次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUUonline総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。

今回お招きしたのは、株式会社アイリッジの代表取締役社長の小田健太郎氏。O2O/OMOソリューションの提供を中心としたインターネットサービスの企画・開発・運営で知られるが、ここでは同社の競争優位性や思い描く未来構想についてお聞きした。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

株式会社アイリッジ
(画像=株式会社アイリッジ)
小田 健太郎(おだ・けんたろう)
株式会社アイリッジ代表取締役社長
1975年東京都出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、NTTデータを経て、ボストン・コンサルティング・グループ入社。モバイル業界を中心に、事業戦略、新規サービス立ち上げコンサルティングを多数実施。2008年にアイリッジを創業し、2015年東証マザーズ上場。O2O/OMO(Online to Offline/Online Merges with Offline:ネットとリアルを融合した集客販促)業界のリーディングカンパニーとしてデジタルマーケティング領域での事業を展開。アプリ決済やデジタル地域通貨等のフィンテック、MaaS、VUI(Voice User Interface)といった新たな取組みも進めている。
冨田 和成(とみた・かずまさ)
株式会社ZUU代表取締役
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。

スマートフォンの普及を足掛かりに多岐にわたる事業領域を展開

株式会社アイリッジ

冨田:ファン育成プラットフォームの「FANSHIP」をはじめ、店舗や消費者に身近なソリューションをいくつも展開しています。最初にビジネスの変遷からお聞かせください。

小田:私は大学を卒業後、NTTデータに新卒入社して5年間働き、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を経て2008年にアイリッジを創業しました。コンサルタント時代にモバイルインターネットの世界にかかわり、非常に強く伸びると確信したことと、個人的にも興味深い分野だったので、この領域でビジネスを進めたいと思ったのです。

冨田:2007年に初代iPhoneが登場するなど当時はスマートフォンが生まれたタイミングで、その黎明期に合わせて会社を興した格好です。

小田:2009年にはフィーチャーフォン向けに、携帯電話の待受画面にポップアップで情報を配信する「popinfo(ポップインフォ)」の提供を始めました。翌年にはスマートフォンにも対応するなど、試行錯誤しながら事業を展開しましたが、スマートフォンを活用したマーケティングソリューションの展開が、初期の模索時期にたどり着いた事業の柱の1つです。

スマートフォンアプリは位置情報を取得しやすいのが特徴で、小売店をはじめとする企業様の店舗に近づいたらGPSやBeaconで位置を検知してクーポンを出すというビジネスですが、リリースから3年後には「popinfo」を搭載したスマートフォンアプリの利用ユーザーが1000万ユーザーを超えました。その後2019年には「FANSHIP」にリニューアルし、現時点での利用ユーザーは2億ユーザーを超えています。

冨田:黎明期だからこそ生まれたソリューションであり、多くの会社から注目されたわけですね。

小田:一方で、「popinfo」の提供開始当初は、導入したいけどまだスマートフォンアプリを持っていないという会社も多く、アプリ自体も開発することになり、今のアプリ組み込み型のソリューションの「FANSHIP」と、アプリ開発といった、O2O(Online to Offline)やOMO(Online Merges with Offline)の概念を取り入れたビジネスが2大事業として、早いタイミングで確立されました。

さらに、アプリマーケティングに多くの企業が取り組み、徐々に経験値がたまることで先端的な事例も増えてきています。例えば、店舗に商品を見に行き実際に買うのはインターネットという、ショールーミングと呼ばれる消費行動も浸透してきていますが、これを受けて、アプリで店頭のバーコードを読み取るだけで、そのままEC側で購入し簡単に送ることができる仕組みなども展開しています。

我々は商業施設のアプリも手掛けていますが、フードコートの食事をアプリ経由で事前に注文ができるといった取り組みも、コロナ禍では浸透しました。こうした流れに従ってアプリに搭載する機能も進化していて、単にお店に近づくとクーポンを表示するだけだったのが、よりユーザーの行動データをためてセグメンテーションして出し分けるなど、CDP(Customer Data Platform)やマーケティングオートメーションに対するニーズも強くなっているので、我々も高度なターゲティングやメッセージ・クーポンの出し分けができるように、サービスを進化させています。

株式会社アイリッジ

冨田:クーポンや決済を活用した、O2OやOMOのソリューションに一貫して取り組んできたことがわかりました。さらに、これら一連の流れを握りO2Oで培った技術やノウハウを駆使することで、フィンテック領域の取り組みを拡大しているとも聞いています。フィジカルマーケティングやリテールテックにも関連しますし、店舗の位置情報だけではなくセンサーやIoTを活用した店舗内・施設内の位置の話など、カバー範囲の広さに驚くばかりです。

小田:スマートフォン黎明期からこの領域に取り組んできたため、我々はOMOのイノベーターであり、リーディングカンパニーだと思っています。大事なのはアプリを核としてオンラインとオフラインをつなぐことです。先ほど述べたアプリを使いECで自宅に配送するのは典型ですが、アプリを持ったまま店舗に入るのであればそのまま決済できたほうが便利だと考え、アプリ決済の領域にも進出しました。

さらに、企業様からすると来店者が買い物をしないで帰ることがあるので、IoTやセンサーを使った来店計測・店内の行動計測をするため、今年2月に株式会社Flow Solutionsと資本業務提携を結びました。買ってもらうには店内でどんなプロモーションをしていて、どういう空間デザインで、どういった売り方をすればよいのかまで我々が提案できるようになりたいと考えていて、OMOの領域で企業様の価値を高め、来店を促進して売り上げを上げる取り組みや施策を広げている状況です。

オフラインとオンラインをつなぐノウハウと技術が強み

冨田社長

冨田:リアル店舗で購入するものを決めて、オンラインで注文すると30分後には宅配される、中国アリババグループのスーパー「フーマー」のような世界観がまさにそうで、リテール業界ではオフライン店舗がショールーム化しています。店員がほとんどおらず、来店客は商品横に置かれたタブレットで商品説明や価格、動画を見て、店舗側は説明や動画をどこまでチェックしたかのデータを収集し、メーカーに提供するリアル店舗の「b8ta(ベータ)」も米国では人気で、日本でも東京有楽町に上陸しました。

片や、メーカーがダイレクトに商品を消費者に販売するD2C(Direct to Customer)のプレイヤーがリアルに参画することもあるようです。そういった中、御社はオフライン×データの領域で最先端を走ってきたことが、競争優位性なわけですね。

小田:我々にはオフラインとオンラインをつなぐノウハウと技術があり、両者の掛け算が強みになっていると思います。それが、ECや店舗マーケティングの専業と異なる点です。

例えば、「FANSHIP」とアプリ開発も掛け算の1つで、多くの会社はマーケティングソリューションか開発のどちらかしか手掛けていません。ところがアイリッジは両方やっているので、効果を出すためのよいアプリを作ることができるのです。フィンテックもそうで、もともとはマーケティングから始まり、アプリを使った決済まで事業を広げていくと、マーケティング×アプリ決済という掛け算効果が出て、さらなる価値を生み出すことができました。

先ほどの「b8ta」のようなショールーミングは、概念としてあってもなかなか広まっていなかったのがついに登場し、「Amazon Go」のような無人店舗も日本で現れ始めました。これは、店舗側にもっとDXの余地があることを意味し、消費者が店内に入りセンサーで完結するのではなく、個人を識別のうえ決済を行い、家でもその情報を見ることができる。デジタルやアプリ、決済の技術・ノウハウを掛け算して使うことで、未来の購買体験を作るお手伝いもできると考えています。

冨田:あらゆる商業施設や量販店がショールーム化し、リアル店舗は感触や重さを確かめるための場所になりつつあります。そんな小売りのメディア化の流れがあり、D2Cユニコーンになった企業がリアル店舗を持つといった動きも見られます。さらにターゲットの階層やニーズは複雑化し、チャネルもそうです。リアル店舗がオンラインでモノやサービスを売るなど、垣根が曖昧になってきました。その中で、店舗×デジタル×アプリ×決済は統合できないと、マルチチャネルを成し遂げることはできませんし、データやユーザーとのコミュニケーションもつながりません。アイリッジ社はその領域に踏み込むことができるのが、最高の立ち位置ですね。

小田:当社のクライアントであるリテール業界のDX分野は、時代の動きに応じて広がっていく必要があります。最近ですと、機能は限定されますがLINE内で各企業がサービスなどを提供できる、LINEミニアプリがありますが、クライアントからするとロイヤルユーザーは公式アプリをダウンロードし、その手前のライトユーザーはミニアプリで取り込みたいといったニーズが生まれます。時代ごとに最適なプラットフォームやメディア、手法は変わるからこそ、我々はテクノロジーを活用しながら時代に合わせた最適なマーケティングのお手伝いをしたい考えです。

冨田:そういった中で色んな経営判断や意思決定の場面があるでしょうが、アイリッジ社における意思決定の特徴は何ですか。

小田:「Tech Tomorrow:テクノロジーを活用して、わたしたちがつくった新しいサービスで、昨日よりも便利な生活を創る」というミッションを我々は掲げていて、これはテクノロジーで未来の社会を創ることを意味します。ただし、「FANSHIP」事業もスマートフォンが日本に広まる前に取り掛かり、最近であればAmazon Alexaなど黎明期を迎えたスマートスピーカーを活用したマーケティングにチャレンジするなど、だいぶ先を行くのではなく、半歩先や一歩先の世の中を創りたいと意識しています。

株式会社アイリッジ

グループ会社の株式会社フィノバレーが手掛けるスマホ決済やデジタル地域通貨のフィンテックも、日本でQRコード決済が普及する前から始めました。そんな未来のニーズを半歩先取りして、それに応えようとしています。

冨田:なるほど。だから「Tech Future」ではなく、「Tech Tomorrow」なのですね。技術力のある会社は2歩先・3歩先のテクノロジーに投資するのも1つですが、御社の意思決定はつねに「行き過ぎない」ことを重要視していることがわかりました。それでは最後に、今後の未来構想をお聞かせください。

小田:OMOの領域でビジネスを行いオンラインとオフラインの両方を見ていますが、先ほど述べたように、今後デジタル化で大きく変わる余地があるのは、リアル店舗側です。そういった状況に対して、今年6月にグループ会社の株式会社Qoil(コイル)を通じて、ショールーミングストアの「INSEL STORE」をオープンし、D2Cブランドと消費者のリアル店舗での接点を創出する支援を始めました。

株式会社アイリッジ
株式会社アイリッジ

いずれにしても、店舗DXの進化や無人店舗の展開に伴いセンサーや決済を含めたアプリなどテクノロジーを活用する場面は多いはずです。我々はOMO領域の中で店舗側の変化に寄り添いクライアントの価値向上を目指すとともに、我々が作ったサービスで便利な社会を創る「Tech Tomorrow」の世界を実現するチャレンジを続けていきます。

冨田:リアル×テクノロジーの市場が大きくなることをビジネス機会として捉える、御社の狙いがわかりました。本日はありがとうございました。

プロフィール

氏名
小田 健太郎
会社名
株式会社アイリッジ
役職
代表取締役社長
受賞歴
・「2016 Red Herring Asia Top 100」を受賞
・「2016 日本テクノロジー Fast50」で18位を受賞
・「2016 アジア太平洋地域テクノロジー Fast500」で321位を受賞
・「2017 日本テクノロジー Fast50」で32位を受賞
・「2017 アジア太平洋地域テクノロジー Fast 500」で393位を受賞
・「2019 日本テクノロジー Fast50」で27位を受賞
・「2019 アジア太平洋地域テクノロジー Fast500」で382位を受賞
・「2020 日本テクノロジー Fast50」で8位を受賞
・「2020 アジア太平洋地域テクノロジー Fast500」で225位を受賞
出身校
慶應義塾大学