上場企業の経営者たちは、現在の事業や未来構造についてどのような視点を持っているのか。特集「次代を見とおす先覚者の視点」では、インタビューを通じて経営者の嗅覚、ビジネスアプローチ、モノを見る視点を洗い出す。
1963年創業の三ツ知は、自動車部品のカスタムメーカーとして飛躍した。1980年代から海外進出し、2018年に代表取締役社長に就任した中村和志氏も海外組の一人だ。三ツ知の事業領域や社の強み、今後の展望などについて、中村社長に詳しく話を伺った。
(執筆・構成=横山由希路)
1960年生まれ。2007年に株式会社三ツ知に入社。09年にタイの子会社であるThai Mitchi Corporation Ltd.の副社長となり、14年には同社代表取締役社長に就任。18年にはタイ在住のまま株式会社三ツ知上席執行役員となる。海外での工場経験が豊富。18年9月に代表取締役社長に就任した。
約1万アイテムを生産し、自動車産業を支える完全カスタムオーダーの工業用ファスナーメーカー
―― まずは御社の事業内容についてお聞かせください。
三ツ知は、主に自動車の車体用部品をつなげる留め具、締め具といった工業用ファスナーの企画・製造・販売をしています。自動車が生み出すスピードやエネルギーに耐えながらも固定できる、摩耗に強い耐久性のある部品ですね。当社の製品は小売の規格品は扱わず、すべてお客さまからのカスタムオーダーです。提案営業によって、お客さまに最適な付加価値の高いカスタム製品を中心に約1万アイテムを生産しています。
たとえば、座席の位置や背もたれ角度を調節するシート用部品。ほかには、窓を開閉するためのウインドウレギュレーター用部分やリアドアやトランク、シートなどのロックを行うロック用部品、その他エンジン用部品、足回り部品を企画生産しています。
企画力と技術力で、自動車業界以外でも独自製品を手掛けてきました。その代表が、特許・実用新案製品の「クイックジョイント」です。ネジのように回すことなく、押し込むだけで締結できる留め具で、施工時間の短縮や作業の省力化を実現するものです。シールド工法によるトンネル工事など、土木業界で30年以上使われてきました。
その他、クイックジョイントの技術を用いた自社ブランド品「サンクイックナット」「オールクイックナッター」も押し込むだけで締め付けや取り外しが可能で、締め付けが困難な場所や仮締めに使われています。
―― 御社はもともと「ものづくり」の会社ではなく、商社だったようですね。
そうですね。当社グループの出発点は、カスタムファスナーの販売を目的とした1963年設立の三ツ知鋲螺(びょうら)でした。高度成長期に自動車産業が大きくなるにつれ、締結部品を中心に当社も大きくなっていきました。いよいよ商社のみならず製造も行わなくてはと、1971年に設立したのが三重県松阪市の製作拠点・三ツ知製作所でした。
その後、国内各地に工場、営業所ができ、1987年にはタイ・バンコク、2001年にアメリカ・テネシー州、2010年に中国・蘇州に進出しました。現在、当社を含めたグループ会社は7社になりました。
お客さまは、トヨタ系の完成車メーカーに直接部品を供給するティア1(一次請け)企業、ティア2(一次請けを支える二次請け)企業が中心ですね。一部、完成車メーカーさんもいらっしゃいます。タイ、アメリカ、中国の各子会社は、トヨタ系メーカーに限らず、各国で強いメーカーさんとの直接取引が多いですね。
長いタイ在住経験から見えた日本の「ものづくり」の強烈な危機感
―― 中村社長は2009年よりタイの子会社であるThai Mitchi Corporation Ltd.の副社長・社長を経て、2018年に現在の代表取締役社長になられました。長い海外経験から、「このままだと、日本の『ものづくり』は中国に負けてしまう」とおっしゃられていることもありました。
いや、もう負けてます。中国に負けてる(笑)
何が負けているかというと、やはりスピードなんですよ。極端に言えば、中国だと経営者が即決して、翌日にはある程度形になっているようなスピード感です。経営が速いので、技術革新もすさまじいスピードで進んでいく。もう決定的な違いはそこですよね。
実際にローカルの人たちと働くと、働く人の姿勢も経営文化も「日本が海外と違っていた」というよりも、「タイもアメリカも中国もグローバル・スタンダードなのに、日本だけが大きく変わっていた」ことを実感しますよね。そしてローカルの企業は日本に貢献するよりも、その国に貢献するのが一番です。
ローカルの人たちは自分の生活をよりよくしたい、知識を広げたいと思って働きます。しかし、日本は年功序列や終身雇用が崩れたとはいえ、会社のために働く人もまだいるでしょう。ある程度知識が身についたら転職するのが自然なので、会社にずっと居座る人はなかなか成長しないと思ったほうがいいですよね。
ちなみにタイでは、成果を上げた人にドーンと賃金をアップして、他の従業員ときっちり差をつけます。日本ではまだそこまでの差はつけられていないのですが、今期の構造改革で人事制度も大きく変えましたね。
―― 構造改革で具体的にどのようなことを変えられたのですか?
若い社員を活躍させる仕組みで、若手がすぐに課長、部長クラスになれるスキームを作りました。賃金、ベースアップも含め、若手が頑張った分、給料がどんどん上がる取り組みですね。一方で年功序列によって給料が上がってきた古いメンバーもいますので、役職定年制、会社から去っていただける方への早期退職制度も設けました。
今年7月に発表した2022 年6月期を初年度とする中期経営計画のキーワードは、「転換」です。社員の考え方、働き方、仕組みを転換する。中国をはじめ、他国の企業スピードがとても速いため、昔ながらの企業体質を変えない限り、日本の「ものづくり」は残っていけない。だから、ものすごく危機感を持っていますね。
経営スピードを上げるために、組織を高さのある三角形のピラミッド方式から、底辺に幅があり高さのない三角形のようにフラットな形にする必要があります。底辺から頂点までの長さが短ければ短いほど、経営スピードや社員の昇進スピードが上がるからです。
柔軟な考え方を持って、結果を出し、前向きな発言ができる人は、早く昇進させていきたいですね。年功序列で上がってきたベテランの意見に若手が萎縮しないように、若手社員が自発的にモノを考えられるように。仕事以外のコミュニティでも若い社員にいろいろな発言をしてもらって、それを私は経営に生かすのです。
実は7月に、若手が中心の営業戦略推進室を作りました。100年に一度の大転換期に、営業戦略だけでなく事業戦略も考えていかなければいけない。未来を見据えて、若い社員を中心にいろいろなことにチャレンジしていきたい。営業戦略推進室は、我々のような古い人間が口を出してはダメなんですよ(笑)。
EV化が進む自動車業界で三ツ知が注目するのはシャフト部分
―― 御社は「ものづくり」の会社さんですから、「技術力」や「品質」といった強みをお話しされるかと思いきや、「組織変革」について熱く話されているのが意外でした。御社の「技術力」や「品質」についてはいかがですか?
これは「組織変革」にも通じる部分で、三ツ知は早くからコンピューターシミュレーションで機械設計をするCAE(Computer Aided Engineering)解析などを取り入れていましたが、今後も現場オペレーターが長年積み重ねた感覚知はデジタル、AIを活用して置き換えていきます。これも中国に遅れを取らないためです。
当社のコア技術は、素材を熱することなく常温で加工し、生産性を大幅に向上させる「冷間鍛造(たんぞう)」です。「冷間鍛造」の特徴は、まず生産速度が速いこと、削りカスなどが出ず材料の無駄が少ないことから省資源化が実現でき、製造コストが下げられること。そして製品強度を高めて、高い品質が保てることです。
「冷間鍛造」技術は、お客さまの幅広い要望に対応するために、新製品の立ち上げごとに新しい工法開発を進めています。しかし、良い「品質」の製品を作るには、工場の技術だけでは賄えません。どれだけ営業担当と技術担当が、お客さまとコミュニケーションを交わしながらモノを作っていくか、正確なヒアリング力がカギとなります。弊社がお客さまにあまりご迷惑をおかけすることなく短期間で商品を立ち上げることができるのは、お客さまとのコミュニケーションの質が良いからです。「品質」は「品物の質」と書くため、製品の質ばかり考えられがちですが、弊社の「品質」はコミュニケーションも含めた質と捉えているのです。
―― 中村社長が今後注目している分野や、御社の描く未来像を教えてください。
これからはさまざまな観点でカーボン・ニュートラルな世界になっていきます。自動車業界では、EVや水素を使った車などが中心になっていくでしょう。
現在のガソリン車は約3万点の部品からできていますが、EV化が進むことで、車の部品は約2万点まで減ると言われています。部品が減る、モノが小型化すると製品の精度は、一段も二段も厳しいものになります。弊社の製品はEV化をしても必要とされるシートや駆動、足回りに使われる部品です。しかし今後お手伝いできるとしたら、エンジンの動力を伝えるシャフトやその構体に使われる部品に変化していくと思います。今まで以上にチャレンジが必要になっていきますね。
弊社の未来ですが、今後も会社の資本であるファスナー部品製造は変わりません。これはもう、揺らぐものではありません。しかし既存のお客さまは、EVをはじめとした新しい新規事業を考えておられると思います。その既存のお客さまの新規事業をお手伝いしたい。また既存事業の新しいお客さまを開拓して、社の規模を大きくしていきたい。この2本柱で未来も進んでいきたいですね。
―― 最後に、中村社長の経営哲学を教えていただけますか?
「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず、勇士は其の元(かうべ)を喪うことを忘れず」です。
これは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出てくる一節です。もともとは「孟子」の中で孔子が語った言葉として出てくるもので、吉田松陰の「孔孟箚記」に綴られたものですね。
「志士はいつ首を斬られてもいいように、常に頭上から石が落ちてくること危険を察知しながら、物事に対応しなければいけない」という意味です。それくらい自分の命を懸けて、会社経営をしていくと。
「竜馬がゆく」の生き方や考え方が素晴らしいと思います。今の時代こそスピードアップして、どんどん考えて行動に移していかないといけません。経営スピードを速めていかないと、日本の「ものづくり」は沈没してしまいますから。そうならないように、頑張らないといけないですよね。
プロフィール
- 氏名
- 中村 和志(なかむら・かずし)
- 会社名
- 株式会社三ツ知
- 役職
- 代表取締役社長