技術開発を行う企業は、新しい製品を開発してもすぐに価格競争に陥るといった問題を抱えることがある。技術開発ならではの苦労を抱える企業にとって、MOTの知識はきっと助けになるだろう。この記事では、MOTの言葉の意味その必要性、MOTの課題や導入方法・導入事例について解説する。
目次
MOTとは
「MOT:Management of Technology」は、日本語で「技術経営」という意味であり、産業分野での技術開発におけるイノベーションや生産管理の向上を目指す経営のことだ。
経済産業省による「MOT」の定義は、「技術を事業の核とする企業・組織が次世代の事業を継続的に創出し、持続的発展を行うための創造的、かつ戦略的なイノベーションのマネジメント」とされている。
MOTの目的は、企業が技術開発に対して的確な投資判断を行い、その利益を最大化することにある。また、MOTは経営学のひとつの分野として研究され、MOTの遂行能力を習得するための教育も行われており、「MOT教育」「MOT人材」などの言葉で知られている。
さらにMOTは、MBAのように専門職大学院や専門職学位も存在し、この学位や授与された人物を「MOT」とすることもある。ちなみに、学位としてのMOTの日本語での表記は、「技術経営修士(専門職)」である。なお、専門職大学院は文部科学省の管轄である。
文部科学省によると、技術経営(MOT)とは、「技術を効果的に活用して経営を行うこと」とされ、技術経営(MOT)教育とは、「革新的な技術を生み出すための研究・開発に加えて、技術の役割を理解し活用するためのマネジメント能力を習得すること」とされている。
MOT人材の必要性
技術開発は、利益を生み出すまでに時間と費用がかかる。しかも、消費者のニーズ、エネルギーの変遷、国際情勢の変化、法改正や施策など、予測が難しいさまざまな不確定要素の影響を受けやすい。
研究で新しい技術が生まれても、それを製品化するための資金が集まらず、研究や技術が埋もれてしまうことを指す「死の谷(The Valley of Death)」を超えられなかった技術も多くあるとされる。
死の谷を乗り超え、持続的な価値を創出する技術を生み出すには、マネジメント能力を備えた「MOT人材」が必要となる。
MOTの歴史
MOTはアメリカの研究から始まった
MOTの起源は、1962年、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で始まった「Management of Science and Technology」という研究である。この研究から、1981年、同大学院のMBA課程に「MOTコース」が誕生した。
日本でのMOT
技術をマネジメントする考えは、もともと日本にもある。戦後の日本は、さまざまな経済変動を乗り越えながら、鉄鋼や船舶、機械、自動車などの産業に注力し、国の経済成長を支えている。1970年代のオイルショックでエネルギー制約を受けるようになってからは、組立加工産業によって自動車やカラーテレビで成長を続け、海外進出を果たした。
アメリカでMOTの研究が始まったきっかけのひとつに、「ものづくり大国」と呼ばれた当時の日本の存在があったとされている。しかしその後、バブル崩壊や激化する国際競争、情報化社会などのさまざまな変動によって、日本のものづくりは苦戦を強いられるようになった。
その結果、技術力があるにも関わらず価値を創造する経営ができていないのではないかという声があがるようになった。
2000年代に入り、経済産業省で「技術経営人材育成プログラム導入促進事業」が開始される。これは、企業と教育機関を結び、日本の産業界に必要なMOT人材を育成しようとする施策である。これによって、2003年、芝浦工業大学に日本で初めてのMOTの専門職大学院が開設された。
その後も、複数の専門職大学院や大学院で、MOTに関する専攻コースが設けられている。その内容は、MOTを主とするもののだけでなく、知財マネジメントに主眼を置いてMOTを学ぶもの、MBAの学習の一部にMOTが含まれるものなど多様である。
MOT人材が抱える課題2つ
経済産業省や文部科学省によって、MOT人材を育成する取り組みが行われたが、日本企業がMOT人材を活用するには課題もある。ここでは、MOT人材活用の2つの課題を紹介する。
1.過半数が「成功例がない」「活用方法がわからない」
2011年度「MOT人材の企業における活用状況・評価に関する調査」の企業アンケートによると、MOT人材の活用や育成を行っていると回答した企業は約40%であった。
MOT人材を活用していく上で課題と感じる点については、以下のような回答があった。
・「そのような人材による成功例が、社内にない」(45.9%)
・「そのような人材について、どのように活用すれば良いか社内でもわかっていない」(29.7%)
・「MOTの専門知識や経験等を身につけた人材の活用について、管理者層の理解が不足している」(13.5%)
(参考)株式会社三菱総合研究所:平成23年度産業技術調査事業(MOT人材の育成・活用に関する実態調査)報告書より
2.MOT人材が十分活用できていない可能性が高い
2014年、経済産業省の審議会である産業構造審議会の産業技術環境分科会では、上記の企業アンケート等の結果を踏まえ、日本企業でMOT人材が十分活用できていない可能性が高いという意見が出ている。
経済産業省HP:「第3回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・評価小委員会」(参考資料2)参照
MOTの導入方法
日本には、産業競争力を高めるために「技術×経営」の取り組みが必要であるが、MOTの活用例が少ないことが課題である。しかしながら、前項のアンケートでは、約40%の企業が「MOT人材の活用や育成を行っている」と回答している。
企業はどのようにして、MOTを導入しているのだろうか。
MOT人材の育成
企業が必要な従業員に教育を施し、MOT人材として育成する方法としては、以下のような方法がある。
・専門職大学院や大学院に通わせる
・民間企業が主催する研修プログラムを利用する
・MOTの取得を推奨し手当を渡して補助する
MOT人材の獲得
自社で育成するのではなく、MOTを学んだ者を採用するという方法もある。ただ、MOTを学ぶ者は少ないのが現状だ。
文部科学省の調査によると、専門職大学院(MBA・MOT)の在学者数は、2017年で5,919人であるが、そのうちMOTは410人である。
専門職大学院の在学者数は、2013年から2017年まで右肩上がりであるが、MOTの人数はほぼ横ばいである。また、2014年の産業構造審議会の産業技術環境分科会では、MOT教育において、一部の大学で社会人経験のない学生の数が増加していることが問題視されたこともある。
専門職大学院の講座趣旨は、現場の実践者が技術経営の俯瞰的視野を身につけるというものなので、趣旨と実態との間に乖離が発生していることが指摘されている。
(参考)経済産業省HP:「第1回 産業構造審議会 産業技術環境分科会」(資料3)
MOTを経営方針に導入した事例
MOTを経営方針として導入している事例もある。
株式会社三菱ケミカルホールディングスでは、2011年から、独自のコンセプトに基づく「KAITEKI経営」を実践している。同社グループには、三菱ケミカル、田辺三菱製薬、生命科学インスティテュート、日本酸素ホールディングスがあり、機能商品、ヘルスケア製品の製造販売、産業ガスに関する事業等を行っている。
「KAITEKI経営」は、「MOS:Management of Sustainability」「MOE:Management of Economics」「MOT:Management of Technology」の3つの経営から企業価値向上を目指すというものだ。
3つの経営は、それぞれ3方向を向いた3つの軸に例えられている。MOSの「サスティナビリティ軸」、MOEの「経済効率性軸」、MOTは「イノベーション軸」である。この3つの軸に、時代の流れを意識した「時代の風」が入る。
「イノベーション軸」とは、「新規技術の開発や技術の差異化などを通じて、経済的価値や社会的価値の向上に資するイノベーションの創出をめざす経営基軸」とされている。
この方針のもと、「4象限フレームワーク」を活用したポートフォリオマネジメントで、研究開発への投資判断を行い、必要な時に事業撤退や事業交換、事業譲渡といった選択を行っている。
同社は、次期中期経営計画で、2030年に向けた成長事業の選定に取り組む。MOSの視点から、将来を見据えた社会課題を考えて取り組むべき事業領域を選定し、そこから、MOEの視点(市場の魅力度)、MOTの視点(技術イノベーションの余地)を合わせて、成長事業の候補を選ぶ。
株式会社三菱ケミカルホールディングスに関する上記の内容は、経済産業省の第2回事業再編研究会に提出された、同社取締役会長である小林喜光氏の資料で詳細が確認できる。
(参考)株式会社三菱ケミカルホールディングスHP:「価値創造モデル KAITEKI経営の考え方」より
(参考)経済産業省HP:第2回 事業再編研究会(参考資料4)
MOTに役立つ補助金・助成金・税制
最後に、技術開発を行う企業やMOT人材を育成する企業に役立ちそうな補助金・助成金・税制を列挙する。気になるものがあれば、顧問税理士・社労士等の専門家に相談するなどして活用してもらいたい。
・補助金・助成金
・科学研究費助成事業
・新製品・新技術開発助成事業
・事業再構築補助金
・ものづくり補助金
・専門職大学院における教育訓練給付金
・税制
・研究開発税制(総額型・中小企業技術基盤強化・オープンイノベーション型)
MOTを経営判断に取り入れて将来に備えよう
MOTについて、その必要性や歴史、MOTの課題や導入方法・導入事例などについて解説した。技術開発は長期戦である。何年も研究を行いながら、変化する社会情勢から未来を見据え、求められる技術に的確に投資を続ける必要がある。
技術者レベルから経営陣まで、企業全体に強い目的意識が必要だ。MOTを企業の経営判断に早期に取り入れて活用することで、10年、20年後の会社の方向性が変わるかもしれない。