本記事は、高橋浩一氏の著書『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

上司
(画像=PIXTA)

最高を望み、最悪に備えよ

想定外のことに慌てない準備をする

「想定する力」とは、ゴール設定をしたうえで、発生しうる壁(疑問や反論)をできる限り洗い出し、どう対応していくかのシミュレーションをするスキルです。

イギリスの首相を務めた歴史上の人物、ベンジャミン・ディズレーリの言葉に「最高を望み、最悪に備える」というものがあります。

ビジネスシーンにおいても、こういった心構えは非常に重要です。

人に動いてもらう局面において、「最高」は、気持ちのよい合意に至って相手が動いてくれることです。一方、相手との関係が悪化したり、これまで積み重ねてきたことが台無しになったりするのは「最悪」です。

最高の状態だけ考えて場に臨むと、想定外の壁にぶつかって右往左往してしまうことがあります。一方、最悪の事態をあれこれ心配しているだけでは、物事が前に進みません。そこで、「最高」と「最悪」の両方をイメージしておくのです。

たとえば、社外との交渉におけるひとつのケースを考えてみましょう。

あるメーカーA社が販売代理店B社と、販売条件の交渉に臨んでいるとします。A社はB社に「もっと力を入れてA社の製品をたくさん売ってほしい」と思っています。

もしみなさんがメーカーA社の交渉担当者だったら、「最高」と「最悪」をどのように想定し、備えますか?

A社が描く「最高」の状態は、B社と良好な関係を築いたまま、B社がたくさん売ることを約束してくれる一方で、販売マージン率(1つ製品が売れた場合のB社の取り分の比率)をできるだけ低く抑えることでしょう。そうすると、理想ラインとしての販売数量やマージン率を明確にしたうえで、B社に対して「この条件でA社と取引することがいかに魅力的なことか」を伝えるための情報を揃えておくことになります。

一方、B社からすると「無謀な数量を売る約束はせず、マージン率は極力高いほうがいい」に決まっています。A社がいかに製品の魅力や販売のコツを情報提供したり、B社にとってのメリットを訴求したりしても、最終的にマージン率についての議論が煮詰まると、取り扱い数量について合意に至らない可能性があります。

こういうとき、「最悪」に備えるとは、たとえばこのような悲観シナリオを可能な限り洗い出しておくことです。

  • B社との関係性が悪化し、契約を解消したい意向を伝えられる
  • 本来は合意できるはずなのに、判断材料となる情報が足りずに結論が出せない
  • B社がA社製品販売に対して「魅力的でない」と思い込んでしまい、後ろ向きになる
  • B社から、いきなりA社にとって望ましくない条件を強く要望される

そして、最悪の事態に対しては、「そもそも、その事態が起こらないように予防する」「いざ起こってしまったときに、事態を収拾できる準備をする」という2つの方向から、しっかり対策を考えておかねばなりません。

たとえば、「その事態が起こらないように予防する」には、次のような対応が必要です。

  • 「判断材料となる情報が足りずに結論が出せない」とならないように、用意しておくべき情報を丹念に洗い出す
  • 「いきなりA社にとって望ましくない条件を強く要望される」ことのないよう、打ち合わせの前に先方の担当者へ電話し、感触をヒアリングしておく

また、「起こってしまったときに、事態を収拾できる準備をする」というのは、このようなアクションです。

  • 万が一、関係がこじれて「契約を解消したい意向」を伝えられてしまったら、A社としてどう対応するかの方針をあらかじめ考えておく
  • B社が思い込みから「後ろ向き」な反応を示したとき、当社(A社)側の上位役職者にすかさずフォローしてもらう段取りを組んでおく

最高の状態を実現するためのアクションを組み立てつつ、このように想定外の事態に慌てない準備をしておくことが重要です。「最高」と「最悪」を両方とも考えておくことで、臨機応変な対応が可能になり、安心して「共に創るディスカッション」に臨めるようになります。

「ゴール」「壁」「対応策」をシミュレーションする「想定する力」の特徴は、最高と最悪の両方をイメージして準備しておくために、T字型の図を用いて「ゴール」「壁」「対応策」を考えることです。

「お客様への提案」のケース(下図参照)を用いて、改めて詳しく解説します。「営業パーソンが、新規開拓の活動として、現場の担当者に2回目の訪問をする」という状況です。

『気持ちよく人を動かす』より引用
(画像=『気持ちよく人を動かす』より引用)

いわゆる法人営業では、現場の担当者から賛同を得られても、決裁者の合意をもらわなければ受注に至りません。そこで、商談においては、「現場の担当者から賛同をもらい、次に決裁者(上司)とのアポイントを設定していただく」ことを目指します。

しかし、そう簡単に決裁者同席のアポは取れません。忙しい上司を引っ張り出すためにはそれなりの理由が必要です。現場の担当者からすると、「本当に上司を同席させる価値があるか」を見極めようとするでしょう。また、そもそもそれ以前に、基本的な信頼を得られなければ先には進めません。

そこで、「ゴール」「壁」「対応策」を書き出してみると、このようになります。

実現できたらこの場の目的は達成だと言える「ゴール」

現場担当者から「私としては導入したいので、次回は上司である部長を同席させますね」という台詞をいただけると、商談は大きく前進します。もちろん、最終的に導入いただくためには、決裁者の承認を得ることが必要ですが、この「現場の担当者との商談」においては、担当者から「上司同席の確約」をいただくのがゴールとなります。

ゴールにたどりつくために乗り越えるべき「壁」

現場担当者から出てきそうな疑問や反論について洗い出します。ここでのポイントは、実際に言われそうな台詞だけでなく、心の中でわき起こるネックについても書き出すことです。

新規の営業であれば、まだ、営業と現場担当者とのあいだには人間関係ができていないケースが多いでしょう。担当者の側には、「よくわからない会社から売りつけられたくない」のように、条件反射的な防御反応が起こるものです。

また、その防御反応をかいくぐって、「話を聞いてみるか」となっても、賛同いただくためには課題の整理が必要になってきますし、現場担当者の思い込みによって警戒される場合があります。たとえば「以前もこの類いの導入案件に関わったことがあったが、面倒くさい思いをした。今回も、自分に負担がかかるような話なのだろう」といったものです。

そして、いざ購買を検討するかどうかとなったときには、損得勘定として、費用対効果が気になるはずです。「価格が高くて割に合わないのでは」と思われてしまうと、先に進めません。

こういった、「発生しうる壁」について、ひと通り書き出してみます。最悪の事態に備えるために、できれば壁については「思いつく限り、たくさん」リストアップしておくことが必要です。

壁にぶつかったときの「対応策」

ここでは、洗い出した壁に対して、原則として「1対1」で対応策を考えていきます。

いくつかの壁に対して、「まとめてこの1つの対応策で十分」としてしまうと、いざ壁が発生したときに対処しきれません。

「関係性の壁」に対しては、まず、いきなり製品紹介に入らず、業務上のお悩みを聞くことで、お客様を理解することが大切です。「情報整理の壁」については、課題を網羅的に確認し、優先順位をすり合わせることが必要になってきます。そして「思い込みの壁」に対しては、過去のマイナス体験を聞いたうえで、それとは異なることを示します。いざ本格的に検討いただく段階に進んだら、充実したサポート体制を説明したうえで、投資対効果を示すことによって、「損得勘定の壁」を乗り越えます。

この作業をするとき、大事な注意点があります。それは、壁が洗い出しきれなかったり、対応策が思いつかなかったりしたら、それを放置しないことです。自分がイメージしきれないときには、上司や先輩など周囲の力を素直に借りましょう。

慣れるまでは大変ですが、T字型で「ゴール」「壁」「対応策」が書き出せると、これからどういうことが起こるか(それに合わせてどんな準備をすべきか)イメージができるようになります。ひとつの目安としては、5〜10分ほどの時間で手元にT字型が書ければ御の字でしょう。

それでは、「ゴール」「壁」「対応策」をスムーズに考えられるように、「想定する力」におけるコツをお伝えしていきます。

『気持ちよく人を動かす』より引用
高橋浩一
TORiX株式会社 代表取締役。東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で社員数70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで3万人以上の営業強化支援に携わる。コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略 オンラインとリアル ハイブリッドで勝つ』(ともに日経BP)を出版、シリーズ累計6万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。

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