次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回のゲストは、株式会社ティーケーピー代表取締役社長の河野貴輝氏。株式会社ティーケーピーは、貸会議室やレンタルオフィス、コワーキングスペースなど、オンデマンドに空間を利用する「フレキシブルオフィス事業」のリーディングカンパニーだ。2021年は新型コロナワクチンの職域接種会場を立ち上げ、民間企業へ時間貸しで提供し、2ヵ月間で約90万人もの接種を完了させた。所有する全国18万坪もの空間とBtoBにおける強力なパイプを武器に持つ同社に、事業の変遷と将来の展望を伺った。
(取材・執筆・構成=杉野 遥)
1972年、大分県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、伊藤忠商事株式会社為替証券部入社。日本オンライン証券株式会社(現auカブコム証券株式会社)設立に参画、イーバンク銀行株式会社(現楽天銀行株式会社)執行役員営業本部長等を歴任、ITと金融の融合事業を手がける。2005年8月、企業向け空間シェアリングビジネスの先駆けとして、株式会社ティーケーピーを設立、代表取締役社長へ就任、2017年3月に東証マザーズ市場へ上場。2018年6月には起業家のための表彰制度「EY World Enterpreneur Of The Year 2018」に日本代表として出場。2019年にはレンタルオフィス世界最大手IWGの日本法人・台湾法人を買収し、フレキシブルオフィス事業の日本最大手企業に成長させ、現在に至る。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
「フレキシブルオフィスと言えばティーケーピー」設立から16年で怒涛の成長
冨田:2005年の設立以降、数々の変遷を経て現在のポジションを確立されてきたと思います。社会的な背景を踏まえて、今日に至る事業展開をお聞かせください。
河野: もともとは「もったいないを無くしていこう」というコンセプトの下でスタートしました。最初に目を付けたのが、六本木の取り壊しが決まっているビルでした。上層階は電気が消えてひっそりしているのに、1階のレストランだけ営業している。そんなビルをいくつも見かけたのです。どういうことかというと、上層階の立ち退きは完了しているが、レストランが退去するまでは取り壊せない。そんな状態だったんですね。
「取り壊されるまでの間、上層階のスペースをお金に変えられないものか」と、取り壊しが決まったビルを「時間貸しの貸会議室」として提供したのが1号店です。フレキシブルオフィス事業のスタートでした。
その後2号店として、土日しか使われない結婚式場を平日は企業向けの貸しホールとして提供する、というサービスを始めました。ほかにも、屋上の掘っ立て小屋を貸会議室へ変えたケースもありました。
ありとあらゆる余剰スペースを時間貸しのスペースへ変えることで、雪だるま式に事業を拡大させていったのです。
2011年には東日本大震災の影響により、自粛ムードでホテルや宴会場の利用が落ち込みました。こうしたホテルや宴会場を有効活用するために始めたのが、企業向けに貸会議室や宴会場として貸し出す事業です。スペースを貸し出すだけでなく、飲食サービスを提供する領域にまで事業を広げたのがこの頃です。
2015年にはビジネスホテルを研修センター兼保養所として提供する「宿泊できる会議室」を増やしました。時間貸しの会議室スペースを発端に、お弁当やケータリング、宿泊などコンテンツをどんどん上乗せしていくことで収益を高めていきました。
そして2019年には500億円弱で日本リージャスホールディングス株式会社を買収、短期・中長期のオフィスサービスにまで領域を拡大しました。会議室だけでなく、レンタルオフィス、コワーキングスペースを網羅し「フレキシブルオフィスと言えばティーケーピー」という状態まで来たというのが現在です。
コアコンピタンスは「セカンダリーマーケットを創る力と人事部とのパイプ」
冨田:まさに怒涛の勢いで成長されていますね。例えば貸会議室とコワーキングスペースでは若干マーケットが異なると思いますが、それぞれのマーケットで成功できてしまう裏にはどんなコアコンピタンスがあるのでしょうか?
河野:我々のコアコンピタンスは2つあると考えています。1つは空間にセカンダリーマーケットを付ける力ですね。
例えば、合併などの理由で使われなくなった企業の研修センターを我々が買い取り、ホテルのライセンスを取得します。以前は所有企業しか利用できなかった施設がホテルに生まれ変わると、さまざまな企業に使っていただけるようになります。このように「1社で利用するにはtoo muchだな」という場所をシェアできる形へと変えていくことで、オーナー様に喜んでいただけるわけです。
もう1つは企業の人事部との太いパイプですね。設立以来、16年間の営業で培ってきた強力なものです。
冨田:スペース活用の領域で上場する企業が増えていますが、事業の横展開はまだまだ考えられていますか?
単なるマッチングサービスではない。オペレーション力で細かいニーズに対応
河野:スペース利用に関する企業のニーズはたくさんありますね。社員研修、キックオフ、採用活動、全国の部門長会議、さらには販促・マーケティング活動の場にも利用できますから、横展開の選択肢は十分にあります。
最近では、新型コロナワクチンの職域接種会場として利用していただきました。従業員1000人以下の中小企業向けに30分単位、25人単位で企業へ貸し出したのです。
我々は単なるマッチングアプリのような存在ではありません。スペースの供給と合わせて運営まで対応できるオペレーション力があります。こうした強みを生かして小口化、分散化してシェアできる状態で空間を提供すれば、企業のさまざまな細かいニーズに対応できるのです。
今後の戦略としては、スペース供給力とオペレーション力にプラスして、良質なコンテンツを持つ企業と組むか、我々がコンテンツを持つというところを推進していく予定です。
物件のバリューアップとリターン向上を実現する、BtoBならではの強み
冨田:私自身も過去のプライベートバンクの経験などで、不動産といったオーナーを支援していた経験がありますが、オーナー側にとっても大変ニーズがあるビジネスだと思います。特にBtoBで企業の人事部とのパイプができれば、利回りの安定や向上にもつながりますよね。
人事部×スペースという観点で考えると、今度は社員の自宅スペースとして既存の不動産を活用するような可能性もあるのではと妄想が膨らみました。人事部は社宅管理や家賃補助も管轄していますし。御社のコアコンピタンスから発想した次第です。
河野:おっしゃるようにBtoE(Business to Employee)にも広がりますので、福利厚生を含めたマーケットも見えてきます。どこまででも広げていける分、どこまで広げるかが大事です。
新型コロナの流行前は、実験的に居酒屋やレストランの福利厚生サービスも行っていました。従業員が無料あるいは割引価格で飲食ができるというものです。常にお店が満席になっていました。お店としても回転が良くなり、新鮮な食材を仕入れられるため喜んでいただけました。そうした結果からも、BtoCだけでなくBtoEを上手に使うことは重要だと思います。
アパホテルと提携した札幌の実験もありました。ホテルで会議に参加した後は懇親会に出て、宿泊する。朝はカフェで朝食をとって、また会議室で会議をする。ホテル、宴会場、カフェレストラン、居酒屋と、1カ所で回遊してもらうことで、参加者にお金を落としてもらうというプランですね。こちらもニーズが高いプランでしたから、またチャレンジしたいですね。
冨田:物件をバリューアップさせてリターンを増やす。まさにオーナーを満足させるプロフェッショナルですね。BtoC領域で同じようなビジネスをされる方はいますが、BtoBの人事部を抑えている、というのは大きな強みですね。
河野:新型コロナの流行前は、ホテルはインバウンド需要でBtoCもうまくいっていたと思います。平日は外国人が格安で利用して、週末は国内の宿泊客が泊まるというように。
ティーケーピーの場合は人事部とのパイプがありましたから、BtoBかインバウンドかで天秤にかけて、BtoBを選びました。平日は研修用として、週末は個人に利用していただくイメージです。そう考えると、人事部を抑えているのは大きな差別化になっていると思います。
外部変化には迅速に対応し「小さく生んで大きく育てる」
冨田:オーナーからすれば「稼働しないよりは安くても利用してほしい」という話ですよね。こうしたティーケーピーとしての経営判断を見ていると、企業としての特徴が見えてくると思います。意思決定の基準はどのようにお考えでしょうか?
河野:「小さく生んで大きく育てる」。つまり経常利益の範囲内でリスクを取り、致命傷を負わずにチャレンジする、というのが私の一番気にしている点です。なにより死んだら終わりですからね。
冨田:コロナ禍であっても、死なないリスクという所で勝負をされると。
河野:新型コロナのような外部環境の変化は仕方のないものです。台風の日に外に出ては死んでしまいますから、こういうときはクマのように脂肪を蓄えて冬眠するのが大事だと思っています。企業の冬眠とは、お金を蓄えてスリム化することです。
新型コロナの影響が見え始めた20年3月頃にはすでに30億円ほどの赤字が出ていましたから、資金を集めるだけ集める方向で動き出しました。結果、1ヵ月後の4月には350億円の現金を確保しました。コア事業とノンコア事業を分けて、コア事業を残して冬眠できたわけです。いかに迅速に変化に対応するかが大事ですね。
ワクチン職域接種会場は大成功。社会的価値の大きなサービス普及を目指したい
冨田:「小さく生んで大きく育てる」を繰り返していくということですね。世の中が落ち着いてきたら、御社が仕込んでいたものが一気に花を咲かせるのではないでしょうか。また新しい稼ぎ頭が収益を生み出すのではないかと思います。未来のビジョンをお聞かせいただけますか?
河野:ヒト、モノ、カネを動かすには「スペース」が不可欠です。オフィスとして、モノを売る場所として、リアルもバーチャルも必要だと考えます。
ティーケーピーはリアルなスペースを約18万坪所有しており、日本で圧倒的なスペースのシェアを占めているわけです。新型コロナワクチンの職域接種会場として運営した例のように、良いコンテンツを全国へ一気に普及させることもできます。この行動力はスペースを持っていたからこその成果なんですね。
どんな世の中にも、常に必要とされるものはあります。我々のスペースとオペレーション力を使っていただければ、旬のものを瞬時に提供することができます。今後は単なる会議利用だけでなく、社会から必要とされるサービスへと領域を広げていきたいです。
モットーは「持たざる経営」。オフバランス化とレバレッジでさらなる高みへ
冨田:ワクチン接種はZUUも利用させていただき、従業員からは本当に感謝されました。市町村よりも早く機会提供されていましたし、非常に社会的価値の大きなものだったと思います。
何より、つなげることが難しい「オーナー×人事部」という強烈なコアコンピタンスをお持ちです。おそらく人事部にとどまらず、システム部や総務部など、いろいろな領域へのアプローチができるのだろうと思った次第です。
河野:BtoBは難しいマーケットですが、その先のBtoCにもつなげられる可能性があるわけです。要はいかに川上に近づいていくか。中間搾取されずに内製化、一気通貫でやっていけるかを考えてきました。BtoBを押さえれば、結果として川上を押さえることになると実感しておりますので、今後もBtoBを攻めていくつもりです。
冨田:これだけの利回りを生めるのであれば、ビル全体を取得するとともにオフバランス化のような組み合わせが成り立つのではないかと感じました。例えばティーケーピー所有物件のSPCを設立するなど。安定収入のある不動産周りの投資家や外資ファンドも熱心ですから、マーケット蘇生ができるのではないかと思います。オフバランス化に加えて利回りも付けば、さらに大きな物件も耕せそうです。
河野:私のモットーは「持たざる経営」ですから、基本的にはオフバランス化を進めています。保養所や研修センターは、ニーズが冷え込み購入者の少ないタイミングでリーズナブルに購入しました。オンバランスなものをオフバランス化して、現金勘定を増やすということも考えています。確かにオンバランスで購入した物件もありますので、今後どうやって流動化するかが課題です。
持たざる経営に一気にレバレッジを効かせてやってきましたので、チャレンジの火種は持っています。これからもリスクはミニマイズしつつ、よりレバレッジを効かせていきたいですね。
冨田:ティーケーピーの発想にも感心しましたし、社会貢献されている会社なのだと改めて理解しました。今後もオーナーの利回りアップや利用者の利便性を高めるコンテンツが生み出せれば、さらなる可能性が生まれますね。本日はありがとうございました。
プロフィール
- 氏名
- 河野 貴輝(かわの・たかてる)
- 会社名
- 株式会社ティーケーピー
- 役職
- 代表取締役社長
- 受賞歴
- 2007年
・「EY Entrepreneur Of The Year Japan 2007」 スタートアップ部門 受賞
2010年
・「EY Entrepreneur Of The Year Japan 2010」 アクセラレーティング部門 セミファイナリスト
2011年
・週刊ダイヤモンド 「2011年度経営大賞 (Frontier of the year2011) 」 受賞
2013年
・「中小機構 Japan Venture Awards 2013」 特別賞 受賞
2014年
・中小企業IT経営力大賞2014 「IT経営実践認定企業」 認定
2015年
・「就活 AWARD2015 ~就職すべき働きがいのある成長企業~」 受賞
2017年
・株式会社ダイヤモンド/ダイヤモンド経営者倶楽部「IPO賞」 受賞
・一般社団法人アジア経営者連合会 「優秀経営者賞」 受賞
・日経CNBC 「第1回 今年の優秀IPO企業」 最優秀賞 受賞
・「EY Entrepreneur Of The Year 2017Japan」 (アクセラレーティング部門) 大賞 受賞 日本代表選出、世界大会出場
2018年
・第44回経済界大賞 優秀経営者賞 受賞
2019年
・日本証券アナリスト協会「ディスクロージャー優良企業 新興市場銘柄」 受賞 - 学歴
- 慶應義塾大学