ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集「次代を見とおす先覚者の視点」では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者へのインタビューを通して、読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。
イリソ電子工業は1966年創業のグローバルコネクタメーカー。先行的に海外進出を行い、独自のポジションを築いて企業価値を上げてきた。今回は、2021年4月に同社代表取締役社長に就任した鈴木仁氏に、足元の市場環境から長期的な展望までを聞いた。
(取材・執筆・構成=落合真彩)
55年超の歴史上にある2つのターニングポイント
――まず、創業からこれまでの経緯についてお聞かせください。
創業者である取締役会長・佐藤定雄が、基板実装の仕事を請け始めたのがスタートです。最初に受注をいただいたお客さまが埼玉県入間郡「入曽村」(現在の埼玉県狭山市)にあったので、そのご恩を忘れないために「イリソ」という地名を社名にしています。
基板実装の仕事をする中で、基板の部品を組み立てたコネクタという製品は、非常に作業性が良いことに気づきました。ただ、すぐにコネクタを作ることはできなかったため、まずはピンとピンヘッダーという部品製造を始め、1980年代にようやく本格的にコネクタ製造に参入しました。そこからはコネクタを中心にして現在に至っています。
当初は民生系のコネクタの製造・販売をしていたのですが、その後、家電やストレージの分野、さらに現在主力となっている車載事業に軸足を移してきました。現在は年商400億円ほどで、コネクタ業界世界30位。車載部門では9位となっています。 (※Bishop & Associates, Inc.社調査、2020年)
――売上高の推移を見ると、特にコネクタに本格参入した時期と、車載市場に拡大した時期に売上が急伸しています。なぜこのような推移となったのでしょうか。
まず、以前まで主としてきた「ピン」と、今の主力である「コネクタ」では、単価が違います。コネクタの中の一部品からコネクタ自体を扱うようになったので、市場が大きくなり、売上も上がっていきました。それが1つ目のターニングポイントです。
もう1つは、車載市場のニーズに私たちの製品がミートできたことです。本格参入したのが2000年前後なのですが、当時車載事業は全社の30%ほどの割合でした。そこから一気に注力していき、今では80%以上が車載事業の売上となっています。取り立てて市場が大きかったわけではありませんが、自動車が電装化を進めていく初期段階に差しかかっていたことが成長要因になりました。
コロナ禍を乗り越え、業績回復とさらなる伸長を射程に
――生産拠点だけでなく、販売先も海外がメインとなっていますが、世界市場に対する御社の強みをお伺いできますでしょうか。
私たちはフローティングコネクタを製造しています。小型で高精密なフローティングコネクタの技術は日本が得意とするところで、競合には日系企業が多いです。その中でも、私たちが海外で先んじてコネクタ市場を取れたことが今の状況をつくっていると思います。
――現在のコネクタ市場の概況はいかがでしょうか。
コネクタ製造をする企業は現在、世界で約750社、7兆円超の規模があります。その中で当社は400億円ですので、まだまだシェアとしても拡大していけると考えています。加えて今は、自動車が電動化に傾いています。EV車、環境対応車も増えていくので、車載市場は世界的にも伸びていく状況だと考えています。
――ありがとうございます。コロナ禍におけるここ1~2年は、どのように対応されたのでしょうか。
昨年度はアジア地区も欧米もロックダウンの影響で車の生産台数が少なかったです。特に1Qは各会社が生産を止めた状況でしたので、やはり売上は伸びませんでした。そこから今は半導体不足という新たな問題はあるものの、生産が回復し、本来の営業利益を出すことができました。原材料費や運搬費が高騰している影響は多少受けましたが、それを除けばコロナ前の数字に近づいています。
――今年5月には、昨年8月に発表された中期経営計画の見直しを実施されました。その背景についてもお伺いできますでしょうか。
中期経営計画は昨年8月というコロナ禍に発表したものでした。コロナ禍にあってはどうしても予測が悲観的にならざるを得ませんでしたが、コロナが落ち着いてくれば需要が復活することは見えていました。そのような中で世の中の状況を鑑みて、改めて作りました。
ESGの取り組みにも注力。丁寧に発信活動を行う
――創業から約30年の1994年にジャスダックに上場、2016年に東証一部に市場変更されています。鈴木社長は、94年当時は現場で働かれていた時期だと思いますが、上場前後での変化はどのように感じられましたか。
上場前はお客さまへの認知度は非常に低く、小さい会社でしたので、お客さまも付き合うことに不安を感じられることは多かったと思います。上場してからはやはり認知度が上がり、そういった話はなくなりました。もちろん市場への説明責任は増えますけれども、責任をしっかり果たすことによって資金調達しやすくなりますし、社員として入社してくれる人も増えましたので、すごく良かったなと思っています。
――集まった資金はどのように使ってこられたのでしょうか。
主にグローバルでの設備投資です。上場後ですと、フィリピンやベトナム、中国の南通に工場を建設しましたし、既存の工場の組み立て設備や金型に資金を充ててきました。
――先ほど「認知度」というお話があったように、BtoB企業さまの場合、市場への認知や事業理解が、難しいケースが見受けられます。その点、御社はコーポレートサイトやIR情報の発信を工夫されているように感じました。どのようなことを心がけていらっしゃるのでしょうか。
情報発信をなるべく丁寧にしようという方針で「そこまで公開しなくても」というところまでIR資料に出しています。直近ではESG(環境、社会、ガバナンス)の取り組みに力を入れているので、CSR部門をつくり、まずは取り組みの内容を確実に載せるようにしています。内容自体はまだまだではありますが、充実させていこうというところです。
――ありがとうございます。鈴木社長の日々のインプット方法についてもお聞かせください。
家で柴犬を飼っているので、朝早く散歩することから1日が始まります。私自身、散歩が好きなので、犬の散歩をしながらいろいろ頭を整理しています。会社に来る前に日経新聞や本を読んで、会社に来てからは日刊工業新聞や雑誌を読んでインプットします。その他、「マークラインズ」や「IHS Markit」などから自動車市場の動向やデータを集めることもしています。
――鈴木社長は今年4月付で社長に就任されましが、就任前後で日々のルーティンなどは変わりましたか。
今年からは日刊工業新聞を読む量を増やしました。コネクタ以外の分野における幅広い情報や世の中の情勢を仕入れておかないと、適切な経営判断はできないので、そこは意識しています。
――本や雑誌はどのようなものを読んでいるのでしょうか。
雑誌は日経ビジネスを10年ほど前から購読しています。書籍は、組織論や経営論などに興味があります。最近は『スタンフォードの権力のレッスン』(デボラ・グルーンフェルド著)や『恐れのない組織』(エイミー・C・エドモンドソン著)などを読みました。目の前の経済状況は日々変わっていきますが、組織や経営の本質的なところは過去から不変の部分も多いと思うので、そういった部分を書籍からインプットしていこうと考えていますね。
トレンドを押さえた中長期での営業・開発を進め、1000億企業へ
――鈴木社長は、エンジニアからキャリアをスタートされ、営業・マーケティングにも携わられてきました。これから社長として求められている役割や生かしていきたいご自身の強みについて、どのように認識されていますか。
ちょうど会社が車載事業に注力し始めた2000年ごろから、私は技術者として設計をやりつつマーケティングもして、お客さまへの訪問もしてきました。お客さまと密に話をして商品を作ってきたこともあり、情報収集や商品にしていく部分に自分の強みがあると思っています。
ここは会社からも期待されているところだと感じていますし、自分でもより進めていこうと考えています。私の強み以外の領域については、各部署に秀でた人がおりますので、彼らの力を借りて進めていく所存です。
――今思い描いている未来構想についてお聞かせいただけますでしょうか。
これからも車載事業は中心になっていきます。自動車は「100年に一度の変化」と言われながら、まだまだ変わっていない部分も多いのですが、いよいよこれから環境対応車やEV車がどんどん増えることで市場が変化していくと思います。今も新製品開発を進めていますが、すべての車に私たちのコネクタが使われるようにしていきたいと思います。
また、AI等の技術の進化によって、まもなくロボットがロボットを作る時代が到来すると思います。そんな世界になれば、人間はより創造的なことに力を使えるようになります。私たちのコネクタでロボットがロボットをつくることを実現するような未来を思い描いています。
――ありがとうございます。長期ビジョンとして2030年に売上高1000億円と掲げられています。ここに向けてどういった取り組みをされていくのでしょうか。
大きく3つあります。2030年はまだまだ車載事業が大きいので、車の電動化に関する事業をより深めることが1つです。つまり、EV車領域をはじめとし、カーナビやインターネット接続といったインフォテインメント「information(情報)+entertainment(娯楽)」領域や自動運転につながるセーフティ領域への注力です。
2つ目の柱は、今後広がりを見せるであろう5Gや6G向け。3つ目は先ほど申し上げたロボット向けです。3つとも少しずつ成果が出始めているので、これから世界に浸透していくことで、1000億円に届くと考えています。
自動車の開発は数年先を見据えて行われますので、我々は常に大きな変化の中で先を読みながら中長期での営業活動、製品開発をしています。今は車の電動化、自動運転化にかかわる製品についてお客さまと話をして、実際に使っていただきながら開発を進めています。ですから投資家の皆さまには、ぜひ中長期目線での展開を感じていただきたいと思います。
プロフィール
- 氏名
- 鈴木 仁(すずき・ひとし)
- 会社名
- イリソ電子工業株式会社
- 役職
- 代表取締役社長執行役員
- 受賞歴
- アメリカの金融専門誌「Institutional Investor」の「The 2018 All-Japan Executive Team(日本のベストIR企業ランキング)」のELECTRONICS /COMPONENTSセクターにおいてセルサイドが選ぶ「BEST INVESTOR RELATIONS PROGRAM」で第2位に選出