去る2021年7月13日(北京時間)、中国は海南島に世界初の商用モジュール式小型原子炉である「Linglong1」の建設を開始した。そもそも、「小型原子炉」とはどういったものなのか。またなぜ北京や上海ではなく海南島なのか、その思惑を探りたい。
いわゆる「脱炭素化」に向け、エネルギー分野で様々な技術開発が進められる中で、より安全で経済的な原子力発電ということで、原発業界が力を入れているのが「小型原子炉(小型モジュール炉、SMR)」である。
原子力発電は長らく発電コストが安価な電力供給減とされてきたが、とくに1986年のチェルノブイリ原発事故、2011年の福島第一原発事故を経て、ひとたび事故が発生すれば深刻な環境汚染を生じさせ、その後も莫大な廃炉費用が必要となることが明らかになると、その経済的なリスクがかえって大きいと認識されるようになってきた。世界の原発における送電開始と閉鎖の推移をみても、ここ数十年は規模が縮小している原発業界だが、今、安全性・経済性の課題をクリアする小型原子炉をもって再び活況を取り戻そうとしているのである。
小型原子炉は、国際原子力機関(IAEA)の定義では「出力が30万キロワット以下」の比較的出力の小さい原子炉のことをいい、従来の大型原子炉の3分の1から5分の1ほどとなる。また、プレハブ住宅のように、主要な部分を事前に工場で製造してから現地で組み立てることができる「モジュール」構造のため、建設費が1兆円を超えることも珍しくない既存の原発に比べて、建設コストは数百億に抑えることも可能となり、さらに5~7年かかっていた工期も約3年に短縮できるという。さらに最大の特徴とされるのが、その安全性である。「小型」にすることで大型の原子炉よりも冷却しやすくなり、福島第一原発事故のように非常用電源を喪失した場合でも、追加の冷却水や電源を必要とせず、炉心を冷やして安全に停止させられるという。
実用化には、日本を含む各国の企業が取り組んでいる。米オレゴン州に本社を構えるスタートアップ企業「ニュースケール」は、これまで米エネルギー省から4億ドル(約430億円)を超える資金支援を獲得し、米原子力規制委員会(NRC)の技術審査も終えており、世界で最も商業化に近い企業とされている(参考)。ニュースケールには我が国からも日揮ホールディングスとIHIが出資しており、マーケットも注目している。最も早い稼働はアイダホ州アイダホフォールズで、2029年の発電を予定している(アイダホフォールズには、原子力に関する国立研究所が立地しており、我が国の東海村と姉妹都市である)。
米国だけではない。英国ではロールス・ロイスが主導して「SMRコンソーシアム(小型原子炉開発企業連合)」を立ち上げ、小型原子炉に参入している。
中国やロシアでも開発の動きが進んでいる。ロシアの国営企業は原子力砕氷船の技術を応用し、シベリアや北極海の資源開発基地などで活用するとみられている。そして、中国では海南島で建設を開始したとの今次報道にたどり着くわけである。今年(2021年)の全国人民代表大会(全人代)を通過した第14次経済社会発展5カ年計画(2021~2025)によると、中国政府は今後5年間に20基前後の原発を追加建設する中で、小型原子炉と黄海上の海上原発事業も推進するという。計画通りに進めば、米国、フランスに続き3位である原発発電容量が2025年には世界1位となる(参考)。
海南島に小型原子炉を建設する目的としては、南シナ海の海上での電力供給を目指しているとも伝えられているが、そもそもこれは中国における海南島の位置づけがより重要となっていることの証左である。
海南島は「中国のハワイ」とも称される観光地であるが、同時に中国海軍南海艦隊の拠点としても有名である。まさに、観光地であると同時に、米太平洋艦隊の司令部を置くハワイと全く同じ機能を担っているわけである。その海南島は今、「観光」・「軍事」に加え、香港に替わる「金融」の拠点となりつつあるのである。去る2021年6月10日には全人代にて海南島を自由貿易港として国内外ファンドによる投資を一部認める基本法が可決している(参考)。
また中国政府は同島を「クリーンエネルギー島」と位置づけ、30年までにクリーンエネルギーの発電容量を85%前後に高めるというが、まさに今回の報道にある小型原子炉建設はそのための手段といえる。これまで香港が担ってきた機能の移転先として海南島については引き続き注視していかねばなるまい。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト
原田 大靖 記す