次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回お招きしたのは、愛知県豊橋市に拠点を構える、武蔵精密工業株式会社代表取締役社長・最高経営責任者の大塚浩史氏。同社は自動車部品事業をコア事業に掲げてきたが、近年は人工知能(AI)の技術開発や製造現場への実装に取り組み、エネルギーソリューション事業、植物バイオ事業など新規事業の創出・拡大も積極的に推進している。
ここでは、多岐にわたる事業展開に対する狙いや、同社が思い描く未来構想について大塚氏にお聞きした。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1965年 愛知県豊橋市生まれ
1989年本田技研工業株式会社入社。1991年武蔵精密工業株式会社に入社し、1993年欧州事業責任者としてイギリス、ドイツに駐在。2002年に帰国し同社営業本部長に就任。2004年常務取締役、2005年専務取締役を経て、2006年5月代表取締役社長に就任。
創業100周年となる2038年に向けたムサシ100年ビジョン「Go Far Beyond!枠を壊し冒険へ出かけよう!」を掲げ、コア事業であるモビリティ事業の深化に取り組む。自動車業界が100年に一度といわれる大変革期を迎えるなか、AIやエナジーソリューション、農業、植物バイオといった新規事業領域でのイノベーション創出にも挑む。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
自動車業界が迎えた100年に一度の大変革期
冨田:御社は自動車部品メーカーとして存在感を発揮していますが、事業を取り巻く環境に変化は起きていますか。
大塚:我々が主戦場とする自動車業界では電動化や自動運転をはじめ、100年に一度といわれる大変革期を迎えています。当社としても5年ほど前から「自動車業界は大きく変わる」との認識を深め、さまざまなことに取り組み、少しずつ形にしてきました。せっかく世の中が変わるのなら、変化に翻弄される側ではなく、変化をリードする側に立ちたい考えです。自動車の動力がガソリンエンジンからモーターに置き換わると自動車の部品点数が大幅に減少してしまうとネガティブに捉えるのではなく、電動化に伴って新たに減速機ユニットが必要になるなど、今はない市場が生まれるとポジティブに受けとめることができます。電動化の急速な進展が予想される2025年に向けて会社の生き残りをかけ、成長につながる準備を進めている状況です。
冨田:2年前くらいに大塚社長があるイベントで登壇され、電気自動車についてスピーチされていたことを覚えていますが、今はその方向がより顕著になりました。言うなれば、ゲームのルールが変わるわけですが、その中でも変わらない武蔵精密工業としての強さは、どこにあるのでしょうか。
大塚:会社は創業者の思いで生まれます。当社は私の祖父である大塚美春が「自分の技術を生かして事業を手掛けたい。人々と一緒に働きたい」というビジョンのもと83年前に創業しましたが、当時から変わらないのが「テクノロジー」というバックボーンです。当初は航空機、戦後はミシン、オートバイ、自動車と扱う部品は変遷しましたが、根底にあるのは確固たる技術力でした。人類の歴史においても産業革命がそうだったように、今後もテクノロジーが世界を変えていきます。当社のバックボーンもテクノロジーですから、自動車部品メーカーとしての枠にとらわれず、新たな技術を生かして多くの人を豊かにしていくべきです。
今年4月に発表した、創業100周年に当たる2038年に向けた新たな旗印である「ムサシ100年ビジョン「Go Far Beyond!枠を壊し冒険へ出かけよう!」には、創業者の思いを大事にしながらも、既存の枠組みを打ち破ってさらなる成長を実現しようという意志が示されています。
冨田:ムサシ100年ビジョンのサイトは創業の精神である「質実剛健 至誠一貫」の紹介から始まり、ムサシの使命「わたしたちは、テクノロジーへの"情熱"とイノベーションを生み出す"知恵"をあわせて、人と環境が"調和"した豊かな地球社会の実現に貢献します」を強調しています。加えて、最新のテクノロジーを取り入れイノベーションを起こすという、御社の姿勢を理解することができました。
大塚:ただし、テクノロジーを使い、GoogleやFacebookのような会社を目指すわけではありません。当社では多くの従業員が製造や開発の現場に立ち、扱うのはリアル系のテクノロジーですし、リアルな世界や人々の生活そのものを良くしたい考えです。
新しいテクノロジーとしてはAIやデータビジネスに関心があり、2019年にはAIの研究開発を手掛ける「Musashi AI」を設立したほか、シリコンバレーやイスラエルのスタートアップ企業に対する出資も行っています。これらで目指すのは、テクノロジーをベースに人々の困りごとを解決する事業です。データビジネスの分野もリアルなデータを収集して利活用するビジネスが本格化するのはこれからですが、それを見据えた準備も進めています。
生産現場では新たな取り組みが始まっています。例えば、当社には日本国内だけで約1300人もの従業員がいて、彼らが毎日生産現場で生み出すデータは膨大な量です。リアルからデータを吸い上げ、そのデータを使いより良い結果を出すことに興味があり、AIをはじめとする新規事業領域でも新しいテクノロジーをふんだんに取り入れ、困りごとの解決に臨んでいます。DXの文脈でもコスト削減や効率化そのものの先にある、データを使い何ができるかを突き詰めたい考えです。
新規事業を興す条件は「社会課題を解決するかどうか」
冨田:すべてのものがITにつながりデータがある世界で、インターネット上のデータはGAFAが握っていても、ものから得られるリアルのデータは御社が抑えているとなると、インパクトがあります。
大塚:そちら側に行きたいですね。自動車業界では電動のアップルカーが登場する、 といった報道がありました。ところが、実際に自動車を製造しているメーカーが圧倒的に強いのは、過去から現在にわたり顧客が何百万人もいることです。それを起点に、今後はデータを使ったサービスに転換していくと思います。リアルの世界からデータの接点を持つ企業は強く、活用できるかどうかが生命線になるでしょう。我々はBtoBのビジネスですが、多くの従業員とその家族という母数があり、世界中に2万台以上の工作機械も持っています。これらからデータを集めることをベースに新しいテクノロジーを掛け合わせ、いろいろな価値を生む方程式を作りたいところです。
冨田:近年はエネルギーソリューションや植物バイオなど、現在のコア事業とは異なる領域にも参入しています。領域としては社会課題に近く、SDGsなどを意識しているのでしょうか。
大塚:かなり意識しています。それは、新しい事業を興すときは「テクノロジーで世の中の困りごとを解決すること」を条件に定めているからです。今年度新たに策定した自社の使命(Our Purpose)では、ムサシの存在意義を「わたしたちはテクノロジーへの“情熱”とイノベーションを生み出す“知恵”をあわせて、人と環境が“調和”した豊かな地球社会の実現に貢献します」としており、ムサシとして最終的には人や地球が豊かになることに貢献することを目指しています。テクノロジーにより社会課題を解決し、世の中の人たちから必要とされる「エッセンシャルカンパニー」になりたいです。そのためにも、我々の使命に基づいた事業であるかどうかは非常に重要で、SDGsも取ってつけたわけではありません。
冨田:直近では植物バイオ事業といったウェルビーイングの分野にも取り組み、機械から離れた領域だと思っていましたが、社会課題の解決という共通項があるのですね。そもそも、御社は航空機からミシン、オートバイ、自動車と事業を変えてきましたが、言い換えると世の中の課題の変化にアジャストする経営だと考えると、理解が追いつきます。
大塚:我々が本社を構える愛知県の東三河地域は農業が盛んですが、農家の方は人手不足や後継者不在といった問題を抱えています。こうした状況を何とかすべく、当社の社内スタートアップ企業のアグリトリオは、「農How」という個人と農家をつなぐ人材マッチングサービスを展開してきました。さらに、東三河地域で農業が盛んな理由は温暖な気候だけではなく、特殊な土壌も関係していることが近年の研究で判明してきました。東三河地域の特殊な土壌で育った植物には、植物由来の機能性成分が豊富に含まれることもわかっており、この機能性成分を活用したインナー・アウターケア商品ブランドを展開する株式会社Waphyto(ワフィト)にも出資しています。
その先にはさらに東三河で育った植物の機能性成分を活用して社会課題の解決につなげる事業展開も見据えています。これも最初からバイオではなく、困っている方々がいて、さまざまな出会いがあるうちに「人のためになる」「まねができない」といったことを形にしたまでです。当然ながら、ムサシが本社を構える東三河地域を中心に事業展開することにも価値を感じています。東三河地域の植物を活用したビジネスが大きく育てば、地元の農家の方たちの助けにもなるはずです。
世の中のためになるのであれば我々の領域から遠くてもチャレンジしますし、ITやAIはすべての事業の共通項ですから、テクノロジーを応用して課題解決に努める方針です。
あえて、自動車部品メーカーと呼ばない
冨田:マーケットを捉えたポートフォリオをこれだけ持つのは、簡単なことではありません。一方で、御社の創業からの歴史、創立100周年を迎える2038年に向けたムサシ100年ビジョンの内容を理解すると、ポートフォリオの意味がわかります。
大塚:最近は会社の説明が難しくなってきて、かつ自動車部品メーカーの枠を壊そうとしているので、「テクノロジーで世の中を豊かにする会社」と答えています。未来志向的に、あえて自動車部品メーカーと言わないようにしています。
ムサシ100年ビジョンのゴールを2038年にしたのは、100周年という理由だけではありません。私が社長に就任した15年前は2020年ビジョンを定めました。2020年ビジョンの次は2030年ビジョンを策定するつもりでいましたが、自動車業界は足が長いインフラ産業ゆえ、10年の時間軸を飛ばしたくらいでは「その頃にEV化はまだ起きていない」「自動運転なんてまだまだ」という議論になると思ったのです。ただし、さらに先になると「絶対に電動化や自動運転が進んでいる」という前提が共有できるため余分な議論がいらず、2030年の少し先かつ当社の創業100周年に当たる2038年をターゲットにしました。5年前だとEV化は未知数でしたが、今はEV化の流れが着実に進むことがわかっていて、こと自動車業界において「VUCA(ブーカ)」の時代は終わったと思っています。
冨田:終わったとはどういうことですか?
大塚:2050年に向けたカーボンニュートラルの実現といった大きな方針が決まり、世界はそちらに向かっていくからです。その中で自動車業界は「CASE(Connected:コネクテッド/Autonomous:自動運転/Shared&Services:カーシェアとサービス/ Electric:電動化)」と言われるように、自動運転とEV化が着実に進んでいくことが見込まれています。先が見えないVUCAの状態ではなく、残されたのは何年で実現するかという議論だけです。そうであるのならば、我々は2038年を見据えて全力疾走するだけで、少しでも早く取り掛かるしかありません。産業革命でも勝ったのは、最初にテクノロジーを取り入れて動いた人たちでした。それは今でも一緒だと思っています。方向性は見えたので、自動車部品メーカーの枠も壊して、最新のテクノロジーで世の中を豊かにする方向に走るだけです。
冨田:2~3年先はVUCAであっても、17年後はそうでないということですね。先が見えるなら行動も決まってきますし、御社のような規模でオーナー企業であれば、思い切ったベクトルに進むことができます。こういった姿勢を可視化したのがムサシ100年ビジョンだと感じました。
大塚:おっしゃるとおりです。我々の最大の強みは、歴史の中にある時代の変化に挑戦し続けたDNAです。航空機産業は戦後に消滅し、その後もミシン産業からの撤退や私の時代にもリーマンショックなどいろいろなことがありましたが、生き抜いてこられたのは、変化を恐れなかったからです。ただし、思い切りアクセルは踏みますが、既存のコア事業も大切にしてキャッシュを生み、適度な範囲内で新規事業に投資していかないといけません。
冨田:最低限の規律をもって取り組むということですが、GAFAではなし得なかったイノベーションが起きて、最終的には街を作っていそうなイメージです。御社の事業は世の中の困りごとをテクノロジーで解決するという一貫性があり、大きな可能性があるとわかりました。本日はありがとうございました。
プロフィール
- 氏名
- 大塚 浩史(おおつか・ひろし)
- 会社名
- 武蔵精密工業株式会社
- 役職
- 代表取締役社長、CEO(最高経営責任者)