次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスの混在する大変化時代に対峙し、どこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回のゲストは、株式会社ウィルグループ代表取締役社長の大原茂氏。新領域での新事業に次々とチャレンジし、いままさに人材派遣の枠を飛び越えようとしている同社の事業戦略や経営判断の軸について聞いた。
(取材・執筆・構成=落合真彩)
奈良県出身。京都産業大学を卒業後、株式会社長谷工コーポレーションに入社。4年後に独立し、FAXDMを活用したマーケティング会社を創業。2000年、自身の会社を株式会社セントメディア(現 株式会社ウィルオブ・ワーク(当社グループ中核子会社)に売却すると同時に、取締役としてセントメディアの経営に参画し、2006年セントメディアの代表取締役に就任。その後、ウィルグループの代表取締役に就任。2016年6月から現職。また、2019年に日本人材派遣協会の理事に就任し、国内の人材派遣事業の健全な発展にも努めています。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
上場時から主要3事業の売り上げは3倍、新領域も着々と拡大
冨田:最初に事業の変遷について伺います。何年スパンでも構いませんが、事業が市場環境や世の中のニーズの変化とどのように関連しながら変化してきたのか、お話しいただけたらと思います。
大原:2013年の上場時での売上規模は約200億で、セールスアウトソーシング、コールセンターアウトソーシング、ファクトリーアウトソーシングという3つの主要事業で売り上げの9割を占めていました。
そこから約8年経った今は、当時売り上げの9割だった主要3事業が、割合としては全体の半分以下になっています。その間に伸びてきた事業が、介護領域、建設技術者領域、スタートアップ人材支援領域、海外WORK領域です。当社は、時代に合わせてマーケット成長が見込める領域に一気にリソースを投下して伸ばしていくという形を取っています。これを1つ1つ行ってきたことで、主要3事業以外を大きく伸ばしてきました。
一方、主要3事業は売り上げの絶対額が減っているのかというとそうではなく、それぞれ上場当時の3倍ほどの成長を遂げています。主要3事業もしっかり伸ばしながら、他の事業も伸ばしてきたということです。
冨田:主要事業の売り上げが3倍になったけれど新しい領域がもっと伸びたから、主要事業が占める割合が減っているというのがインパクトある実績ですね。
大原:はい。僕らは人材派遣の事業に後発で参入したので、まともに一般事務派遣やエンジニア派遣のような強い競合プレイヤーがいるマーケットで戦おうとすると勝てません。ではどこにチャンスがあるのかと考えると、市場はあるが大手の競合が少ない、定着率が低い業界ではないかと考えました。人の入れ替えが多い業界なら人材需要が大きく、チャンスがあるのではないかと判断して参入しました。
冨田:直近の中計において、事業ポートフォリオマネジメントということで「利益最大化領域」「戦略投資領域」「探索領域」と分けて示されています。「戦略投資領域」が先ほどおっしゃった介護、建設技術者、スタートアップ人材支援。海外WORK領域は今までの主要3事業と「利益最大化領域」のほうに入っていて、さらに、次の戦略投資領域の「探索領域」としてIT人材サービス、インバウンド、HRTechと示されています。インバウンド市場というのは、派遣ではない領域も含めてということになるのでしょうか。
大原:そうですね。派遣以外の領域での収益モデルを見込んでいます。「探索領域」にある事業が2030年にはグループ全体の利益の10~15%程を占められるような状態にしていこうと考えています。
現在までにインバウンド向けの事業はいくつかあります。コロナ禍でストップしていた外国からの人の流入がまた始まることを見越して、この中計では事業を伸ばしていきます。また、HRTech領域は、この中計でしっかりとプロダクトを作り上げていくフェーズとして考えています。それを次の中計で黒字化、2030年の中計で刈り取れるまで伸ばしていく。このような構想で事業ポートフォリオマネジメントに取り組んでいます。
冨田:テクノロジーの進化によって、省人化や無人化が進んでいく中で、このHRTechというのは、人材不足に対して省人化や無人化対応ができるようなサービスを提供するということでしょうか。
大原:そういう部分もありますし、人が働き続けたり、転職したりするうえで、well-being(ウェルビーイング)が高まっていくようなサービスをご提供していきたいと考えています。
経営資本を集中投下し、短期で事業を伸ばす仕組み
冨田:ありがとうございます。ウィルグループさんのコアコンピタンスはどこにあると理解するとよいでしょうか。
大原:先ほどと重なる部分もありますが、人材業界の後発として入って、定着率が低い領域、つまり需給ギャップが大きい領域に入り込んで、かつその領域で定着率改善にこだわってきました。これを実現するためにハイブリッド派遣を生み出し、これが今の競争優位性になっています。
また、時代に応じて新たな領域に経営資本を一気に投下して、短期間で成長させてきたところもコアコンピタンスにあたるかなと思っています。例えば、事業を立ち上げるときには、まずオーガニックの成長を目指すときには、ダイナミックに社内の人事異動を行い、体制を整備し、短期間でその市場を開拓するときはM&Aを駆使する、というシンプルな形です。これを躊躇なくできることによって進んでこられたところもあるかもしれません。
冨田:「ここだ」と思った市場に対して、躊躇なくダイナミックな投資をする。その市場を外さない目や、早く大きな投資ができる決断力というところは確かに重要なポイントだと思います。ただ、お話をお聞きしていると、もう1つブレイクダウンしたところにウィルグループさんのコアコンピタンスがありそうだなと感じているのですが。
大原:それで言うと、例えばポートフォリオを明確に経営メンバーで共有できていることでしょうか。だから決断に迷いがないし、ブレることも揉めることもありません。
あとは、ミッションの浸透度です。当社のミッションの浸透度は非常に高いと思っていまして、ミッションの実現に向かって「今度はこれをつくるぞ!」というと、社員が一気にそちらに向くことができるというのは大きな強みなのかなと思います。
権限委譲により、事業立ち上げ経験のあるメンバーを増やしていく
冨田:それだけ機動的に資本投下するのは、簡単なことではないと思います。もともと、1つの領域だけでは成り立たないという前提で入ってきているからこそ、新しい領域を広げ続けていて、社員にもミッションが浸透しているから、一気に人が動いたとしても納得感がある形になっているのだなと思います。今のお話は、経営の意思決定の基準にも絡んでいるように思います。
大原:そうですね。どこを伸ばすか、どこにチャンスがあるか、そういった観点は長期的な視点(将来10年スパン)で経営陣とボードメンバーで協議しているので、日々の意思決定において大きなズレはあまりないですね。もちろん現場は現場で大変でしょうけど。新しい領域でシェアを取っていくことを、いわばお祭りのように楽しんでいるところはありますね。
冨田:先ほど、探索領域について触れていただきましたが、ここは派遣ではない領域への進出になるので、会社として大きな一歩になると思います。この辺りの意思決定の背景についてお伺いできますでしょうか。
大原:インバウンドもHRTechも、マーケットの成長性から判断しました。実際マーケットが思った成長でなければ撤退する事業もあります。表には出ないですがミスや失敗も結構ありますし、そこでトライアンドエラーを重ねて、1つでも2つでも当たればいいぐらいの感覚でやっています。経営は大きなマーケットをプロットし、戦略はある程度責任者に裁量を持たせて展開しています。
冨田:事業責任者を立てて、ある程度権限委譲しながら立ち上げ経験を積ませていく形ですね。事業領域が広がっていくと、事業を率いる責任者の頭数が課題になったりします。ウィルグループさんでは、形にならなかったものも含めて立ち上げ経験を踏むことで、社員レベルでも経営戦略について考えを共有されたメンバーが育っていく。そういう風土も踏まえているからこそ先ほどおっしゃったようなダイナミックな投下ができるのではないかと感じました。
「個」と「組織」をポジティブに変革できる領域を広げる
冨田:最後に、未来構想についてお話しいただけると幸いです。
大原:僕らのミッションは「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェント・グループ」です。まず自分たちのサービスを通じて、世の中の人や企業にポジティブな変革のお手伝いをしていきたいと強く思っております。
特に「WILL」(Working「働く」、Interesting「遊ぶ」、Learning「学ぶ」、Living「暮らす」)領域でどんどんポジティブを生み出して、我々のサービスにかかわる人たちすべてのウェルビーイングが高まるような世界をつくっていくことで、社会をポジティブに変革できればなと思っています。
そのために、各領域で未経験でも働けるような人たちをどんどん輩出して、キャリアアップをしていただける状況をつくっていきたいと思います。
冨田:ウェルビーイングという言葉を、私は最初、企業向けに発信された言葉だと理解していました。HRTechに関しても、省人化や生産性向上寄りの思想なのかなと思ってお聞きしていたので、先ほどおっしゃった「ウェルビーイングが高まるようなサービス」とは何だろうと。
でも、これは働く個人に向けられた言葉であると、いま理解できました。未経験の方が、経験を積んだり資格を取ったりすることによって、プロになる。つまりチェンジをして、世の中にポジティブな価値提供できる人材に変わっていく。そんな意味合いでウェルビーイングと打ち出されているのだと理解しました。
それが会社の中のウェルビーイングが上がることにつながると考えると、今後の事業領域も、まだまだ広がっていく可能性があるなと思います。
大原:そうですね。例えば外国人の方に、日本で働く場所を紹介するだけではなく、彼らが日本で生活していくうえで身体的、精神的に満足できる状態をつくることも我々の役割だと思っています。どういったサービスになるかはまだ固まっていませんが、1人1人のウェルビーイングを高めていけるものを考え続けています。
もっともっと多くの人に影響を与えて、我々の存在価値を高めていきたい。そう考えると、どうしても人材派遣、人材紹介といった労働集約型のビジネスだけではできない部分が出てきます。そういった意味で、Tech系のビジネスには注力していきたいと考えています。
冨田:リクルートさんが就職情報誌から始まって、住宅や結婚、美容などの他領域に広げていきましたが、今のお話を聞くと、少し大げさかもしれませんが「次のリクルート」のような広がり方と立ち位置を取れる可能性がある企業なんだと感じました。
大原:そう言っていただけるとうれしいです。リクルートさんに並ぶような規模を目指していきたいですね。
プロフィール
- 氏名
- 大原 茂(おおはら・しげる)
- 会社名
- 株式会社ウィルグループ
- 役職
- 代表取締役社長
- 学歴
- 京都産業大学