去る2021年8月20日、稀代の投資家ジョージ・ソロスが、自らのファンドの投資ポートフォリオを再構築している中で、不確実性を考慮し中国から「全面撤退」していることがドイツ勢の有力経済紙「Handelsblatt」を通じて世界的に伝播された(参考)。
また、世界最大級の投資ファンド「ブラックストーン」や「コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)」もその投資戦略を安定性重視の「バフェット流」経営に軸足を移しつつある旨、喧伝されている(参考)。
このように“越境する投資主体”は、来たる「ポストコロナ」を見据えてその投資戦略を転換し始めている。では彼らは具体的にどのような投資戦略を考えているのか、そしてそこに何らかの共通項はあるのか。ポストコロナの投資戦略を探っていきたい。
まず、冒頭述べたジョージ・ソロスは、具体的に以下のような点でポートフォリオの組み換えを行っている:
(1)中国からの全面撤退
(2)テクノロジー系への投資の更なる傾斜と金融セクターへの投資の縮減
(3)現下の「インフレ」現象はあくまでも暫定的
2019年の世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)で「中国は『常識が通用しない国』だ」と厳しく批判した同氏であるが(参考)、先月(2021年8月)30日には、英紙「フィナンシャル・タイムズ」に寄稿し、「習近平の中国に投資をする者は、ある日突然痛い目に遭う」との警鐘を鳴らしている(参考)。
同寄稿にてソロスは、MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(ACWI)を通じて中国企業に数兆ドルが流れ込む仕組みにも懸念を示している。ACWIとは、米ニューヨークに拠点を置く金融サービス会社であるMSCI(Morgan Stanley Capital International)が算出している株価指数であり、先進国、新興国、フロンティア市場(経済発展の初期段階にある途上国)合わせて約70カ国・地域の株式市場をカバーしている(参考)。世界の株式で資産運用をする際に最も参考にされているベンチマークであり、推定5兆ドルがパッシブ運用という形でACWIと連動する形で受動的に動いている。加えてその数倍の額が、このACWIと連動しながら能動的にアクティブ運用されている。
ACWIのインデックスの中でも、注目されるのは環境・社会・ガバナンス(ESG)の3つの観点を重視する「ACWI・ESGリーダーズ・インデックス」であるが、この上位10銘柄に中国企業であるアリババとテンセントの2社が含まれている点に、ソロスは懸念を示している。
今後、米議会でESG投資を明示的に要求する法案が提出される可能性があるにもかかわらず、多くの米国人投資家は、パッシブ運用を通じて自分が中国企業やそのペーパーカンパニーの株式を保有していることすら知らないという。
他方で、「ブラックストーン」や「コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)」は、企業を買収し、価値を高めて、数年後に売却するという伝統的な投資サイクルにとらわれず、現在では、相次いで保険会社を買収し、長期にわたる保険料収入を通じて市場環境に左右されにくい安定的な経営にシフトしているという(参考)。これは、傘下とする保険会社の保険料をテコに事業を拡大してきたウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハザウェイ流の戦略である。
超長期で安定した資金(パーペチュアル・キャピタル(Perpetual Capital))により投資戦略を展開する上で、保険会社は重要な投資先となるわけである。そうすると、「保険大国」である我が国の市場へと注目が集まるのは必然といえるのではないか。
このように「脱中国」「安定性」「保険」というキーワードゆえに、導き出される共通項が日本市場のハイライト、すなわち「日本バブル」の展開である。ゴールドマン・サックスやJPモルガンといった米系投資銀行もそのレポートで「引き続き日本株に強気」としている点も要素となる(参考)。近年、東大生が選ぶ就職企業ランキングの特徴として、「商社離れ」「官僚離れ」が進む中、外資系の投資銀行やコンサルティングファームへの注目が高まっているが、こうした点も「人財」という面から日本市場を押し上げる一要因となるのではないか。
他方で、より長期的な視点にたつと、ヒトではなく「人口知能(AI)による投資戦略」の策定が今後は主流になるということも見逃せない。今年(2021年)6月、世界有数の政府系ファンド(SWF)であるアブダビ投資庁(ADIA)が人工知能(AI)による投資戦略を作成するためのクオンツ・チームを拡充しており、今後、オイルマネーがテクノロジー分野へと流入していくことも注視しなくてはなるまい。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト
原田 大靖 記す