ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集「次代を見とおす先覚者の視点」では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。
今回は、株式会社ファイバーゲート代表取締役社長の猪又將哲氏に話を伺った。
(取材・執筆・構成=菅野陽平)
1965年生まれ、愛知県小牧市出身。北海道大学卒業後に興亜火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン株式会社)に入社。95年マイネット代表取締役に就任し、札幌市中央区に本社を移転して株式会社ファイバーゲートを設立。Wi-Fi事業を手掛け、2018年に東京証券取引所マザーズに上場、19年には東京証券取引所市場第一部及び札幌証券取引所への上場を果たす。
「Wi-Fi」という言葉がないときから事業を展開してきた
――現在の事業展開の経緯について教えてください。
当社は、機器製造から電気通信サービスまで、一貫して手がける独立系Wi-Fiソリューションを展開しています。事業セグメントとしては大きく分けて、住宅向けの「ホームユース事業」とビジネス向けの「ビジネスユース事業」があります。私が役員をやっていた会社の子会社を18年前にMBOし、名前も資本も所在地も変え、大手キャリアやインターネットプロバイダの代理店としてスタートしたのが始まりです。
その頃は大手通信キャリアさんが集合住宅にブロードバンド回線を売っていこうと力を入れていまして、主に大手通信キャリアさんに取り次いでいました。日本は国土が小さいので、必然的に集合住宅も小さいものが多くなります。実は、日本の賃貸集合住宅の約2/3は20戸未満なのです。大手メーカーさんが建てる賃貸集合住宅を平均すると1棟当たり10戸未満がほとんどです。
大手通信キャリアさんとしては、1本の光ファイバーを同時にたくさんの人に使ってもらったほうが効率は良いので、できるだけ大きな物件のほうが望ましいです。しかし、小規模集合住宅は事業効率がよくないということで、大手通信キャリアさんはあまり力を入れなくなっていきました。「それなら自分たちでやろう」ということで、無線LANを利用した集合住宅向けインターネット無料サービスを開始し、サービスブランドをFGBB®シリーズに統一して提供を始めました。2005年11月のことですね。
当時はLANケーブルを1戸ずつ入れるのはコストが高く大変だったので、「無線LANに着目し、それを活用してマンション全体をブロードバンド化しよう」という考え方です。ただ、無線LANは電波法で電波が微力に限定されており、鉄骨や鉄筋は通しにくいという特徴がありました。初めは小規模物件ばかりだったのであまり問題になりませんでしたが、大規模RCマンションへの対応ではとても苦戦しましたね。
フリーWi-Fi事業を始めたきっかけは、今から13年前にiPhoneが日本に上陸したことです。Appleは「これからはコンテンツの時代になる。コンテンツを利用するときは通信量をたくさん消費する。それは通信会社だけが儲かる話で、それでは消費者が使わなくなってしまう」と思い、当時米国で普及し始めていたフリーWi-Fiに着目したのでしょう。iPhoneをフリーWi-Fi社会で存分に使ってもらおうと考えたのです。
iPhoneが日本に上陸した当時、日本にはフリーWi-Fiは全くありませんでした。Wi-Fiはお金を払って受け取るものという考え方が一般的でした。しかし、iPhoneが日本に上陸したことを受けて、私は「これは日本でもフリーWi-Fiが広がっていくだろう」と思いました。そこで2009年6月、フリーWi-Fiサービス『Wi-Fi Nex®』を開始したわけです。主に店舗などに導入いただいています。
Wi-Fiは今でこそ事業の柱ですが、最初にWi-Fiに出会ったときは、「Wi-Fi」という言葉はありませんでした。それを住宅に入れていき(レジデンスWi-Fi事業)、次に店舗に入れていった(フリーWi-Fi事業)という流れです。
キャッシュアウト先行型の事業構造
――ありがとうございます。次に2021年6月期決算説明資料を見ながら、業績についてお聞きしたいと思います。2021年6月期は「売上は想定に届かず、利益は想定以上」という結果でした。
売上が届かなかった理由ははっきりしています。私たちは、自分たちで開発した機器を外部に販売しているのですが、この販売がコロナによって大きく減ってしまいました。例えば当社が連携させていただいている某事業会社さんは、クロスセルやアップセルをしていくために店舗に関するさまざまな機器を販売していらっしゃって、私たちのWi-Fiも扱っていただいています。
しかし、コロナによって飲食店を中心に店舗の撤退や統合が増えてしまいました。先に申し上げた事業会社さんは店舗にそれらの機器をレンタルされていて、撤退や統合が増えるとレンタル品が手元に戻ってきます。新規出店がないわけではないですが、出ていく分よりも戻ってくる分のほうが多いので、私たちから新規で機器を購入する必要がなくなるのです。
当初、コロナは(2020年の)秋くらいには収まると思っていましたが、想定以上に長引いたため、売上が減ったというわけです。これはビジネスユース(フリーWi-Fi事業)の話です。ホームユース(レジデンスWi-Fi事業)は比較的堅調に契約数が伸びましたが、私たちは「初期費用は無料で、6年くらいかけて回収していく」ことが基本的なモデルですので、前期比+23.7%ではありましたが、予想には届きませんでした。
――投資家にとっては未来の数字も重要です。来期(2022年6月期)はビジネスユースの勢いが戻ってくる想定をされていますね。
コロナの悪影響の解消を見込んでいます。また、インフラ業である当社のビジネスモデル上、ストックが貯まっていくので、基本的には通期売上高が上がっていくことを想定しています。フリーキャッシュフローは足元でマイナスですが、毎年設備投資に約25億円をかけているなど、どうしてもキャッシュアウト先行型の事業構造ですので、そこは投資家の皆さまにご理解いただきたいですね。
一気通貫でサービス提供していることが強み
――御社の強みはどこにあるとお考えでしょうか?
一気通貫でサービス提供していることです。大手通信会社は通常、自分たちでは通信機器を作りません。公衆電話も大手通信キャリアさんではなく専門メーカーさんなどが作っていました。世界を見渡しても、大手通信会社は自分たちで作らないのです。
一方で、私たちは通信事業会社でありながら、ルーターなどの機器を作っています。実際はファブレスなのですが、少なくとも私たちが設計しています。それに加えて、他社製品も使い、認証システム(どこで誰が使ったなどをトレーシングするシステム)を内製化している会社はほとんどないのではないでしょうか。この認証システムもかなり高度なもので、通信キャリアさん並だと自負しています。
――ZUU onlineは日本最大級の金融経済webメディアで、不動産投資に興味がある読者も多いです。御社は、2021年1月に株式会社FGスマートアセットを設立されて、不動産の売買、賃貸、運用、仲介などを開始すると発表しました。FGスマートアセットの現状と今後について教えてください。
Wi-Fiをマンションや店舗に提供しているため、不動産業界とはいろいろなお付き合いがあります。これまでも「こんなテナントに入りたい」という要望はたくさんあり、無償で対応していたのですが、「それならビジネスにしてしまおう」ということで設立しました。足元では売買や仲介を行っています。
さらに今後は、土地を取得し、私たちでWi-Fi などを完備したIoTマンションを建て、投資家に販売することを考えています。多くのマンションを見てきましたが、正直「ここはもう少しこうしたほうが良いのに」と思うことが多いので、それをマンションづくりに生かしていきたいと思います。
ただ強調しておきたいことは、私たちのメインはあくまでWi-Fiであり、私たちの大切なお客さまである不動産会社さんの邪魔にならない範囲で展開したいと思っています。物件管理をするつもりはありません。物件が成約したら、管理会社さんにおつなぎしたいと思っています。ご紹介することで管理会社さんと深いお付き合いができたら、メインであるWi-Fiにもシナジー効果がありますので。
「ファイバーゲート解体計画」を考えている
――ここからは、猪又社長のインプット方法についてお聞きしたいと思います。日々どのような学びをされていらっしゃるのでしょうか?
「営業力はこうやって身につける」「プレゼンはこうやると良い」といったハウツー系のビジネス書はほとんど読みません。ただ、新しい知識を得るための専門誌などは積極的に読みますね。最近で言えば、太陽光事業に参入したので、太陽光に関する書籍はたくさん読みました。
日経新聞は必ず読むようにしています。「どんな広告が載っているのか」も確認したいので、電子版ではなくビュアーで読みますね。記事自体はもちろん、広告も世の中の流れを察知する重要な情報源ですので。社員にも電子版ではなくビュアーや紙で読むように言っています。
また、「WBS」「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」といったテレビ東京さんの経済番組もよく見ます。特にカンブリア宮殿は毎週録画して見ています。さまざまな経営者やビジネスが紹介されるので、学ぶことや気がつくことが多いですね。分からないことがあればネットですぐに調べること、専門家に聞くことも大事にしています。
――最後に、未来構想について教えてください。
これは株主様との対話会でもお話したのですが、「ファイバーゲート解体計画」を考えています。実は、上場してから入社している人がもう全体の約1/3います。そのようなこともあり、どこかで大企業病が始まってしまっているのではないかと危惧しています。ベンチャースピリットやアントレプレナーシップといったものがなくなってしまうのではないかということです。
そこで、事業部ごとにファイバーゲートを解体して、子会社をいくつか作って、そのすべての子会社がIPOを目指すくらい、ドラスティックな改革をしたいと思っています。世間では「親子上場はガバナンスが効いていない」と批判的な声が多いですが、親子上場は一概に悪いことではないと思っています。もちろんデメリットもありますが、できる限り「いいとこどり」をしていけば良いと思っています。
部門長が子会社の社長になると、社員から「社長」と呼ばれて、勘違いしてしまう懸念もあります。子会社の社長には大きなミッションを持たせたいですね。一番わかりやすいのはIPOです。グループが大きくなると、「この会社をM&Aしたいのだが300億円かかる」といったときに、本体から100億円、子会社Aから50億円、子会社Bから30億円、子会社Cから……、と資金調達の幅も広がります。いずれにせよ現状の時価総額には全く満足していません。改革を進めて、時価総額を大きく引き上げていきたいですね。
プロフィール
- 氏名
- 猪又 將哲(いのまた・まさのり)
- 会社名
- 株式会社ファイバーゲート
- 役職
- 代表取締役社長
- 受賞歴
- High-Growth Companies Asia-Pacific 2021(アジア太平洋地域の急成長企業ランキング 2021)259位、「デロイト トウシュ トーマツ リミテッド 2020年 日本テクノロジー Fast 50」36位
- 出身校
- 北海道大学