推進する「キガリイノベーションシティ(KIC)」計画はルワンダの経済ビジョンの基礎であり日本企業の参画を望むと強調した(参考)。
これまでルワンダに進出している我が国企業はコーヒーやナッツといった農作物分野での進出が多かったものの、ドローンやソフトウェア開発といった分野も徐々に拡大している。
こうした中で懸念されるのはルワンダの「非民主的な」構造である。
カガメ政権はマスメディアを強力に統制し、野党も弾圧、2015年には憲法改正により大統領任期を事実上17年延長するなど、非民主的な政策をとっている。その情報統制は中国系の民間シンクタンクにより「言論の自由がない」と評価されるほどなのである(参考)。
こうした中でルワンダはこれまで中国との関係を強め、「一帯一路」構想への参画も自国にとって有益であると評価してきた(参考)。
実はフランス国内においても、強権的なカガメ政権との接近については意見が分かれている。両国の国交断絶後、フランスはルワンダに大使を任命していない。今次マクロン仏大統領との接近がむしろカガメ政権の非民主的態度の軟化、ひいては「民主主義」諸国によるルワンダ進出を更に進めるきっかけとなるのか。引き続き注視していきたい。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す