本記事は、高橋浩一氏の著書『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

異論
(画像=PIXTA)

動かない人の心理を理解する

人は「保留」したい生き物である

本章の冒頭では「速い思考からくる思い込み」を解説しました。速い思考の中でも特に手強いのが、1章でも登場した「現状維持バイアス」です。変化への抵抗は多くの場合、条件反射のようなものです。

たとえば、体型を気にして、ことあるごとに「ダイエットしなければ」と考え、いろいろと情報収集をしていても、実行しきれない人は多いですよね(かく言う私もそのひとりなのですが)。

なかなかダイエットを実行できない人が口にする言葉として、「ダイエットは明日から」があります。「体に悪いから食べすぎに注意しなければ」と「目の前にある美味しそうなものを食べたい」は、一見すると矛盾しています。食べすぎに注意しようと思っていても、目の前に美味しそうな食べ物があったら、つい手を伸ばしたくなるのが人の心情です。

このように、2つの認知がお互いに矛盾している(ぶつかっている)とき、人はモヤモヤします。モヤモヤしているこの状態を「認知的不協和」と言います。認知的不協和に対して、人の心はいつまでも耐えられません。認知的不協和の解消は、自分の行動や現状を正当化する方向に向かいやすい性質があります。

「ダイエットは明日から」という結論は、「体に悪いから食べすぎに注意しなければいけない」という決意を崩してはいませんし、「目の前にある美味しそうなものを食べたい」という欲望も満たすことができます。これは「ダイエットを先延ばしにした保留」ですが、自分の行為を(その瞬間においては)正当化してくれるのです。

ビジネスシーンでも、2つの矛盾した認知に対して、「現状維持による保留」は随所に見られます。

たとえば、職場の作業環境に対してみんなが不便さを感じており、あなたが有料のクラウドサービスを使った業務効率化を上司に提案したとします。

そのツールを使うことで業務が便利になるとしても、こういった「変化を伴う提案」に対して、上司がよく言う台詞は「提案ありがとう。少し考えてみるよ」です。

上司としても、現状の不便をなんとかしたい思いはあるはずです。一方、提案された解決策を実行するには、それなりのコストやリスクも発生します。

コストというのは、必ずしもお金がかかることだけではありません。業務ルーチンの何かを変えるには、それなりの影響があるはずです。また、クラウドのサービスであれば、セキュリティ面で安心できるのかといった不安もよぎります。

現状を変えたい気持ちに賛同はするものの、提案内容については確信が持てていない。上司は、「少し考えてみるよ」と反射的に答えてくるでしょう。「もう少し考える」という結論によって、提案を拒否するわけでも、何かを変えるリスクを取るわけでもありません。

上司の行動は正当化されます。

人は「自分と異なる意見」を認めたがらない

「現状維持による保留」と同様に、知っておくべき心の性質として「自分と異なる意見」を無意識のうちに退けやすい傾向があります。

たとえば、提案を受ける購買担当者のケースで考えてみましょう。「当社のサービスは高単価だが機能が充実しているので、ぜひ導入していただきたい」と、営業は購買担当者を動かそうとします。このとき、「当社にとってはオーバースペックでは」と口にする購買担当者に対して、営業が「そんなことはありません。御社にはこれくらいの機能が必要です」と即答してきたらどうでしょうか。

両者の主張は異なっています。すると購買担当者は、「営業の言っていることは間違っているだろう」と考えやすくなります。認知的不協和の解消は、自身を正当化する方向に向かうのです。

「営業が事例として挙げた会社はたしかに成功したかもしれないが、当社はそれとは違う特殊な事情を抱えている」「この営業は当社のことをよく理解していないから、的外れなことを言っているのではないか」といったように、購買担当者は無意識のうちに「相手が間違っている証拠」を探し始めます

こうなると、「この価格に見合うだけの効果があるかどうか確信できない」「社内に稟議を通すときに突っ込まれるかもしれない」と、断るための言い訳がどんどん出てくるでしょう。

自分と相手の意見が異なったときに論破しようとしても、うまくいきません。自分と異なる意見は相手から無意識に退けられやすいのです。

人は、他人に説得されるより自分に説得されたい

もともと、他人の言葉に対して耳を傾けるように人の心はできていません。人は「他人に説得されるより自分に説得されたい」のです

人の心理には「コミットメントと一貫性」という原理があります。これは、自分がいったん口にしたことや過去に取った行動と矛盾することをしたがらないという心の性質です。過去の発言に自分の行動を整合させようとするのです。

たとえば、「あなたは今度の選挙に行く予定ですか」というアンケート調査にもとづく実験があります。ここで、「選挙に行くつもりだ」と回答した人は、その後に投票に行こうとする傾向が強くなります。

人は誰しも「よく見られたい」という心理がありますから、「あなたは今度の選挙に行く予定ですか」と問われれば、「行くつもりはありません」とは答えづらいでしょう。そして、いったん「行く予定である」と答えたら、それを覆すのは何となく気持ち悪くなるものです。

「選挙に行きなさい」と説得されるより、自分で「選挙に行くつもりだ」と表明する機会を増やすほうが、投票率が上がります。これが「コミットメントと一貫性」の原理です。

『気持ちよく人を動かす』より引用
高橋浩一
TORiX株式会社 代表取締役。東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で社員数70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで3万人以上の営業強化支援に携わる。コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略 オンラインとリアル ハイブリッドで勝つ』(ともに日経BP)を出版、シリーズ累計6万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。

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