本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけどちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています

高級ホテルでも原価は1000円以下? 限界費用

費用
(画像=Satoshi KOHNO/PIXTA)

変動費のなかでも、とくに「販売量を1単位だけ増やすとき、追加で発生する費用」のことを、経済学では「限界費用」(marginal cost)といいます。

たとえば、「ボーイング777」という旅客機の座席数は、ざっと400席ほどあるそうです。いま、ある国内便の座席が半分しか売れていないとします。お客を追加でもう1人乗せる費用(限界費用)はどれくらいでしょうか。

大切なのは、比較という考え方です。もう1人乗せるか乗せないかという比較ですから、どちらにしても発生する費用は無視して考えます。

たとえば、機体の購入(リース)や整備にかかわる費用は巨額ですが、これらはお客をもう1人乗せても乗せなくても変わらない固定費です。客室乗務員や地上スタッフの人件費も、お客が1人増えても変わらないのであれば、限界費用の計算には含まれません。

その他の費用で大きな割合を占めるのは燃油費でしょう。しかし、ボーイング777の総重量は200トンくらいです。お客の平均体重を60kgとすると、1人の体重は飛行機の総重量の0.03%にしかなりません(60kg÷200トン=0.0003)。

燃油費は、お客が1人増えたくらいではほとんど変わらないでしょう。たとえば燃油費が100万円だとしても、(重量比では)お客1人あたり300円にしかなりません(100万円×0.03%=300円)。燃油費のほとんどは、お客が乗っても乗らなくても、飛行機が飛ぶだけで発生するのです。

他に追加でかかる費用は、機内サービスのドリンクや消耗品などでしょう。わずかな限界費用を超える金額を払ってもらえるのなら、もう1人お客を乗せて飛ぶ方が経営にはプラスでしょう。

「固定費も回収しないと経営が成り立たないのでは?」と思った読者もいると思います。そのとおりで、最終的には固定費も回収しないと赤字になってしまいます。

それでも、限界費用を上まわる収入があれば、固定費を回収する足しにはなります。限界費用よりも高い価格なら、売らないよりは売る方がいいのです。そうすると、競争が激しいときには、価格は限界費用に近づいていきます。

●限界利益と固定費

会計学では、売上から変動費を引いたものを「限界利益」(marginal profit)といいます。限界利益から、さらに固定費を引いたものが利益になります。

航空業界のように固定費が大きな割合を占めるビジネスでは、利用客の減少や価格競争で限界利益が減ると、固定費を回収できず業績が急速に悪化することがあります。

米国の航空大手4社は、「新型コロナ」の影響が本格化する前の2020年1~3月期の段階で、すべての会社が赤字になりました。また、2020年4~6月期の日本航空(JAL)とANAホールディングスの最終損益は、合計で約2000億円の赤字になりました。

固定費が大きいという点では、ホテル業界も似たような費用構造です。

土地や建物や設備にかかる費用の多くは、客数とあまり関係なく発生する固定費です。変動費は、客室の水道光熱費、清掃・クリーニング、消耗品などです。お客1人を泊める変動費(限界費用)は、「高級ホテルでもおそらく1000円を超えることはないだろう」といわれます。

「限界費用」という考え方は、経済学では必ず出てくるので、知っておいて損はないでしょう。ビジネスの現場では、ざっくり「変動費」という方が一般的かもしれません。

今さらだけどちゃんと知っておきたい「経営学」
佐藤耕紀(さとう・こうき)
防衛大学校 公共政策学科 准教授。1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。これまでに経営学の共著が6 冊ある。

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