次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。

今回のゲストは、株式会社ユークス代表取締役社長の谷口行規氏。同氏に事業の変遷、業績予想修正の理由、思い描く未来構想などを聞いた。

(取材・執筆・構成=菅野陽平)

株式会社ユークス
(画像=株式会社ユークス)
谷口 行規(たにぐち・ゆきのり)
株式会社ユークス代表取締役社長
広島県出身。高校時代からゲーム制作に携わり、1年時にゲーム製作会社と契約する。大阪府立大学3年時の1993年にユークスを創業した。95年に製作したPlayStation用ソフト「闘魂烈伝」はシリーズ累計100万本の大ヒットを記録。その後、米国にターゲットを移し、現地最大のプロレス団体「WWE」シリーズを製作。約20年にわたり全世界で大ヒットを記録し、累計7,000万本以上の販売を記録した。経営者と同時にトップレーサーとしての顔も持ち、国内外の数々のレースで実績を残している。
冨田 和成(とみた・かずまさ)
株式会社ZUU代表取締役
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。

立ち上げたときから7〜8年で会社を大きくして、上場しようと思っていた

冨田:大ヒットゲームを制作されていたり、過去に新日本プロレスを経営されていたりなど、個々で御社と接点を持ったことがある人は多いと思いますが、ユークスという会社名と紐付いていない人もいるかもしれません。改めて、これまでの事業の変遷を教えていただけますでしょうか?

谷口:高校1年生のときから広島のゲーム会社と業務委託契約を結んでいて、大学は大阪だったので、大学時代は大阪のゲーム会社と仕事をしていました。ある程度の収入があったので、税理士から「法人化したほうがよい」と言われ、ユークス有限会社を立ち上げたのが始まりです。1993年に創業しましたので、来年(2022年)2月で創業29年です。

立ち上げたときから7〜8年で会社を大きくして、上場しようと思っていました。というのは、私が高校生の頃(1980年代中頃)は、ゲーム1本の制作費は800〜1,000万円くらいだったのですが、段々と1本当たりの製作費が大きくなっていた時代でしたので、ある程度の規模がないと戦えないと思ったためです。ほどなくしてPlayStationが発表されたので、「そのうち1本10億円や20億円かかるようになる」と感じていました。

首尾よく会社は成長していき、上場できそうなタイミングが来ましたが、色々ありまして延期となり、上場が叶ったのは2001年12月です。2001年と言えば9.11テロが起こった年で、ちょうど作っていたゲームのオープニングでテロを想起させるようなシーンがあり、修正作業に追われましたが、何とか上場までこぎつけることができました。

「明後日にはつぶれる」というタイミングで新日本プロレスから救済の打診

株式会社ユークス

谷口:その後、アメリカのパブリッシャーから開発費を出してもらい海外向けプロレスゲームの製作を行って、日本ではそのタイトルを自社で販売していたのですが、数年後にそのパブリッシャーさんが「日本でも自分たちで販売する」と言い出しまして。自社IP(知的財産)を持つ重要性を痛感していたときに、「新日本プロレスがつぶれそうで買ってくれないか」と連絡が入りました。しかも「明後日にはつぶれる」というタイミングで……。緊急で決議して、デューデリジェンスもそこそこに、2005年に経営権を取得することを決めました。

取締役1人を送り込んで立て直しを進めた結果、なんとかトントンくらいまで経営を立て直した2012年、ブシロードさんから「買いたい」というご連絡をいただきまして、譲渡を決めました。

経営観点で言えば、何億円も損してしまいましたが、当社はプロレスゲームで大きくなった会社ですので、プロレス界に恩返しできたという気持ちが強かったですね。これからもプロレスゲームを作っていくつもりでしたし、日本で一番大きな団体である新日本プロレスがなくなるのは、業界にとっても望ましいことではないと考えていましたから。

AR(拡張現実)に将来性を感じて注力している

冨田:WWEのプロレスゲームは20年くらい作り続け、7,000万本以上が売れたと伺いました。

谷口:一番長く続いたシリーズとしてギネス記録にもなっています。ただ、2019年頃にパブリッシャーさんが「今後は自分たちで製作する」と言ってきたので、当社はエンジンだけを提供して、ライセンス料をもらう形にしました。次の柱をどうしようかと考えていたところ、CGのキャラクターがライブパフォーマンスをするといったようなAR(拡張現実)に将来性を感じ、注力していきます。

それまで従来のCGのキャラクターのライブは、事前にCG会社で映像を制作して、会場ではそれを流しているだけでした。しかし、当社はプロレスゲームで培ってきた技術を生かして、キャラクターがリアルタイムで演じることを可能としました。ライブ会場の後ろにモーションキャプチャスタジオを組んで、演者が会場の様子を見ながら、臨機応変に対応できるのです。

「今日遠くから来た人は手を上げてー?」「じゃあ、そこのあなた、どこから来たの?」といった観客とのやり取りもできます。画期的な技術でテレビの取材もよく受けたのですが、コスト面が重く、現在はコスト面と戦っているところです。

自社キャラクターも作っていますが、コスト面との兼ね合いもあり、なかなか採算が合いません。そこで現在は「すでに一定数のファンがいるキャラクター」のライブへの技術提供を進めています。ドームを満員にできるようなキャラクターと連携して、コストを吸収できそうなところまできています。

冨田:自社キャラクターだとなかなか規模の経済が働かなかったとのことですが、コストを削減できる仕組みができつつあるのですね。

谷口:特に技術開発にコストがかかるのですが、たくさん使ってもらえるほど平均コストは下がります。また、当社の技術には副産物的な付加価値もあります。先ほど、多くのキャラクターは事前にCG会社で映像を制作して、会場ではそれを流していると言いました。その映像を作るためにモーションキャプチャスタジオで撮影するのですが、それまでは、その場では骨が動くところだけを見て、後日の作業で髪や衣装を加える必要がありました。

しかし、当社の技術では、モーションキャプチャスタジオで撮影しているときに、演者に髪や衣装を加えた映像で確認することができます。これまでは、髪や衣装を加えた映像に違和感があれば、もう一度、モーションキャプチャスタジオで撮影する必要がありましたが、その場ですぐにリテイクできるようになったということです。

冨田:コストだけではなく、工数の削減、生産性の向上も大きいですよね。関係者のスケジュールがそろわないのでリテイクの日程が後ろ倒しになって納期も遅れる、といった事態も避けることができようになるわけですね。

組織改革や意識改革を進め、コストと利益の管理意識が変わってきた

株式会社ユークス

冨田:2021年9月13日には業績の上方修正を発表されています。これはどのような要因だったのでしょうか?

谷口:言葉は適切ではないかもしれませんが、今まではプロレスゲーム事業をざっくりやっていても利益が出ていました。しかし、2年前にプロレス(のゲーム開発)がなくなって、それはもう見込めません。その後、ARに注力したのですが、想定よりも収益が出ないという事業要因に、コロナという外部要因が加わり、ダブルパンチとなってしまいました。

そこで、社内の組織改革や意識改革を進めました。工数管理はもちろん、ゲームプロデューサーの頭の中にしかなかったスケジュール感もすべて見える形にし、1つの開発部を3つの事業部に分けて、サイズダウンもしました。各人のコストと利益の管理意識が変わった結果、やっとその効果が出始めてきたと思っています。

冨田:「経営の神様」松下幸之助氏の言葉に「公共よし、不況さらによし」という言葉がありますが、逆境は企業が筋肉質になるチャンスだと思います。御社も逆境を乗り越えて筋肉質になりつつあるのですね。

谷口:コロナとのダブルパンチはさすがに厳しかったですね。赤字も連続してしまい、上場を維持できるかというところまでいきましたが、社員の頑張りもあって何とか良い流れができつつあります。

ゲーム事業は自社ブランドのソフト開発を進めている

冨田:こうやって谷口社長の晴れやかなお顔を拝見できるのは、逆境をひとつ乗り越えつつあるからだと思います。私もたくさんの成長企業を見てきましたが、成長し続ける会社というのは、ビハインドの度に化け続けると言いますか、背水の陣で強くなる、といった要素があると思います。最後に、今後の構想について教えていただけますでしょうか?

谷口:AR事業に関しては、日本で開催されるライブの8割くらいは当社のシステムが使われている状態を目指したいですね。主軸のゲーム事業に関しては、パブリッシング事業室を立ち上げて、自社ブランドのソフト開発を進めています。中身はまだ言えないのですが、来年に向けたタイトル開発が順調に進んでいます。近々何かしらのリリースは出したいと思っています。
※この対談の収録後、2021年10月12日にDCコミックスの人気キャラクターをテーマにしたオンライン・トレーディングカードゲーム『DC デュアルフォース』の製作を発表

自社ブランドのソフト開発を進めているのは、受託開発では利益率を上げにくいことが背景です。そうは言っても、ゲーム開発費は年々高騰しており、「1本30億円や50億円のゲームしか作らない」と言っているパブリッシャーさんもいるくらいです。

当社の規模では、すべてのリスクを担うのは難しいので、比較的小粒なタイトルで、リスクも半々、権利も半々、儲けも半々、といったレベニューシェアの形式も増やしていきたいと思っています。今後3年で30%、5年で50%くらいをめどに、自社ブランドの比率を高めてきたいと考えています。

冨田:困難を乗り越えて、利益を出せる組織力が生まれつつあるところに、自社ブランドのソフト開発やARが加わってくるとなると、ここから全く違う未来が見える可能性があると感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

プロフィール

氏名
谷口 行規(たにぐち・ゆきのり)
会社名
株式会社ユークス
役職
代表取締役社長
出身校
大阪府立大学 工学部